豊島竜王、二転三転の大熱戦を制し172手で竜王戦第3局勝利 羽生九段は最終盤で勝ち筋を見いだせず
11月7日・8日。京都市、総本山仁和寺において第33期竜王戦七番勝負第3局▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(30歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。
7日9時に始まった対局は8日19時51分に終局。結果は172手で豊島竜王の勝ちとなりました。
七番勝負はこれで豊島竜王2勝、羽生九段1勝となりました。
第4局は11月12日・13日に福島市、穴原温泉・吉川屋でおこなわれます。
豊島竜王、二転三転の熱戦を制す
「羽生九段が勝勢の将棋を頓死で失った」
リアルタイムで観戦していた人には、本局はそう記憶され続けるかもしれません。局後に冷静に振り返ってみれば、必ずしもそうとは言い切れないことはわかります。それでも長手数のはてにたどりついた最終盤の攻防は、あまりに劇的でした。
底しれぬ中終盤力で劣勢を押し返した羽生九段も強ければ、最後に勝ちをつかんだ豊島竜王も強かった。
ともかくも、なんともすさまじい一局でした。
羽生九段先手で戦型は相掛かり。豊島竜王が端から△9五歩と攻めたのに対して、羽生九段が49手目を封じて1日目は指し掛けとなりました。
2日目。羽生九段は予想本命の▲9五同歩。
豊島「(封じ手は)▲同歩と取られると思っていて(3手後の)△5六歩まで考えていて。そこでどう指されるかちょっとわからなかったので。形勢もよくわからなかったです」
羽生「岐(わか)れのところはちょっと失敗してるような気はしていました」
両対局者ともに自信が持てないまま、難解な中盤が続いていきました。
豊島玉は初期位置の居玉のまま。対して羽生玉は戦いのさなか、美濃囲いに収まります。
豊島「先手玉が安定してしまったので、失敗したかなと思ってたんですけど」
本局、羽生九段は序盤で2歩得をし、途中では駒台には歩が多く乗っていました。しかし攻防の中で歩を打ち捨てている間に歩得は消え、逆に1歩損。そして歩切れとなりました。歩の1枚、あるかないかでは大きく違います。
豊島竜王の着手を待つ間、羽生九段は眼鏡をはずしていました。その間、頭を少し休めていたのでしょうか。やがて豊島竜王の残り時間も1時間を切りました。
96手目。豊島竜王はと金を作りながら香を取り返します。残りは羽生36分、豊島56分。豊島竜王は9筋で得た香を、2筋に打ちます。これが相手の歩切れを衝いて痛烈な王手でした。このあたり、形勢の針はほんのわずか、豊島竜王の側に傾いたようです。
101手目。羽生九段は居玉のままの豊島玉上部、6筋に馬をつくります。対して豊島竜王は攻防の要所に角を据えました。
「いやあ・・・。そうか・・・」
豊島竜王が席をはずしている間、羽生九段からはそんなつぶやきが聞かれました。
羽生九段の玉形は美濃囲い。横からの攻めは強いものの、縦から、上からの攻めには弱い。豊島竜王はその弱点を攻めます。玉頭に歩が伸びて、羽生玉に迫る形となりました。一方で豊島玉は居玉のままながら、意外と耐久力があります。
豊島「△2六香から△2五歩と突いて、けっこう先手玉も危ない形になるので。うーん、その前よりかはちょっと難しいというか。形勢はよくわからなかったですけど。ちょっと前に比べたら嫌味(いやみ)が続く形になったので、難しいかなと思ったんですけど」
112手目。豊島竜王は再度2筋に香を打ちます。これが先手玉を上からにらんで、やはり厳しい。終盤に入ったところでは、形勢は豊島ペースであったと思われます。
しかしそこから羽生九段は猛然と追い上げていきます。その状況を表すかのように、残り時間はいつしか逆転しました。
118手目。豊島竜王は歩を成って王手をかけます。残りは10分。対して羽生九段は20分。
「王手をかける」という表現は、実社会では、あともう少しで勝ちという状況をあらわす際に使われます。
ただし将棋では、王手をかけることは必ずしも勝利に近づくことを意味しません。山ほど王手をかけた側が負け、一度も王手をかけなかった側が勝つ、ということもあります。
