朝日を拝む絶景露天の≪ご利益宿≫で「温泉ごはん」をいただく。金目鯛の煮付けとキンメの汁かけごはん
朝日と温泉と金目鯛
おいしい旅館「熱川プリンスホテル」(静岡県・熱川温泉)
朝日を浴びながら、温泉入浴をしたことがあるだろうか。目を開けていられないほどに陽光は強いが、大きな力が宿る。
朝日の力がみなぎる最たる温泉地は静岡県伊豆半島東伊豆エリアに湧く熱川温泉や稲取温泉、白田温泉など。海上から朝日が昇るため、温泉に浸かりながらご来光が望めるのだ。
「熱川プリンスホテル」もそうした絶景の宿のひとつで、最上階の露天風呂「薫風」は海にせり出すかのような構造で、温泉にいながらにして空と海とひとつになれる。ここは源泉2本を保有し、湧出量も豊富。温まるナトリウム成分と肌を整える硫酸塩泉の成分を含むから、美肌効果が期待できる。
熱海から下田まで続く国道135号線の東伊豆エリアの旅館は、海に面しているゆえの風光明媚と、名物・金目鯛の食事がセットで待っていてくれる〝おいしい温泉だ。
もうひとつ情報を加えると、高齢者や身体の不自由な人のちょっとした外出や旅行をサポートするトラベルヘルパーがいる。「トラベルヘルパーセンター東伊豆」に相談すれば、移動や食事など、必要なことのみ介助を依頼できる。特に「温泉トラベルヘルパー」の清水治子さんが宿泊先に訪れて、入浴介助をしてくれる様は実に手慣れている。観光名所や温泉の効能などを話しながら介助を受ける人をリラックスさせ、体が冷えないようにも十分に配慮する。家族としては安心だ。
この日、私は「トラベルヘルパーセンター東伊豆」代表の吉間厚子さんに、お客さんに喜ばれる立ち寄り場所や宿を案内してもらい、取材した。吉間さんの一推しが「熱川プリンスホテル」。絶景だけでなく、高齢者にも優しい設えもある。
吉間さんも清水さんも東伊豆で生まれ育った。特に清水さんは、おじさんが漁師だそうで、話題は郷土料理の話へ移るる。
「『稲取キンメ』はブランドになってしまい、今では地元では高価でなかなか手に入りにくいけれど、かつては親戚からいただくもので、買うものじゃなかったわよね」と贅沢な話を聞いている間に金目鯛の姿煮が出てきた。
「金目鯛は包丁を入れたら味が落ちますから、姿煮で出して、いただく時に箸で取り分けるんですよ」と、吉間さんが手際よく分けてくださる。「この辺りではどの家庭にも、金目鯛の姿煮を作るために大きな鍋と盛り付ける大皿があるんです」。
清水さんによれば「慶事は『腹合わせ』といって、2匹の金目鯛を煮つけ、腹を合わせるのがしきたりです」。取り分けた皿を吉間さんが渡してくれながら、「煮汁が美味しいんですよ。うちの孫は、『キンメの汁かけごはん』と言って、煮汁をごはんにかけて食べるのが好きなんですよ」と、顔をほころばせた。
金目鯛の身に箸がすっと入り、身離れがいい。脂がのっている。甘くしょっぱいタレがしみ込んだ金目鯛は、辛口のお酒が欲しくなる。
食べ終わる頃、「頭をお皿に入れて、お湯を注いで飲むのが漁師風で、『骨湯』って言います」と清水さんが勧めてくれたので、トライ。風味豊か、磯の香りが口の中で広がった。
地元の方から、名物となる由縁を教えてもらいながらいただく食事は、一層味わい深くなる。
夕食後に「薫風」に行くと、空には満月に近い大きな月が煌々と光を放っていた。海上には月の光がひと筋の道を作っている。地元では「ムーンロード」と呼んでいる。
帰りは伊豆急行で「キンメ電車」に乗った。目立つ金赤の車体に、金色の金目鯛が泳いでいるかのように描かれていた。車内では金目鯛の食べ方が展示され、東伊豆の観光名所の案内や温泉についても触れられている。
金目鯛を食べて、乗って。大満足。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。