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【皮膚科医監修】ワキガ・多汗症の最新治療事情~局所療法の効果、安全性、メカニズムまで徹底網羅~

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

ワキガや多汗症は、日常生活の質を大きく損ねる厄介な疾患です。衣服の選択や人付き合いに支障をきたし、仕事のパフォーマンスにも影響しかねません。市販のデオドラントでは効果が不十分なことも多く、長年の悩みを抱えている人も少なくありません。

しかし近年、ワキガと多汗症の治療法は目覚ましい進歩を遂げています。ボツリヌス毒素(ボトックス)注射をはじめ、マイクロ波やレーザー治療、外科的な汗腺除去術など、様々な局所療法の有効性が次々と報告されているのです。

今回は、ワキガと多汗症の最新治療に関する大規模な研究レビューを取り上げます。2023年末までに発表された59件もの比較試験や無作為化比較試験(RCT)のデータを集約したこの総説は、各治療法の効果と安全性を詳細に分析。エビデンスに基づく情報を整理し、皮膚科領域での"オーダーメイド治療"の実現に向けたロードマップを示しています。

【多汗症治療の主役はボトックス注射】

ワキの多汗症治療で第一に選択されるのが、ボツリヌス毒素製剤(ボトックス)の局所注射です。ボツリヌス菌が産生する毒素は、筋肉に注射されると神経との信号伝達を阻害し、汗腺の働きを抑制します。レビューに含まれる研究の中で最も多くを占めたのがボトックス関連の論文で、その有効性と安全性は十分に確立されていました。

注射から2日から2週間ほどで発汗抑制効果が現れ、6ヶ月から1年は効果が持続するとのデータが複数の研究で示されています。用量による効果の差はあまりなく、1回の治療で十分な効果が得られるようです。副作用としては注射部位の痛みやチクチク感が最も多く報告されていますが、重篤なものはほとんどありません。ごくまれに、一過性の代償性発汗や筋力低下などが起こる可能性があります。

ただし、ボトックス注射のワキガ臭そのものに対する効果は限定的と考えられています。また、効果の持続期間には個人差が大きく、継続的な治療が必要になるケースも少なくないでしょう。

【マイクロ波治療の台頭とエネルギーデバイスの進化】

ボトックスに次いで注目を集めているのが、マイクロ波やラジオ波、レーザーなどを用いたエネルギーデバイス治療です。特に、5GHz帯のマイクロ波によって汗腺を選択的に破壊する治療は、ボトックスを超える新時代の治療法として期待されています。

これまでの研究では、1~2回のマイクロ波治療で最長12ヶ月の発汗抑制効果が確認されています。ワキ毛の減少など、ボトックスにはない副次的効果も報告されています。一方、術後の疼痛や浮腫、色素沈着などの副作用も少なからず見られ、施術者の技量が結果に影響する可能性が示唆されています。

その他のエネルギーデバイスについても、いくつかの有望な研究結果が得られています。ただ、現時点ではマイクロ波治療以外の確たるエビデンスは乏しく、最適な治療法の選択には今後のデータの蓄積が必要不可欠と言えるでしょう。

【外科的治療は低侵襲化が鍵を握る】

局所麻酔下での汗腺の選択的除去など、外科的アプローチによるワキガ・多汗症治療も数多く試みられてきました。しかし、傷跡や合併症のリスクの高さから、近年はより低侵襲な手技が主流となりつつあります

その代表格が、皮下吸引法と掻爬法を組み合わせた治療法です。まず脂肪吸引用の細い管(カニューレ)を皮下に挿入し、汗腺を含む脂肪組織を吸引。さらにカニューレ先端で組織を掻き取ることで、汗腺をより効果的に除去するのです。ボトックス注射と同等以上の治療効果が期待できる反面、術後の疼痛や浮腫、色素沈着などは避けられません。

より新しい治療コンセプトも登場しています。アルカリ性の薬剤でタンパク質を変性させる「アルカリ熱変性治療」、局所麻酔下でエタノールを注入して汗腺を破壊する「エタノール硬化療法」などです。まだ研究途上の段階ではありますが、今後の発展が大いに期待されるアプローチと言えるでしょう。

【ワキガ・多汗症治療の最前線~オーダーメイド医療の実現に向けて~】

ワキガや多汗症は、その悪臭や過剰な発汗によって患者のQOLを著しく損ねる疾患です。罹患率は決して低くなく、本人だけでなく周囲の人間関係にも大きな影響を及ぼしかねません。しかし、画一的な治療法では十分な効果が得られないことも少なくありません。

この研究レビューのように、それぞれの治療法の特性を整理し、個々の患者に最適な治療を提案する取り組みは、現代医療に求められる "Precision Medicine(オーダーメイド医療)"の理念そのものです。症例ごとの病態を見極め、治療のメリットとデメリットを天秤にかけたうえで、QOL向上につながる最良の選択肢を提示する。そんな真の意味での"テーラーメイド治療"の実現に向けて、この総説は大きな一歩を踏み出したと言えるでしょう。

もっとも、これらのエビデンスの多くは欧米からのもので、日本人や東アジア人種に特化したデータはまだ十分とは言えません。今後は日本人におけるエビデンスレベルの高い研究報告が待たれます。

参考文献:

1. Grove GL et al., Local procedures for axillary hyperhidrosis and osmidrosis: a systematic review of prospective and controlled clinical trials. JEADV Clin Pract. 2024 May 22. https://doi.org/10.1002/jvc2.415

2. Nawrocki S, Cha J. The etiology, diagnosis, and management of hyperhidrosis: a comprehensive review. J Am Acad Dermatol. 2019 Sep;81(3):669-680. https://doi.org/10.1016/j.jaad.2018.11.066

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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