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謎の「金髪の天使」に照会8千件 ロマへの偏見強まる懸念

木村正人在英国際ジャーナリスト

ダンスを踊る少女

ギリシャ中部ファルサラの少数民族ロマ居住キャンプで16日に保護された金髪の少女に、米国、スウェーデン、フランス、カナダ、ポーランドなど世界中から8000件を超える問い合わせが殺到している。

少女はマリアちゃんと名付けられており、身長1メートル、体重17キロ、肌は白く、ブロンドの長髪、瞳の色はブルー。2009年生まれの4歳とみられている。

「金髪の天使」マリアちゃん(ザ・スマイル・オブ・ザ・チャイルドHP)
「金髪の天使」マリアちゃん(ザ・スマイル・オブ・ザ・チャイルドHP)

地元メディアは事件について「謎の金髪の天使」と書き立てている。

マリアちゃんと一緒に暮らしていたロマ夫婦は、Hristos Salis容疑者(39)と妻のEleftheria Dimopoulou容疑者(40)。DNA鑑定の結果、血のつながりがないことがわかり、未成年者略取・誘拐容疑で2人は逮捕された。

夫婦の自宅からはピストルと頭から肩の一部まですっぽり入る軍隊用のバラクラヴァ帽などが押収された。

夫婦の親族が地元メディアに提供したビデオなどによると、マリアちゃんは夫婦と一緒に野外の会場でダンスを踊らされていた。

マリアちゃんのベッドにはクマのぬいぐるみが並べられ、床のじゅうたんの上にはお絵かき用のマーカーや描きかけのスケッチブックがそのまま残されていた。

月110万円超の社会保障費

地元警察が16日、麻薬密売容疑でロマ居住キャンプを捜索したところ、夫婦とは外見がまったく異なるマリアちゃんを発見、保護した。

英大衆紙デーリー・メールによると、妻は10カ月の間に6人の子供を出産したと届けるなど、夫婦は14人の子供がいると偽って、月に7000ポンド以上(約110万9千円)の社会保障費を受給していた。

妻は2つの身分証明書と名前を使い分けていた。マリアちゃんは幼いころ、ブロンドの髪を茶色に染められていたという。

夫婦は警察の調べに対して「スーパーの外に置き去りにされていた」「ブルガリア人の母親から引き取った」と供述を二転三転させており、21日に法廷に出廷、マリアちゃんを養育するようになった経緯について釈明する。

弁護士は「ロマの夫婦と4歳の少女の間には愛情以外には存在していない」と主張している。

また、夫婦の親族は「マリアちゃんはダンスが好きで、無理矢理に踊らせていたわけではない」「2人はマリアちゃんの面倒をきちんと見ていた」と反論している。

ロマの乳児売買組織

児童支援の慈善団体ザ・スマイル・オブ・ザ・チャイルドの責任者はデーリー・メール紙に「少女が私たちのところに来たときはおびえて一言も口を聞かなかったが、今は他の子供たちと遊んでいる」「少女は悪い環境に置かれていた」と指摘。

その上で「少女は誘拐された疑いが濃厚だ。スカンジナビア半島の出身だろう」「オカネのために踊らされていたと確信している」と話した。

この責任者によると、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャから英国に乳児を売り渡すロマの組織があることがよく知られているという。

ロマとは

かつて「ジプシー」と呼ばれたロマは欧州全体で1千万~1500万人いるといわれる。10世紀ごろインド北西部から西方に移動し、トルコなどを経て14世紀ごろ欧州に流入した。

言語、文化、生活習慣の違いから迫害され、ナチス・ドイツにより少なくとも20万人が虐殺されたとされる。

東欧の共産体制下では強制的な同化や人口調整のため不妊手術が行われた。冷戦終結後も差別は残っている。今回の「金髪の天使」誘拐事件がロマに対する偏見と差別を増幅させる恐れがある。

ギリシャでは債務危機をきっかけに社会保障費が大幅に削減されており、月に110万円超の社会保障費を不正受給していたロマ夫婦への批判が強まるのは必至だ。

ギリシャの経済規模は縮小し、社会不安が増幅。排外主義をあおる極右政党「黄金の夜明け」が台頭し、移民排斥に反対するヒップホップ・アーティストが「黄金の夜明け」の崇拝者に殺害された。

昨年の大晦日には、ハンガリーのペシュト県で、17歳のロマ系ハンガリー人が口論になった若者2人をナイフで殺傷する事件が起きた。

ハンガリーの民主化を進めた民主化組織「フィデス(青年民主連盟)」の創設メンバーの1人は全国紙へ投稿し、「ツィガーニ(ロマのこと)の大半は私たちの社会と共存するのにふさわしくない。彼らは動物だ。動物のようにふるまっている。こうした動物の存在を許してはならない」とロマ排斥を公然と訴えた。

ルーマニアのロマ人口は2002年国勢調査で53万5千人とされたが、欧州委員会は180万~250万人と推定する。ロマの多くが差別を避けるためロマであることを隠して生きていかなければならないのだ。

40万人超のロマが暮らすフランスでは10年7月、中北部サン・テニャンでロマの若者が警官に射殺された事件をきっかけに暴動が発生した。

当時のサルコジ政権は違法キャンプの撤去と送還を強化した。フランスだけでなく、イタリアやデンマークもロマの違法キャンプを撤去したり送還したりしていた。

これに対して、ロマの社会参加を促す欧州連合(EU)の支援策は十分とはいえないのが実情だ。

ロマであることを公表しているハンガリー選出のヤロカ欧州議会議員は「ロマの問題は政治に翻弄されてきた。失業、教育など共通した社会問題として取り組むべきだ」と強調している。

マリアちゃんの本当の家族はどこにいるのだろうか。一刻も早くマリアちゃんが家族のもとに戻れることを祈っている。

今回の事件が刑事・司法手続きにのっとって適正に処理されなければならないのはもちろんだ。しかし、社会全体が安易にロマ排斥や排外主義に走らないよう、「人権」を旗印に掲げるEUにはロマを取り巻く問題に本腰を入れて取り組む政治的リーダーシップを望みたい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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