羽生九段は王手を受けてしのぎます。羽生九段の終盤らしい、怪しい気配が少しずつ漂ってきました。
豊島「たぶんどっかで間違えてるんだろうと思うんですけど」
127手目。羽生九段は手にした飛車を豊島陣一段目に打ちます。横からの王手。この一撃で豊島玉が寄るわけではありません。しかし飛車は縦横、攻防によく利いています。
いつしか形勢ははっきりと逆転しました。現代の観戦者は、それをソフトの評価値という形で、数値として確認することができます。一方で対局者は誰の力も借りず、自身で判断するよりありません。
羽生「終盤はもしかしたら何かあったかもしれないですけど、ちょっとわからなかったですね。難しくはなってると思ったんですが、うーん、ちょっと、攻められたときの応接が問題があったかもしれないですね」
豊島「(136手目)△6九飛車と打ったあたりはいろいろな応対があるので、あまり自信がなかったですけど」
羽生九段は正座にすわりなおします。そして腕を組み、上体を前後に揺らしながら盤上を見つめます。
ABEMAの中継で表示されている、コンピュータ将棋ソフトが示す「勝率」を見れば、豊島21%-羽生79%。視聴者は羽生九段が勝ちに近づいているという意識をもって、中継を見つめています。
139手目。羽生九段は王手で成られた桂を取り、駒台の上に置きます。そしてすこし間を置いて、それを駒台の上で並べ直します。
藤井九段「駒台を整理する手が震えてましたね」
勝ちを意識した時に、羽生九段の手が震える。これまでに何度も見られてきたシーンです。勝率表示は羽生82%。残り時間は羽生6分、豊島3分。
141手目。羽生九段は龍の利きをかわして王手をしのぎます。これで残りは両者ともに3分。形勢は羽生九段勝勢です。
盤面右側にいた羽生九段の玉は、遠く反対の左側に玉を逃げていきました。勝利に向かって玉を逃していく羽生九段の手は震え続けています。
豊島竜王もまた時間が切迫する中、羽生玉に追いすがります。
145手目。羽生九段は桂を打って受けました。ABEMA解説の藤井猛九段は、代わりに銀を立って受ける順を指摘していました。以下上部に逃げ出す形を得られれば、なるほど確かによさそうにも見えます。このあたり、感想戦における両対局者の検討では、先手の羽生九段勝ちという結論は出されなかったようです。
対して豊島竜王も自信があったわけではありませんでした。
豊島「▲6八桂と打たれたときにちょっと寄せ間違えたのかもしれないなあ、と思いました」
手段を尽くして迫る豊島竜王。きわどくしのぐ羽生九段。手に汗握る最終盤となりました。
147手目。羽生九段は8時間の持ち時間を使い切って、ついに1手60秒未満で指す「一分将棋」に。そして一間をあけて迫る龍の王手に、銀を打って合駒をします。
154手目、豊島竜王はと金を寄せていきます。遠い9筋に作ったと金が、いつしかはたらいてきたわけです。
羽生九段はそのと金を取ってしまうか。それとも金を打ってブロックするか。
感想ではと金を払い去って、馬を引きつける順が検討されました。
羽生「はあー、そうですか。確かにどこが急所かよくわかんないですね。なるほど・・・。そうか、こうやるんでしたね。とても勝ちとは思えなかったですけど(苦笑)。まあでも、大変ですか。意外と難しいんですね。そうか、意外と難しいですか。これが最後の勝負どころでしたか。そうか。そうでしたね」
豊島「何かありそうな気はしたんですが、どう指していいかわからなかったですね」
羽生「そうですね。こっちも絶対勝ちとは言い切れないですね。まあでもそうか、これが最後の・・・。そうか」
羽生九段の口ぶりからは、明解な勝ちを逃したという感じはありませんでした。そしてこの先には勝ちがなかったと認識していたようです。しかし観戦者はそうは見ていませんでした。
本譜、羽生九段は秒を読まれる中、金を打って受ける順を選びました。この瞬間、羽生九段の勝率表示は一瞬「41%」となります。羽生ファンから悲鳴が聞こえてきそうなシーンでした。
