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「朝起きたらラジオが聴けない!」市民が困惑。FMラジオ廃止のノルウェー初日の反応

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
11日11時11分、FM放送廃止が始まった瞬間Photo:Asaki Abumi

1月11日11時11分11秒。世界初、ノルウェーがFMラジオ放送廃止プロジェクトを開始させた。

ノルウェーFMラジオ放送を廃止へ。DAB+が今後の未来? よくある質問

国営放送と全国放送の民放局を筆頭に、今年より段階的にFM放送を廃止し、アナログからデジタルラジオのDNB+へと移行していく(小規模な地方局は5年以内に)。

冒頭写真のように、DAB+ラジオでは、放送中に電子テキストが次々と流れる。番組が放送中に話しているテーマや緊急ニュースを、文字情報としても流すことが可能。

政府は、DAB+では良質な音で、より多くのチャンネルを届けられると発表。国営放送局NRKの代表は、インターネットなどの登場により、「新しいメディアと競争していくうえで、DAB+が必要」と11日の放送で説明した。

radio.noによる説明動画(英語)

なぜ人口が少なめの地方からスタート?

初日の対象地域となったのは、西北に位置する人口24万人のヌールラン県。42%の市民がすでにDAB、38%がFM放送でラジオを視聴。10世帯中7世帯が、1台か複数のDABラジオを、すでに保有しているとされている、DABが最も浸透した地域なのだ。

首都オスロでは9月に導入予定。世界初の試みとあり、ヌールラン県での反省点は、今後の自治体で生かされ、DAB移行を検討している他国にとっても、ノルウェーは興味深いモデルケースとなるとみられている。

「朝起きたら、ラジオが聴けない!」

初日、対象地域の一部の人々は、朝からいつものチャンネルでラジオが聴こえないという体験をした。11時11分前にすでにチャンネル移行は始まっており、国営放送局NRKは、10時30分の時点で、すでに233人の視聴者から問い合わせの電話を受け取っている。

「DABラジオを買ったのに、何も聴こえなくなった」

「新しいラジオを買うお金はない」

「車がトンネルに入った途端、何も聴こえない」

「フィヨルドを渡るボートに車で乗ったら、DABが聴こえなくなった」

車や船の利用者には悩みの種に

ヌールラン県では、漁師が船でラジオを聴けなくなる問題も発生中。NRKは地元の漁師団体と協力し、漁船にDABアダプターを取り付ける作業を進めているが、行列ができているという。何年も前から決定していたラジオ改革にしては、やけに遅い対応だ。

SNSやラジオ局に問い合わせが続々と

NRKノールラン県のフェイスブックページには、市民からの戸惑いの声が多く届いている。その原因は、政府やラジオ局各社の不十分な情報伝達だ。

DABの進化版とされているDAB+のラジオは、国内で2009年より販売されている。だが、それ以前に旧型のDABラジオ製品を購入した場合は、DAB放送は聞けても、DAB+放送が視聴不可能。DAB+対応製品では、FM、DAB、DAB+の全てが視聴可能とされている。

DAB+製品を購入していても、FM廃止の日にはチャンネル合わせが再度必要となる。また、車や船で移動中は、さらにアクセストラブルが増えているようだ。

政府やラジオ局各社は、確かに何年も前からこのことは伝えていた。しかし、市民の多くが、「DABとDAB+って、何が違うの?」と聞いていることからも、情報が十分に伝わっていなかったことが明白だ。各サイトなどでも、DABと表記していても、書き手がDAB+を意味していたなど、情報を受け取る側にも混乱が生じている。

11日のNRK報道によると、ヌールラン県では、朝から困惑した市民が、対応製品を買いに地元の店を訪れ、商品は続々と売れているという。

専用機器を取り付けなければいけない車は200万台

ノルウェーは人口520万人の国。DAB+ラジオを埋め込むか、専用のアダプターを取り付けなければいけない車両の数は、200万台に及ぶとされている。

9日のNRK報道によると、ノルウェーの道路を走る車の32%しか、DAB対応機器を取り付けていないという。10台中7台の車で、まだDAB+放送が聴けないということになる。

複数の調査や報道で、多くの車の運転手は、「もっと安い価格や解決策がでるのではないか」と考えて、あえて対策をとっていないとされている。

DAB+を聴くための車のアダプターはいくらほどするのだろうか?現地の電化製品屋Elkjopのサイトをのぞいてみると、最も安くて890ノルウェークローネ(1万2千円)。残りの6つの製品は1290~1895ノルウェークローネ(1万7千円~2万5千円)だ。

車のDABアンテナ取り付け方法(英語)

車の運転中、地域によってはDABが聴こえないという声

11月23日のクラッセカンペン紙の報道によると、ノルウェー自動車連盟が、会員に「DABが聴こえなくなるエリア」の調査をしたところ、千件以上のフィードバックが届いた。その多くは苦情だったという。車の運転手にとって交通情報などは重要なため、心配だと連盟はコメントしている。

国営放送局や大手民放局ばかりが注目されるため、小規模な地方局は眉をひそませる。ノルウェー地方ラジオ連盟は、「200以上の地方局は、FM放送をあと5年間は続ける」と、年内にFM放送が全廃されるわけではないと強調する。

アナログからデジタルラジオ移行の日は、トラブルが発生するだろうという予想はされていた。予期せぬ問題や困惑するリスナーに対して、国はどう対応していくのか。今後、導入を検討する他国からも観察されることとなる。

不安定なアクセスの可能性と安全面など、懸念は残る。首相が所属する保守党も含め、複数の与野党内では、FM放送の強制終了に、「待った」をかけることを検討する動きもみられる。

次のシャットダウンは2月

次回のFMシャットダウンの日付は、2月8日。民法を除いた国営放送局NRKのみ、中部トロンデラーグ県とムーレ・オ・ロムスダール県で、FM放送が強制的に廃止され、DAB+へと移行する。

radio.noによるDAB+を紹介する動画

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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