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松本山雅はなぜ対戦相手に隙を与えないのか?J1昇格を支えたリスタート時の切り替え

河治良幸スポーツジャーナリスト

反町康治監督が監督に就任して3年目となる2014年シーズンに、リーグ2位で見事にJ1昇格を決めた松本山雅。組織的な守備からの迫力あるカウンターは山雅サポーターのみならず、対戦してきたJ2クラブのサポーター、J2を良く観戦するサッカーファンもすでに知るところだと思う。

日頃のハードな練習に裏打ちされた運動量、相手のストロングポイントを消し、ウィークポイントを突く戦術、バリエーション豊かなセットプレーなどを駆使して、"J1級”のタレント力を持つライバルとも互角以上に渡り合い、大方の予想を上回る成績で昇格を果たしたわけだが、そうした松本山雅を象徴しているのが、相手リスタートの素早い対応だ。

攻撃から守備への切り替わり、いわゆる"ネガティブ・トランジッション”には2つの種類がある。1つはインターセプトやセカンドボールなど、流れの中で相手ボールになった時、もう1つはオフサイドやファウル、ボールがラインを割るなどプレーが切れた時だ。ここに守備時のファウルも含め、ボールが止まっている時に松本山雅の選手たちは無駄なく配置を修正し、ボールに近い選手はレフェリーに注意されない範囲でキッカーにプレッシャーをかけ、後ろの選手はいつ蹴られても対応できる様に、ターゲットをマークする。

特にセンターバックやウィングバックの攻撃参加が多い松本山雅は、彼らが上がっている時に攻撃が終わるケースも多いが、その直後は一時的に中盤の選手がディフェンスを埋めて早いリスタートに備え、キッカーに近い選手は少しでも自由に蹴らせないポジションを取る。そしてカウンターのリスクを下げてから、普段の布陣に戻すのだ。

松本山雅のハードワークはプレッシングやオーバーラップだけでなく、攻め上がった選手の戻りにも発揮されるわけだが、90分の中で数十回起きるリスタート時のきびきびとした対応が、松本山雅のサッカーを下支えしているのだ。「例えば犬飼が上がっていたら誰かがそのスペースを埋める。そういう簡単な作業をきっちりやっていく。その連続でしょうね」と反町康治監督は語る。

リスタートを含む切り替えのトレーニングはシーズン中でもかなり入れているというが、選手たちが常日頃から意識していることでもあり、「隙を与えず、隙を突く」という松本山雅のコンセプトを象徴するものでもある。

「どこのチームも同じですけど、やはり後半の15分過ぎからルーズになっていくんですよ。うちはそこがルーズにならない。そこは強みだと思います」(反町監督)

こうした対応をきめ細かく指導しているクラブは松本山雅だけではないが、ボールが切れるシチュエーションやタイミングが色々あり、時には納得いかない判定でプレーが止まることもある中で、当たり前の動きを90分しっかりやり切るのは並大抵の集中力ではない。最終節の水戸ホーリーホック戦では3−0で終盤を迎え、そこから今季限りで引退する飯尾和也を含む3人の選手交替があったが、最後の笛が鳴るまでリスタートでルーズな部分を全く見せなかった。

状況判断に関しては洗練されたトレーニングメソッドがトップチームはもちろん、育成年代にも普及してきており、「ビー・アラート」(何が起こっても無駄なく対応できる体の準備と予測)という用語もすっかり古くなった。しかし、実際に試合を見ると相手リスタートで90分に渡り、松本山雅ほどしっかり隙を与えない準備ができているチームはなかなかお目にかかれない。ルーズな対応でゴールキックやオフサイド後の自陣FKを起点にシンプルなチャンスを許し、早いリスタートやCKの裏のカウンターなどから失点するケースが多いのが実情なのだ。

一方で反町監督は選手たちに、常に危険な場所に身を置いている様な意識をピッチ上でも持ち続けるよう、トレーニングから植え付けてきた。J1が舞台になる来季は松本山雅にとって厳しい戦いになることは間違いないが、ボールが切れたところでも失われない集中力と姿勢は大きな強みになるはず。ハードワークをベースに全員で攻め全員で守るスタイルや多彩なセットプレーに加えて、全国のサッカーファンにぜひとも注目してほしいポイントだ。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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