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「男らしさ」とは何かを遺伝子から考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
photo by Masahiko Ishida

男のホルモン、テストステロン

よく女性に「モテる」男性、というのがいます。女性は「男性らしさ」を、どのあたりに見ているんでしょうか。たくましさや力の強さでしょうか。優しさや頼もしさでしょうか。

何でも両面があるわけで、力が強いのはちょっと間違えると暴力を過信することにつながります。そうなれば、女性の感性では抵抗あるでしょう。女性にとって、優しさと頼もしさの両方をもった男性が理想なのかもしれません。

では、こうした男らしい性格も、果たして遺伝によって決まるんでしょうか。これについて調べてみると、一般的に「男らしい」とされている性格は、どうも男性ホルモンが関係しているようです。

スポーツ競技のドーピング問題に取り上げられる薬の名前に「ステロイド」というのがあります。このステロイドは、筋肉を増強したり炎症を抑える作用のあるホルモンです。

ステロイドの一種に、アンドロゲンがあります。これが男性ホルモンで、アンドロゲンというのは男性ホルモンの総称です。女性らしさ男性らしさ、といった体つきを形作る、思春期の二次性徴でも活躍するホルモンなんですね。

このアンドロゲンの一種に「テストステロン」という男性ホルモンがあります。テストステロンは、授精した後、女性のままでいるか、男性になるか、といった重要な決定をする男性ホルモンでもある。こいつがどうも「男らしい」性格を作る大元らしい。

男性は、女性の約20倍のテストステロンを分泌するそうです。テストステロンは、筋肉をつけたり体毛を濃くしたりといった男性的な特徴に関係しています。男性が速度が速い高価なスポーツカーに乗ると、唾液の中のテストステロンの量が劇的に増えるという実験結果もある(*1、カナダ、コンコルディア大学の進化心理学の研究者らによる論文)。高級な車に乗ることで男性の自己顕示欲が満たされ、スピードの速さにスリルを感じてしまう。こうした感覚、女性にはあまり理解されないかもしれません。

テストステロンで男らしさが変わる

女性のままか男性になるか、と書きましたが、妊娠6週から24週にかけ、大量の男性ホルモンが分泌されます。この時期のホルモンの「洗礼」は、別名「アンドロゲン・シャワー」と呼ばれます。アンドロゲン・シャワーというのは言葉の比喩で、胎児の血液中のアンドロゲンの量が、ものスゴく増えることです。実際に胎内で、胎児がアンドロゲンのシャワーを浴びるわけじゃない。ただ、大量のアンドロゲンが胎児の中で駆け巡るんです。

このアンドロゲンが、つまりテストステロン。ややこしいですね。テストステロンは、まだ雌雄が確定していない胎児をオスにするためのホルモンでもあり、だから女性のままか男性になるか、ということになります。このホルモンにさらされる前まで、私たちはみんなメスだったというわけで、テストステロンを作る遺伝子が働けば人間は男になり、それが働かなければ女のままでいる。

さらに、男性の場合、胎児期にシャワったテストステロンの量によって、性格が変わります。テストステロンが多ければ、積極的で攻撃的な傾向を示すようになる。闘争本能が旺盛で決断力に富み、活動的で自信に満ちあふれているという「男らしい」性格に影響を与えているわけです。

これはどっちかといえば、男性のいい面でしょう。アンドロゲン・シャワーの量、つまり遺伝的なテストステロンの量が、「男らしい」という性格まで決めているというわけです。

さらに、運動神経が良かったり、ヒゲが濃かったり、性欲が旺盛だったりというフィジカルな部分も、どうやら胎児期のテストステロンの量で決まります。成長したあとの身体的な特徴を観察すれば、男性の場合、胎児期のテストステロンの量がわかるんじゃないか。というわけで、研究者たちは胎児期のテストステロン量と身体的な影響について調べてみました。すると案の定、いろんなことがわかってきた。

たとえば、テストステロンが多いと、体の末端部分が大きくなる傾向があります。胎児が自分の体を作る過程で、指や男性のペニスなどの長さや大きさに関係する遺伝子が、テストステロンの量に影響を受けると考えられている。実際、指の長い男性は、ペニスも大きいという研究や調査結果もあります(*2、スイス、ジュネーブ大学の研究者らによる論文)。

末端が長く大きくなると男らしい?