しかし、羽生九段が悪手を指したというわけではありませんでした。少しの間を置いて、57%、58%、59%、60%、65%、66%と、表示が変わっていきます。ソフトは読み進めるにつれて評価を変え、羽生九段の受けが間違っていなかったことを示したわけです。
羽生九段はついに豊島竜王の寄せをしのぎきったように見えました。手番は羽生九段に回ります。
羽生九段は盤上左上隅の馬を中央に近い要所に引きつけて、豊島玉へ詰めろをかけます。豊島竜王は△4二歩と受け、きわどくしのぐ。勝率表示は羽生75%。流れは完全に羽生九段のもの。多くの観戦者はそう思ったはずです。筆者もその一人でした。
山あり谷ありの大熱戦となった本局。あとで振り返ってみれば、多くの観戦者の目には、この162手目△4二歩の場面が本局随一のクライマックスに映ったものと思われます。
観戦者が固唾を呑んで盤上の推移、そして評価値、勝率表示の推移を見つめる中で、ドラマが起こりました。
「50秒、1、2、3、4、5、6」
羽生九段はやや震える手つきで駒台の銀を手にします。そして▲5三銀。豊島陣の大手門、居玉の上部、歩の頭に銀を打ち込みました。
八代弥七段「あっ、▲5三銀打ちましたか!」
羽生九段、満を持して決めに行ったか・・・。しかし・・・。
75%→24%→14%
勝率表示は一気に下がっていきます。
八代七段「これはでも先手玉が詰み・・・? えーと・・・。これは・・・。これはですね。△同歩に▲同歩成が(豊島玉)必至なんですけど、これ先手玉相当危ないですね。これはむしろ、頓死したかもしれないですね」
八代七段はそう解説しました。豊島玉を必至(≒受けなし)に追い込めるものの、銀を渡す反動のため、羽生玉に詰みが生じている、というわけです。
残り2分の豊島竜王。時折左手を頭にあて、冷静に盤上を見つめます。そして羽生玉の詰みを読み切りました。いま手に入れたばかりの銀を捨て、さらには龍を切って、ぴったりの詰みです。
170手目。豊島竜王は金を打って王手をかけ、羽生玉を上から押さえます。
しばらくうつむいていた羽生九段。秒読みにうながされるように玉を逃げます。
豊島竜王は銀を打ち、追撃の王手。駒台に乗せられている歩の数もぴったりと足りて、羽生玉は逃げ切れません。
「50秒・・・」
記録係の高田三段の声を聞いて、羽生九段は一礼。
「負けました」
豊島竜王も一礼を返し、さしもの大熱戦も閉幕となりました。
豊島竜王はこれで七番勝負2勝目。再び白星が先行し、初防衛に向けて大きく前進しました。
第1局は52手。第3局は172手。短手数と長手数で対照的ですが、豊島玉はずっと居玉のまま動かず、それで勝ちきったというところは共通しています。また両者の対局では後手番が10連勝となりました。
報道陣を待つ間、羽生九段は脇息にひじを乗せ、あごに手を乗せてしばらくうつむいていました。
豊島「銀を取って詰みの形になるので、勝ちかなと。その前の△4二歩と受けたところは何かあるかもしれないので、わからなかったです」
局後に豊島竜王はそう語っていました。
リアルタイムで観戦した際には、多くの観戦者の目には大逆転と映りました。しかしそれはソフトの評価値、勝率表示を見ているからです。実戦で対局者がそう感じていたというわけではありません。
羽生九段の敗着は▲5三銀。代わりに▲9四角という盤上この一手の絶妙手があり、それで羽生九段の勝ちだった。ソフトの評価だけを言えば、そういうことになります。ただし、秒読みの最終盤、人間同士の対局で、それを言ってもどうかということになりそうです。
感想戦では△4二歩の局面はほとんど検討されていませんでした。
羽生「駒渡せないからダメなんですね。いや、駒渡せないからダメですね、きっと」
豊島「しのげてるような気もしたんですけど、もしかしたら何かあってもおかしくはないかと。まあでも、桂が入っても銀が入っても詰むんで」
羽生九段の声は、大逆転負けをして落ち込んでいるという感じではありませんでした。
次戦第4局は12日から。両対局者は次のようにコメントしていました。
豊島「すぐ次があるので、コンディションを整えてがんばりたいと思います」
羽生「変わらず次も全力を尽くしたいと思います」