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#BlackLivesMatter】F1ドライバーが片膝をついた日 ハミルトン英選手の差別体験

小林恭子ジャーナリスト
反人種差別を訴えるため、肩膝をつくF1のドライバーたち(中央がハミルトン選手)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 米ミネアポリスで5月25日、黒人のジョージ・フロイドさんが白人警官による暴行の結果命を落とした。この事件をきっかけに、世界各地で反人種差別を訴えるデモが発生している。スローガンは「Black Lives Matter(白人ばかりではなく、黒人の命も重要だ)」、略して「BLM」)だ。

 4日、自動車レースの最高峰「フォーミュラ1(F1)」の開幕戦(オートストリア)を前にレーシング・ドライバーたちは人種差別主義や偏見に立ち向かい、多様性を支持するという声明文を発表した。

 翌5日、開幕戦開始前にドライバーたちは1分間の黙とうとともに人種差別に対する抗議の象徴として、片膝をつく姿勢を取った。ただし、20人のドライバー全員が同じ姿勢を取ったわけではなく、BBCの報道によれば、6人は参加しなった。

 レーシング競技に政治的意味合いが出ること避けたかったというのが理由と言われている。そのうちの1人でモナコ出身のシャルル・ルクレールは、開幕前、「片膝をつかなかったからと言って、ついた人よりも反人種差別の戦いへの関与が少ないとは言えない」と述べていた。

 すでに、英サッカーのプレミアリーグでも試合前に選手たちが同様の行為を取っており、スポーツ界もBLM運動を無視できない状況となっている。

F1ドライバーが差別体験を語る

 フロイドさん事件とBLM運動の広がりを機に、筆者が住む英国でも黒人市民が続々と自らの体験を語るようになった。

 英国出身のルイス・ハミルトンもそんな一人だ。ハミルトン選手はカリブ海の国グレナダ出身の父とイングランド人の母親から生まれた。

 2008年、当時史上最年少でワールドチャンピオンとなり、大英帝国勲章(MBE)も叙勲。現在までに6回、ワールドチャンピオンの座を獲得している。

サンデー・タイムズ紙に寄稿したハミルトン選手の記事(タイムズのウェブサイトより)
サンデー・タイムズ紙に寄稿したハミルトン選手の記事(タイムズのウェブサイトより)

 

 世界的にもトップクラスのハミルトン選手だが、6月21日発行の英サンデー・タイムズ紙に「この国の暗黙の人種差別主義について、もう黙ってはいられない」という記事を寄稿し、衝撃を広げた(電子版は6月20日付)。

 記事によると、ハミルトン選手はレーシング・ドライバ―としてのこれまでの経歴の中で、ずっと人種偏見の対象になってきた。「英国人になり切っていない、謙虚さが足りない、国民の支持を受けていない」、と常に言われてきた。

 偏見の大部分は「暗黙の差別」だという。例えば、「黒人女性は堂々としすぎているといわれ、黒人男性は危険な存在と見なされ、『外見を変えて、もっときちんとすれば』と言われてしまう」。

 サッカーの試合では一部の観客が黒人のサッカー選手を「猿」と見なし、猿の鳴き声を出したり、猿の好物とされるバナナを投げつけたりすることがある。「多くの人がこうした行為を非難するが、社会制度の中に組み込まれた差別には誰も声を上げない」。

 8歳からゴーカートレースに参加したハミルトンに、観客がモノを投げつけたことは1回や2回ではなかった。F1のレーシング・ドライバーになってからも様々な侮辱的な言葉を観戦席から投げつけられた上に、「顔を黒く塗って観戦する」、ハミルトンからすれば侮辱的な白人聴衆もいたという。

 現在でもF1で活躍するドライバーの中で黒人はハミルトンのみだ。「ドライバーになったとき、父から言われた。人の2倍働いて、頭を垂れ、何も言うな、と。レースで言いたいことを表現しろ、と」

 「ドライバーとしてヘルメットをかぶったとき、本当に自由になれたと感じてきた」。

 しかし、フロイドさん事件の後でBLM運動が拡大した時、もう黙ってはいられなくなったという。

 フロイドさんが白人警官に殺害されたことを知って、「これまでの人生で体験した差別による痛み、苦しみがよみがえってきた」。

英国の黒人市民の受け止め方=「他人事ではない」

 米国から地理的には遠く離れている英国だが、これまで若者層を中心とした多くの人が反人種差別デモに参加してきた。その理由として、ハミルトンの例のように、黒人市民からすると、「他人事とは思えない」という感情があったようだ。

 デモに参加した黒人青年ラーマン・テリアムさんがBBCニュースの取材にこう答えている。「フロイドさんの身に起きたことを知ったとき、吐き気がした。涙が出てきた」(BBCニュース、6月9日付)。

 白人警察官がフロイドさんの首を膝で押さえ続けた約9分間の動画を見たテリアムさんは、「大きなショックだった」と語った。米国にいるフロイドさんの姿に、自分やほかの黒人市民の姿を重ね合わせていた。 

 最新の国勢調査(2011年)によると、英国全体の人口は約6300万人に上り、その87%は白人で、13%が「アジア系、黒人系、混合及びその他」になる。イングランド・ウェールズ地方では、2011年時点、白人は86%、これにアジア系(7.5%)、黒人系(3.3%)が続く。

 英内務省と司法省の資料によれば、黒人市民が警察の職務質問の対象になるのは白人市民の9倍(2018-19年)で、逮捕率は3倍多い(BBCニュースの報道、6月10日付)。また、人口全体では十数パーセントを占めるアジア系・黒人系市民だが刑務所人口の25%を占める。青少年の犯罪者を収容する施設では、半数にまで上昇する。

 1993年、ロンドンの黒人青年スティーブン・ローレンスさんが数人の白人青年たちに殺害された事件がある。有罪判決が出るまでに19年かかった。ローレンス事件をめぐる警察の捜査を調査した報告書は、「英国の警察には制度的な人種差別がある」と結論付けた。

 黒人市民の一部は、人種差別的意識が警察から完全には消えてはいないと主張している。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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