テストステロンの量によって、右手の人差し指と薬指の長さの比が違ってくることが広く知られています(*3、カナダ、アルバータ大学の研究者らによる論文)。また。この研究によれば、人差し指に比べて薬指が長い男性ほど、スポーツ選手になったりして身体的能力が高いことがわかっている。

あなたが男性なら、自分の指の長さ、特に人差し指と薬指を見てください。人差し指より薬指のほうが長いでしょう。この長さの割合が大きいほど、胎児期に浴びたテストステロンの量が多かったと考えられています。

そもそも人間の指の長さについては、もう19世紀くらいからずっと調査が続けられてきた分野です。当時から、人差し指と薬指の長さを比べると、女性のほうが男性より人差し指が長いことが知られていました。遺伝学や生理学が発達すると、それがどうやら胎児期に受けたホルモンの影響らしいことがわかってきた(*4、米国の心理学者Glenn Wilson氏の論文)。

この人差し指と薬指の長さの比率、どうやって計るかというと、指を真っ直ぐに伸ばした状態で右手の平のほうを向け、人差し指と薬指それぞれの根本、付け根のシワ(薬指の場合はより手首に近いほうのシワ)から指先までを計り、人差し指の長さを薬指の長さで割るんだそうです。男性の平均は、だいたい0.96。これより低い場合、胎児期のテストステロンの量が多かったと考えられます。

生まれる前にホルモンを受けた量で生後の性格などが変わってくるわけで、私たちは母親のお腹にいたときから、すでに外界からいろんな影響を受けているというわけです。

テストステロンを増やすには

もちろん「男らしい」という性格も、いい面ばかりじゃない。攻撃的で闘争本能が旺盛ということは、ケンカっ早く乱暴ということで、これはまるでDV予備軍みたいです。また、決断力に富み、活動的ということは、反面、落ち着きがなく危険な行為に走りがちということでもある。実際、人差し指と薬指の長さの比率が低い男性は、交通違反が多いという調査結果もあります(*5、ドイツ、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツの心理学者らによる論文)。

成長してからのテストステロンの量も個人差がありますが、最初に紹介したようにスポーツカーに乗ったりして脳に刺激を与えたり、性的に興奮したり定期的にセックスかオナニーしたり、筋力をつけるなどすれば、テストステロンが増えるようです。自分の薬指の短さに愕然としてる男性は、こうしたトレーニングをして高テストステロンタイプに変身してみたらどうでしょう。

ただ、テストステロンの量が増えると、免疫力が低下して細菌感染などの病気にかかりやすいようです。この場合、男性的である一方で病弱という、ちょっと変な感じにもなります。また、逆にテストステロン値が急に減ると、うつ病を発症するリスクがあるそうです。どうもこれは加齢による、男性の更年期特有の症状らしい。気をつけたいですね。

いずれにせよ、いろんな人間がいるから人生は楽しいとも言えます。テストステロンの多い男性は一時的に「モテ男」になるかもしれませんが、DVになったらお終いだ。モテるのと人生の幸福を手にできるかどうかは、また別の話なのかもしれません。

(*1:Gad Saad, and John G. Vongas, "The effect of conspicuous consumption on men’s testosterone levels", Organizational Behavior and Human Decision Processes, Volume 110, Issue 2, November 2009, Pages 80-92

(*2:Takashi Kondo, Jozsef Zakany, Jeffrey W. Innis & Denis Duboule, "Of fingers, toes and penises", Nature 390, 29 (6 November 1997) | doi:10.1038/36234

(*2:Evangelos Spyropoulos, MD, PhD, and colleagues from the Naval and Veterans Hospital of Athens, Greece. Urology 2002;60:485-491

(*3:Allison A. Bailey, Peter L. Hurd, "Finger length ratio (2D:4D) correlates with physical aggression in men but not in women", BIOLOGICAL PSYCHOLOGY, Received 8 November 2003; accepted 20 May 2004

(*3:Bailey AA & Hurd PL, 2005. "Depression in men is associated with more feminine finger length ratios." Personality and Individual Differences 39: 829-836. (doi:10.1016/j.paid.2004.12.017)

(*4:Glenn D. Wilson, "Finger-length as an index of assertiveness in women", Personality and Individual Differences, Volume 4, Issue 1, 1983, Pages 111-112

(*5:Andreas Schwerdtfeger, Regina Heims and Johannes Heer, "Digit ratio (2D:4D) is associated with traffic violations for male frequent car drivers", Accident Analysis & Prevention, Volume 42, Issue 1, January 2010, Pages 269-274

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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