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電車内でのお化粧からマナー問題の本質に迫る心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真はイメージ)(写真:アフロ)

<電車内化粧は「だめ」なことか、「みんなやっているからOK」なのか。私達の規範意識の心理から、社会全体のマナー問題を読み解く。>

■電車内で化粧する「盛り鉄」女子

■電車内でメークを濃くする「盛り鉄」女子~多くの乗客たちは声に出さないだけで、多かれ少なかれ不快な思いを抱いているのだ。~「車内での化粧は、なるべく控えていただきたい行為ですが、お客様の良心と判断に任せています」とする一方で、「化粧は、ほかの乗客に『実害』を及ぼす可能性がある行為であると認識してほしい」という。

出典:電車内で化粧する女性は許せる?許せない? 7/3東洋経済Y!

電車内のお化粧は、時おり話題になるテーマですが、今回また『東洋経済』が数ページに渡って取り上げ、ヤフーのトップページでも紹介されました。

■電車内の化粧、いつごろから?

以前はあまり見られなかった電車内での化粧。おそらく20年ほど前から目立つようになったのでしょう。

1999年には、すでに公共広告機構ACが電車内の化粧をいさめるCMを作っています。2001年には東京の地下鉄、東京メトロのマナーポスターが、電車内化粧を取り上げています。

2007年のポーラの調査によれば、電車内化粧経験者は19%でしたが、20代後半での経験者は43%、40代以上での経験者は10%で、若い世代ほど電車内化粧をしていました。調査から10年以上たった今、中高年女性の多くは否定的である一方、若い世代からミドル世代は受容派が増えているでしょう。

■電車内化粧:実害とマナー

東洋経済の記事では、実害の可能性も指摘しています。ただ電車内化粧は、実害だけでなく、マナーの問題でしょう。マナーとは実害があるかどうかの問題だけではありません。

ソバは箸を使って食べるもので、店内で手づかみで食べるのはマナー違反です。ソバは音をたてて食べるものですが(その方が香りが口と鼻に広がっておいしく感じる)、高級レストランで音を立ててスープを飲むのはマナー違反です。日本ではごはん茶碗を手に持たずお膳に置いたままで食べるのはマナー違反ですが、他国では食器を手で持ち上げて食べるのがマナー違反です。

山手線の電車でお弁当を食べるのはマナー違反でしょうが、新幹線で食べるのはマナー違反ではありません。入っても良い芝生に座るのはかまいませんが、電車や駅の床にぺたりと座るのは、マナー違反と感じる人が多いでしょう。

たとえ実害がなくても、公の場ではマナーが必要です。ただし、マナーは実害や理屈とは別に作られもします。だからマナーは時代と社会によって変わります。

たとえば携帯電話という新しい機材が登場すれば、「車内の携帯電話のご使用はご遠慮ください」のように新しいマナーを作れば良いのです。ただし、マナーが機能するためには、個人の規範意識が必要になってきます。

■規範意識とは

規範意識とは:「規範意識(きはんいしき)とは、道徳、倫理、法律等の社会のルールを守ろうとする意識のこと」(weblio辞書

規範意識には、「命令的規範」と「記述的規範」があるとされています。

命令規範とは、「○○すべし」と感じる感覚です。絶対的なものと人々が感じるものです。一方、「記述的規範」はみんなが実際にどうしているのかということから生まれる意識です。

何かの違反に強く反対する人は、それが命令規範だと感じていて、「絶対にダメだ」、「なに考えているんだ」などと感じます。一方、それが確かに問題はあるとは思いつつも、みんなしがているから良いではないかと感じるのは、問題を記述的規範と考えている人達です。

「未成年者の禁酒喫煙はダメ」、「ここにゴミを捨ててはダメ」と命令規範意識を持って誰かに注意しても、「みんなやっている」「そのくらいのことでうるさい」と言い返されるのは、相手がそれを記述期範の範囲だと感じているからです。

■規範意識の変化とこれからの社会:新しい「世間様」

何が状況によって変わらない命令規範なのか、何は状況によって変わる記述規範なのか、その境目が人により、世代により、異なるのです。これが、マナー問題の基本にあります。

電車内化粧をしている人、容認している人も、まったく問題がないと思っているわけではないでしょう。だからこそ、急いでいるのだからなどと言い訳を考えるわけです。反対派は電車内化粧は命令規範だと感じ、容認派は電車内化粧は記述規範なのだから状況によって許されると感じている。だから、両者の話はすれ違い続けるのです。

マナーや価値観はたしかに変化します。価値観を振り回しすぎたり、頭ごなしに説教しすぎては、解決が遠のきます。ただし、「私がそうしたいからそうする」「人に迷惑(実害)かけてない」「他の人もやっているのだから私も悪くない」、こんな考え方では、暮らしやすい社会にはなりません。

現代日本人は、公の意識が薄くなっていいます。公共の場なのだから、たとえ自分が納得できないことでも、その場のルールやマナーを守る。みんなの迷惑を考えて、自分は我慢するといった意識が薄くなっています。

私達の社会は、集団の社会から個の社会へ、急激に変化しています。社会が「個室化」しています。人間関係は希薄になり、近所でも互いによく知りません。「村八分」も存在しないし、別に怖くはありません。

このような人間関係の希薄化によって「恥」の意識が弱まっています。人々が大胆になり、自分の意見を述べ、歌や踊りを披露するのは良いことでしょう。しかし規範意識は、周囲から批難されるとではないかと恐れる感覚、世間様に対して恥ずかしいという意識から生まれます。この「世間様」が消えてしまえば、規範意識も低下してきます。

現代社会の自由な雰囲気はすばらしいものだと思います。しかし同時に、電車内化粧の問題を始め、日本の古き良き行動基準がくずれつつあることも指摘されます。

古くてダメなものもありますが、古くて良いものもあります。日本人のきれい好き、マナーのよさは、サッカーワールドカップのサポータ達による観客席のゴミ拾いにも表れています。これは、世界に報道され他国サポーターにも影響を与えました。

マスコミやネットの声は、時に私達をミスリードし、萎縮させることもあります。しかし、昔風の「世間」が弱くなった現代において、マスコミ報道やネット論調は、新しい「世間」として私達の規範意識に良い影響を与える可能性もあるでしょう。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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