INF条約失効を受けてアメリカ軍が年内に計画する中距離ミサイル試射、その正体を推定(追記)
3月13日、AP通信はINF条約が失効する8月以降の年内にアメリカ軍が2種類の中距離ミサイルの発射試験を行うことを報じました。射程1000kmの巡航ミサイルと射程3000~4000kmの弾道ミサイルであると伝えられています。アメリカとロシアが結んでいたINF条約は地上に配備する射程500~5500kmの中距離ミサイルの配備を禁止するものでした。
INF条約失効を受けてアメリカ軍がどのような種類のミサイルを試射するのかはこれ以上の詳しい内容が伝えられていませんが、年内に発射試験を行うならば準備期間の短さから既存の空中発射型か艦船搭載型のミサイルを改修したものであると推定できます。そして射程からある程度の種類を絞り込むことが可能でしょう。
LRASM巡航ミサイル地対艦型
「低空を飛ぶ射程1000kmの巡航ミサイル」という情報から、アメリカ軍が既に保有している巡航ミサイルで条件に合う候補となるのはJASSM-ERかLRASMに絞られます。トマホークは射程3000kmありますが、敢えてトマホークではない理由は幾つか考えられます。
- ステルス性能(JASSM-ER、LRASM)
- 対艦攻撃能力(LRASM)
空対地巡航ミサイルのJASSM-ERを基に対艦攻撃能力を付与したものがLRASMです。アメリカ軍はLRASMの地対艦型を南シナ海での対中国用に投入する計画なのかもしれません。LRASMは対艦ミサイルとしては非常に長い射程を持ちます、そしてこれは有効な装備と成り得るでしょう。フィリピンに配備した場合、南シナ海の殆どを射程範囲に収めます。地対艦型なら核弾頭である必要が無いので配備のハードルは低く、実現性があります。また沖縄に配備すれば尖閣諸島の周辺どころか台湾の周辺まで射程範囲内となります。
ただしLRASMはミサイルとしては低速の亜音速で飛ぶので、1000km飛ぶ場合は発射から着弾までに1時間以上掛かります。その間に目標の敵艦は移動しているので、自力で蛇行しながら目標を探し回る必要があるので、最大射程1000kmは実用射程にならず、1000km飛翔する場合でも目標との直線距離は数百kmの射程で運用することになるでしょう。それでもこれだけの長射程があれば車載移動発射機を沿岸に置く必要は無く、内陸の山の中に隠してミサイルを後方に発射後、海に出てから進路を変えて迂回しながら沖合の洋上に居る目標に向かうことも可能となります。
謎の中距離弾道ミサイル
「射程3000~4000kmの中距離弾道ミサイル」についてはアメリカ軍が既に保有している弾道ミサイルで条件に合う候補が存在しません。しかし年内に発射試験を行う以上は全くの新型ミサイルは間に合う筈がないので、既存のミサイルの改造品であると考えられます。
- 三段式のトライデント潜水艦発射弾道ミサイルを二段式に改造
- ATACMS短距離弾道ミサイルにブースター追加(射程3000kmは困難)
- 全廃したパーシング2の再生産(生産は間に合わない/射程1800km)
幾つか考えられる候補の中で射程3000~4000kmを達成できそうなものは弾道ミサイル防衛システムの迎撃実験に使用している標的ミサイルくらいですが、どれも実戦用には不向きです。地上配備で実戦用に使うことを考えると車載移動式でなければなりません。中距離の位置に固定サイロ式で配備した場合には集中攻撃を受けてとても生き残れないからです。しかし標的ミサイルには車載移動に対応できそうなものが見当たりません。
ただし「潜水艦で運用する中距離弾道ミサイル」ならばトライデントの性能を落としたもので直ぐに実戦配備することが可能です。今年発射試験を行う予定の中距離ミサイルは非核型と伝えられていますが、今年になって生産を始めた低出力核弾頭W76-2の運搬用として潜水艦で運用する中距離弾道ミサイルは理想的な存在に成り得ます。そして潜水艦で運用するなら配備受け入れ国で反対される問題が起きません。長期間連続行動が可能な原子力潜水艦ならば前線付近の友好国に寄港しなくても運用可能です。
