同時飽和攻撃とイージスアショア無用論の罠
イージスアショア無用論として同時飽和攻撃に迎撃システムが耐えられないという定番の主張があります。しかしこれは迂闊に言ってよいセリフではなく、なぜ耐えられないのか理解していないと大変な罠が待っています。
「同時に飛来する多数のミサイルには耐えられない」
先ずこのセリフを聞いた同時飽和攻撃について理解している人からは「そんなことは当たり前ですけれど、だからどうしたのですか」という感想しか出て来ないでしょう。システムの処理能力を超える数の攻撃を捌ききれないのはイージスアショアに限らず全ての迎撃システムにも言えてしまうからです。つまり上記のセリフを言い換えると以下のようになります。
「対応能力を超えた数の攻撃には、対応できません」
・・・やはり何か意味のあることを言っているようには聞こえません。「同時飽和攻撃に耐えられない」という主張に意味を持たせるには、攻撃側の同時発射ミサイル数と、迎撃側のシステムの処理能力とシステム数を提示しないといけません。具体的な数字の提示無しに「同時飽和攻撃に耐えられない」と言い張るのは、言葉の意味を何も理解しないまま相手を否定できると勘違いして口走っているだけなのです。
同時飽和攻撃への対処法
- 飽和しないように迎撃システムの性能を上げる
- 飽和しないように迎撃システムの数を増やす
- 敵の同時攻撃の企図を味方の攻撃で妨害する
敵の同時飽和攻撃に対抗する方法は単純で、敵の攻撃能力よりも味方の迎撃能力が上回れば飽和しません。また敵が同時攻撃するには複数のミサイルの発射タイミングを合わせないといけませんが、これに対して味方が攻撃を加えれば、たとえミサイル発射機を撃ち漏らしたとしても、敵は逃げ回る為に発射タイミングを合わせるどころではなくなります。
つまり「同時飽和攻撃に耐えられない」という主張ではイージスアショアを無用の長物だと否定することができません。むしろ飽和しないようにイージスアショアを増やすべきだ、あるいは敵の同時攻撃の企図を妨害するために敵基地攻撃能力を持つべきだ、そういった方向に議論の流れを持ち込まれることになるでしょう。盾と矛の競争を煽ってしまう結果となるのです。
同時飽和攻撃の見積もりは容易ではない
なお弾道ミサイル防衛はイージスアショアだけで戦うものではなく、日米のイージス艦やパトリオットPAC-3、増援で送り込まれるであろうTHAADなど多数の迎撃システムが見積りとして必要です。「同時飽和攻撃に耐えられない」という主張に意味を持たせるには、これら全ての迎撃システムの能力を計算に入れなければなりません。有事の際には日本近海に遊弋するイージス艦は日米合わせて数十隻に達する筈です。
実はイージス、パトリオット、THAADの各迎撃システムは1システムあたりの対弾道ミサイル同時可能迎撃数が公表されていません。軍事機密で分からないのです。同時可能迎撃数は1システムあたり10~20発くらいだろうという推定はありますが、はっきりした根拠はありません。
そして北朝鮮の日本攻撃用ミサイルはノドン準中距離弾道ミサイルですが、アメリカ軍の報告書では推定保有ランチャー数は50基以下と記載されており、保有ミサイル数の記載はありませんでしたが、民間シンクタンクの推定では200~300発と見られています。
また日本に届くのはノドンだけではなくスカッドERや北極星2号なども開発されており、こちらは正確な生産状況や保有数は分かっていません。スカッドERは対韓国用でもあるので対日本用に全て振り向けられるわけではなく、北極星2号は量産が進んでいるかどうかも分かっていません。日本攻撃可能な弾道ミサイルの同時攻撃可能数は各種ミサイルの推定ランチャー数から50発+はあることになりますが、正確なことは判明していません。
つまり分からないことは各種データから自分で推定しなければならず、根拠のある考え方でないと説得力を持たせられません。「同時飽和攻撃に耐えられない」を証明するには、非常に難しい作業が要求されるのです。
仮に突破されても10発中9発を阻止できたら意義は大きい
「同時飽和攻撃に耐えられない」から「無用の長物だ」という主張にはそもそも違和感があります。例えば敵ミサイルを10発中9発迎撃に成功し1発が突破したとして、それは迎撃側の大戦果と言えるのではないでしょうか。突破した1発が核弾頭ならば全てが失敗だという考え方もあるかもしれませんが、逆に核弾頭を1発でも阻止できれば数十万人の命が救えるという考え方もできます。1発で日本列島が消滅するミサイルならば1発でも突破されたらお終いだという考え方は正しいですが、北朝鮮は其処まで強力な核弾頭は保有していないように思えます。
少なくとも小規模な攻撃は完全に無効化できるなら、敵の攻撃意思のハードルを上げさせることができる
また迎撃能力が低く小規模な敵の攻撃にしか対応できない場合でも、敵が安易な攻撃を行ってくることを抑止する効果が見込めます。小規模な攻撃では効果が無いと分かりきっているなら、仕掛けようとして来ないでしょう。同時飽和攻撃を仕掛ける場合には全面戦争を覚悟せねばならず、大規模な報復攻撃を(アメリカが)行います。これは敵の攻撃意思のハードルがさらに上がることになり、開戦の決断を諦めさせることができるかもしれません。
弾道ミサイル防衛システムによる防衛的な抑止力はそれ単体では完全ではありませんが、アメリカの攻撃的な抑止力と組み合わせると大きな意味が出て来るでしょう。