病気に対する人間の鋭い「感知能力」とは
風邪やインフルエンザなどにかかりやすい季節だが、激しく咳き込んでいる人の近くにはなるべくなら近寄りたくないというのも人情だ。逆に、暑くもないのに顔が上気したり目が潤んでいたり、けだるそうな雰囲気をしている人がいれば、風邪を引いたりインフルエンザにかかっているのかと容態を案じたりすることもあるだろう。
病人をより早く治療へ向かわせる
病気や中毒についてもそうだ。生物は、食べ物が腐っているかどうか、毒を持っているかどうかなどを視覚や嗅覚を総動員して探るが、人間も感染症に対し、予防的な行動をとるようだ(※1)。
感染症にかかっていると想像される相手を、人間がどれくらい感知できるのかという研究がいくつかある。こうした研究が行われるのは、自分の健康状態をより早く把握したり、病気になった人を周囲の人がより早く見つけて治療をうながしたりする公衆衛生的な目的もあるだろう。
例えば、病気にかかった人の様子について、その歩行から健康状態を認識できるかどうかという実験がある(※2)。スウェーデンのカロリンスカ研究所などの研究者が、被験者にリポ多糖(LPS)を注射し、擬似的な全身性炎症状態にして観察したところ、歩行速度が遅くなり、周囲の人はリポ多糖注射を受けた人を健康ではないと認識できたという。
リポ多糖は、大腸菌などの細菌(グラム陰性菌)の細胞壁外側(外葉)にある毒性(エンドトキシン)を持つ物質で、身体の中に入ると発熱したり呼吸が早くなったり血圧が低くなるなど毒素として作用する。実験動物にリポ多糖を投与し、擬似的に疾患を引き起こす研究(※3)などに使われるが、毒性をほとんど除去したリポ多糖を人間に使い、炎症反応や免疫反応を分析したり擬似的な病気の状態を作りだしたりすることも行われている(※4)。
人間の感染症への感知能力はかなり高い
このリポ多糖を静脈注射することで擬似的な病気の状態(※5)を再現することができる。例えば、病気状態になった人の肌の色の変化を調べたり(※6)、病気状態になった人がどんな経済的な行動を取るかという実験(※7)がある。
そこでリポ多糖を使って、他者の病気に対する感受性を確かめる研究がいくつか行われてきた。
スウェーデンのカロリンスカ研究所などの研究者は、リポ多糖で病気の状態になってもらったボランティア群と生理食塩水を使ったプラセボ群と分け、それぞれの顔写真を撮影し、体臭のサンプルを採取し、30人を対象にしてfMRI(機能的MRI)で脳をスキャンし、どの部位が反応するか調べた(※8)。それによると、擬似的に病気になったボランティア群の顔写真と体臭のほうがより嫌いという反応が出たという。
また、リポ多糖での症状があまり出ない状態で、どれだけ病気のリスクを認識できるかという研究もある。スウェーデンのストックホルム大学などの研究者は、リポ多糖注射の2時間後という明らかに病気とは見えないぎりぎりの顔写真を使って比較した(※9)。すると、そうした微細な病気の兆候でも被験者は見逃さない明かな傾向(81%)があったという。
ところで、リポ多糖を使った研究は、炎症作用や免疫応答などの原因や機序を明らかにするためにかなり以前から使われてきた(※10)。だが、リポ多糖は強い毒素(エンドトキシン)を持っており、それを完全に除去してゼロにすることは難しい。ゼロにすれば、そもそも発熱や炎症状態も起きないのだ。
これらのリポ多糖を用いた研究は、所属機関それぞれの倫理委員会などの審査を経たもののようだが、個人的には人間にわざわざ発熱させたり炎症を起こさせたりする実験が適切かどうか、疑問に感じるのも事実だ。
また、この記事は、人を見かけで判断することを許容したり、病気にかかった患者やその可能性のある人を差別とその助長、また嫌悪忌避することを是認するものではない。
※1:Lesley A. Duncan, et al., "Perceived vulnerability to disease: Development and validation of a 15-item self-report instrument." Personality and Individual Differences, Vol.47, 541-546, 2009
※1:Valerie Curtis, et al., "Disgust as an adaptive system for disease avoidance behaviour." Philosophical Transactions of the Royal Society B, Vol.366, Issue1563, 2011
※1:Mark Schaller, et al., "The Behavioral Immune System (and Why It Matters)." Current Directions in Psychological Science, Vol.20, Issue2, 2011
※1:Konstantin O. Tskhay, et al., "People Use Psychological Cues to Detect Physical Disease From Faces." Personality and Social Psychology Bulletin, Vol.42, Issue10, 2016
※1:Camille Ferdenzi, et al., "Detection of sickness in conspecifics using olfactory and visual cues." PNAS, Vol.114, No.24, 2017
※2:T Sundelin, et al., Sick man walking: Perception of health status from body motion." Brain, Behavior, and Immunity, Vol.48, 53-56, 2015
※3:Satoshi Kobayashi, et al., "A Single Dose of LPS into Mice with Emphysema Mimics Human COPD Exacerbation as Assessed by Micro-CT." American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology, Vol.49(6), 971-977, 2013
※4:Manfred Schedlowski, et al., "Endotoxin-induced experimental systemic inflammation in humans: A model to disentangle immune-to-brain communication." Brain, Behavior, and Immunity, Vol.35, 1-8, 2014
※4:Christine M. Sandiego, et al., "Imaging robust microglial activation after lipopolysaccharide administration in humans with PET." PNAS, Vol.112, No.40, 2015
※5:Anna Andreasson, et al., "A global measure of sickness behaviour: Development of the Sickness Questionnaire Show all authors." Journal of Health Psychology, doi: 10.1177/1359105316659917, 2016
※6:Audrey J. Henderson, et al., "Skin colour changes during experimentally-induced sickness." Brain, Behaivor, and Immunity, Vol.60, 312-318, 2017
※7:Julie Lasselin, et al., "Lipopolysaccharide Alters Motivated Behavior in a Monetary Reward Task: a Randomized Trial." Neuropsychopharmacology, Vol.42, 801-810, 2017
※8:Christina Regenbogen, et al., "Behavioral and neural correlates to multisensory detection of sick humans." PNAS, Vol.114, No.24, 2017
※9:John Axelsson, et al., "Identification of acutely sick people and facial cues of sickness." Proceedings of the Royal Society B, Vol.285, Issue1870, 2018
※10:A F. Suffredini, et al., "Promotion and subsequent inhibition of plasminogen activation after administration of intravenous endotoxin to normal subjects." New England Journal of Medicine, Vol.320(18), 1165-1172, 1989
※10:Steve E. Calvano, et al., "Experimental Human Endotoxemia: A Model of the Systemic Inflammatory Response Syndrome?" Surgical Infections, Vol.13(5), 293-299, 2012