このように「潜水艦発射型かつ低出力核弾頭型の中距離弾道ミサイル」ならば実現性が高いのですが、そもそも地上発射型ではないならばINF条約を破棄する必要性が低いので、あくまでアメリカが地上発射型に拘った場合には別のものが用意されることになります。しかし中距離弾道ミサイルについて非核型を要求した場合、地上固定目標に対する高精度な誘導能力を持たないと役に立ちません。当然ですが標的ミサイルにそのような能力は無いですし、核弾頭が前提のICBMやSLBMには通常弾頭で要求されるレベルの高精度な精密誘導能力はありません。つまりアメリカは「地上発射型かつ通常弾頭型の中距離弾道ミサイル」を年内に用意できそうにないのです。既存のミサイルを改造して用意できるものが無いからです。
あるいは誘導弾頭の開発は後回しにしてロケット推進部分だけの試射を行う可能性もありますが、誘導弾頭の開発を今から新規で行うのであればロケット推進部分も新規で設計しても間に合うので、年内に発射試験を行うスケジュールが不可解になります。以上のような条件を考えた場合、中距離弾道ミサイルについては高精度な精密誘導能力までは必要としない低出力核弾頭型を想定しているのではと筆者は推定します。
(2019年3月15日追記)
トマホーク巡航ミサイル地上型の可能性
別ソースで相反する情報が出て来ました、ワシントンポスト紙の報じる匿名の国防総省高官は「地上発射型巡航ミサイルはトマホーク」としています。
しかしトマホーク巡航ミサイルの射程は現行型で射程3000kmに達します。AP通信の報じた射程1000kmの能力を持つ巡航ミサイルという情報と整合しません。射程1000kmの情報がそもそも間違っていたのか、それとも「トマホーク」を巡航ミサイルの代名詞として使ってしまったのか。もしLRASM地対艦型ではなくトマホーク地上型ならば対地攻撃用の巡航ミサイルとなり、INF条約で廃棄されたトマホークG型「グリフォン」の復活となります。
パーシング2に類似した全くの新型中距離弾道ミサイル
また中距離弾道ミサイルでは驚くべき情報が提示されています。なんと全くの新型ミサイルでパーシング2に近いとしています。
陸軍が現行で使用しているATACMS短距離弾道ミサイル( Army Tactical Missile System )とは異なる全くの新型の弾道ミサイルで、INF条約で廃棄されたパーシング2準中距離弾道ミサイル(射程1800km)そのものの復活ではないが、同じ特徴の対地精密誘導能力を持ち、射程を3000~4000kmとしたもの・・・ということになります。
全くの新型中距離弾道ミサイルが年内に発射試験を行うというのは筆者の想定外の情報でした。これはつまりアメリカ軍は数年前から極秘裏にINF条約を破棄する前提で本格的な設計に入っていたということになります。ロシアと中国はこれを深刻な脅威と見做すでしょう。大規模な軍拡競争が始まることが避けられそうにありません。
配備箇所の問題
もしもアメリカ軍の用意する中距離ミサイルがLRASM巡航ミサイル地対艦型と潜水艦搭載型中距離弾道ミサイルであったならば、同盟国への配備問題は深刻なものにはならないでしょう。地対艦型ならば通常弾頭である説得力が高く、原子力潜水艦なら同盟国への寄港はしなくても運用可能です。しかしトマホーク巡航ミサイル地対地型と完全新型中距離弾道ミサイル地対地型では、同盟国への配備問題が発生し反対運動が激化する可能性が否定できません。アメリカ側は新型中距離ミサイルは非核型だとしていますが、仮想敵国のロシアと中国は信じようとせず核弾頭型だと訴えて来るはずです。そうなればアメリカの同盟国で配備反対運動が起きるのは避けられません。