“アラサー”じゃなくて“オバサン”がいい! 一撃女王35歳の帰還
5年ぶりの復帰戦は衝撃的なKO
「もう、すごい緊張したー!」
汗の浮くすっぴんの、少女のような笑顔も、興奮するほど多弁になるその話しぶりも、全盛期といわれる10数年前と変わらない。試合直後の渡辺久江(フリー)だ。
2月7日、日本初開催となる米国の総合格闘技(MMA)イベント『WSOF-GC』(World Series of Fighting GLOBAL CHAMPIONSHIP)が東京・TDCホールで行われた。
本戦9試合中、唯一の女子試合としてラインナップされたのが、渡辺久江vsイ・イェジ(韓国)の一戦だった。2008年に引退した渡辺にとっては、実に8年ぶりのMMA復帰戦。一時、立ち技のリングに立ったこともあるが、その最後のリングからも5年半の月日が流れている。
現役時代は総合にキックにボクシングにと、ジャンルを股にかけて活躍したが、最大の見せ場は一発のパンチで相手を倒す、女子では珍しい衝撃的なKO劇だった。
復帰戦のこの日も、序盤は好戦的な相手に対して慎重に距離を測り、2ラウンド3分、面目躍如たるカウンターの右フック一発で試合を決めた。何が起きたか分からず、一瞬しずまる会場。全盛期の再現のようなシーンだった。
5年間、離れたからこそ見えてきたものがある
試合直後、バックステージの一室で、改めて復帰の理由を聞いてみた。
「他にやることがなかったんですよ」
文字にするとネガティブになるが、その台詞はむしろ「だって私にやれることって、やっぱりコレでしょ?」ととらえ直せるほど、彼女の口調はきっぱりと明るかった。
実際、“空白の5年間”をいたずらに過ごしてきたわけではない。仕事も恋愛も遊びも30代なりに経験した。リングに上がらずとも、トレーナーとして格闘技と向き合った時期もある。この5年は客観的に“格闘家・渡辺久江”を総括する大切な時間だったという。
「考えてみたら、格闘家としてはちょっと夢半ばだったところもあったんですよね。こういう強さを持ちたい、こういう選手になりたいっていう思いが残っていた。リングから離れると、逆に自分に欠けていたものがよく見えて、あの時できなかったことも今できるのになぁ、みんなにそれを見せたいなぁとか。その気持ちがだんだん強くなってきたところに、今回の試合の話が来たんです」
「がむしゃら」って恥ずかしい。でも……
復帰に際しては、何より年齢を取りざたされた。
柔道やレスリング出身の選手が多いなか、渡辺のバックボーンは「ギャル」。21歳でデビューすると、異色のギャル格闘家としてメディアを賑わせた。そんな彼女も現在35歳。今回の対戦相手が16歳だったこともあり、「年齢差19歳」がこの一戦の最大の話題となった。
「気をつかって“アラサー女子”と書かれているのが恥ずかしくて。そんな無駄にオブラートに包まなくても、フツーに“オバサン”でいいのに(笑)。試合や練習に関してトシを感じることは全然ないし、今までも相手の年齢を意識したことはないから、どう書かれてもいいんです。ただ、今は年齢しか注目するところがないんだなって。このままKOを続けていくようになったら、以前の私を知らない人にも年齢のことより『渡辺のKOが見たい』とか、そっちを注目してもらえると思う」
35歳でも自分が思っている以上に動けるし、輝ける。自分の闘いを見た同世代に、そのことがちょっとでも伝わったら嬉しいという渡辺に、あえて尋ねてみた。歳を重ねて失っていくものもあるのか、と。
「一言で言うなら負けん気、かな。『負けないぞ!』ってがむしゃらになるのが、ちょっと恥ずかしくなっちゃうんですよね。それは、歳を取っていろいろな経験をして、『負ける』ということを知ったから。でも、経験を重ねたからこそ、がむしゃらさえカッコいいみたいなプロとしての見せ方もあると思う。そこを目指しながら世界に出て、強い選手と闘って……格闘技を含めた人生を楽しみたい」
期待に応えようと必死だった20代を経て、今は周囲の期待プラス、自分のために闘うことを楽しみ抜きたいと思っている。渡辺久江の二度目の旅が始まった。