男になった女子キックボクサーがミセスコンテストに出る不思議と本気
女性の「生き方」にフォーカスしたミセスコンテスト『Mrs of the Year(ミセス・オブ・ザ・イヤー)』。全国47都道府県で地方大会が開催され、今年は5周年という節目の年となる。各大会から選出されたミセス243名が11月3日(日)、4日(月・祝)に東京・新宿住友ビル三角広場で開催される『JAPAN FINAL』に挑む(ミスター47名が出場する『Mr of the Year』も同時開催)。
9月に横浜・みなとみらいで開催された神奈川大会を通過し、JAPAN FINALに駒を進めたうちの1人が元女子キックボクサーの齋藤歩夢(あゆむ・37)さんだ。女子アスリートがミスコン、ミセスコンに挑戦するのはそこまで珍しい話ではないかもしれない。だが、齋藤さんは16年前に性別適合手術を受けたトランスジェンダー男性だ。
「女から男になって、今回もう1回女に戻るみたいなことになっちゃったから、僕自身も若干ややこしいんだけど(笑)」という齋藤さんは、なぜ、あえてミセスコンテストに挑戦するのか。
13歳からキックボクシングを始め、15歳で本名の「愛弓(あゆみ)」をリングネームにプロデビュー。以来、国内はもちろんタイやラスベガスでの海外試合、またMMA(総合格闘技)のリングも経験するなど挑戦の場を広げた。2007年3月の女子キックイベント『J-GIRLS』出場を最後にリングを離れると、翌2008年に性別適合手術を受け、同年12月に22歳で戸籍を変更。「齋藤歩夢」としての人生をスタートさせた。
何事も自分の目で見て、手で触って、足で踏んで確かめないと気が済まない性格。その後はバックパッカーとしてアジア各国やオーストラリアを巡った。30歳で帰国したあとはショーパブや、ミックスバーの店長、清掃会社の代表などを務め、現在は横浜市中区でパートナーとタイ料理店を営むかたわら、被災地ボランティアの活動なども行っている。
齋藤さんがミセスコンテスト挑戦を決めたのは今春のことだ。知人から『Mrs & Mr of the Year』の出場を勧められたのがきっかけだった。筋トレに励んでいたこともあり、最初は当然ミスター部門への出場を考えた。
「でも、ふと気づいた。『そういえば、女性らしい自分に一度も会ったことないな』って。どうせ出るなら、今までやったことがないことをやってみたい。それが自分にとって、本当の意味でのチャレンジになるんじゃないか。もちろん、“女性らしさ”というものに対して嫌悪感みたいなのもあったけど、考えたら僕は女で生まれてきたんだから、やっちゃいけないと自分に制限をかける必要はないよなって」
主催者に自身の思いを伝えると、ミセス部門への出場を快諾してくれた。『Mrs & Mr of the Year』では「エイジレス、ジェンダーレス、ボーダーレス」を標榜し、大会自体を「人生にSTORYを持つ人々の生き方の祭典」と位置付けている。昨年には齋藤さんと同じトランスジェンダー男性がミスター部門に挑み、見事日本一にも輝いている。
6月からおよそ4ヵ月間、齋藤さんらコンテスタントはウォーキングなどのレッスンに取り組んだ。
「これまで美を意識したことがなかったから、指先の動き一つ取ってもめちゃくちゃ難しくて大変だったけど、楽しいと感じられたのは自分でも意外でした。自分をとことん追い込んだり、努力することってやっぱり楽しい。そこは格闘技と通じるところがあるかもしれない」
9月の神奈川大会ではランウェイでのウォーキングやスピーチなどを総合的に評価され審査員特別賞を受賞。11月のJAPAN FINALへの出場権を得た。
「本当は神奈川大会で終わりにしようと思っていたけど、『後世に繋ぐ』というテーマが自分の中から出てきて、もう一度だけチャレンジしてみようと。自分が出ることで、若い世代の子たちが『自分も出ていいんだな』と思ってくれたら嬉しい。誰だって好きなことを、何にも邪魔されずにやっていい。自分自身が楽しんでこそ人生も楽しくなる。挑戦を通してそのことを伝えたいです」
来年実現させたい目標も、すでに決まっている。
「コンテストで勢いがついたわけではないけど、もう一度キックボクシングのリングに上がりたい。自分の試合をきっかけに、同じトランスジェンダーで、これまで戦いの場がなかった人たちが出場を目指すきっかけになれば」
理想は既存の団体が男子、女子のほかに新しいカテゴリーを作ってくれることだが、その道が険しいことは百も承知だ。
「だからこそ、まずは僕が試合をやってみて、男子のカテゴリーに行くべきなのか、新しいカテゴリーを作ったとして継続ができそうなのかとか、議論のきっかけづくりにしてほしい。そして、自分のチャレンジが格闘技を超えてスポーツ全般に対して『平等とは何か』を考えるための、問題提起になればいいなって」
神奈川大会のスピーチ審査では、マイクを前にした瞬間、胸を詰まらせる一幕もあった。サポートを惜しまないトランスジェンダーの仲間や、どんな挑戦にもノーと言わず応援してくれる家族の顔が浮かんできたからだった。それでも、「これだけは言い切るのだ」と決めてきた言葉を、一つずつ丁寧に繋いだ。
「私は女性として生まれたトランスジェンダーです。何でトランスジェンダーがミセスコンテストにと思われるかもしれません。でも、いつでも、誰でも挑戦することは素晴らしいことです。私は被災地ボランティアをしていますが、人手が足りず、復興できていない地域もあります。LGBTQも復興支援も思いやり、助け合える世の中にしていきたいです」