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井上尚弥「4冠統一戦」のアリーナに響いたチャントを耳に

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
撮影:山口 裕朗

 12月13日、圧倒的な強さでバンタム級主要4団体タイトルを統一した井上尚弥。彼のファイトを称えない関係者、ファンを見付けるのは難しい、といった内容での勝利だった。

 一方でWBO王座を失ったポール・バトラーの戦いぶりを「わざわざ遠い日本に何をしに来たのか? リングでパンチを出さなかった意味が分からない」と批判する声も多い。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 試合開始のゴング直後、リングサイドに座っていた英国人ファンたちは、クリスマスソングである『ウインター・ワンダーランド』の替え歌チャントでWBO王者を応援した。第5ラウンドの頭にも、この歌が聞こえた。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 英国人チャンピオンが統一戦のリングに上がり、『ウインター・ワンダーランド』の替え歌チャントが会場に木霊するー---。私の脳裏には1999年3月13日のニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンが蘇った。

 WBA/IBFヘビー級王者のイベンダー・ホリフィールドと、WBCチャンピオン、レノックス・ルイスとの統一戦である。当時、WBOはまだ主要団体として認知されておらず、"Undisputed Champion"とは3冠王者を意味していた。

写真:ロイター/アフロ

 英国とカナダの二重国籍者であるルイスに声援を送るため、ニューヨークにやって来た7000人強のブリティッシュファンは、今回の有明アリーナよりも遥かに大きく、力強いチャントでルイスを鼓舞した。

 この日、マジソン・スクエア・ガーデンに用意された2万1284席のチケットは即日完売。両者には身長で7cm、体重では実に14kgもの差があった。中盤以降、サイズをアドバンテージとしたルイスがリングを支配したが、遮二無二打って出ることはなく、コンビネーションもあまり見せなかった。ディフェンシブなボクシングに終始した。ポイントを稼ぎ、判定で勝利すればいいーーといった煮え切らないファイトだった。

 その結果、判定はドローを告げ、ルイスは求めていた場所に辿り着けなかった。8カ月後のリターンマッチでは勝利したものの、ボクサーにとって最も肝心な<闘志>が欠如しているのでは? と疑問視されることとなる。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 前に出ないバトラーとルイスは似ている部分があった。とはいえ、「井上尚弥の強打に怯んだ」WBOバンタム級王者と「勝てるのに消極的な戦いを選んだ」ルイスでは、力量が大きく違った。

 このところヘビー級の衰退が嘆かれて久しいが、肉体的な素材で言えばルイスは超一級品だった。それを生かせないメンタルが問題だった。

 ボクシングアリーナでは珍しいチャントを耳に、およそ24年前を懐古していた第11ラウンド、井上尚弥は猛然と打って出て獲物を仕留めた。ルイスがどうしても得られなかった<KOへの執念>を井上尚弥は持っていた。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 「生きているうちに、こんなレベルの日本人チャンピオンが見られて良かったですね」

 ある関係者がそう口にしていたが、井上尚弥はどこまで大きくなるのか。日本人が誰も歩いたことのない道を進んでいる。ラスベガス、そしてマジソン・スクエア・ガーデンでの彼のファイトを目にしたい。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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