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テレビ朝日初のドキュメンタリー映画『ハマのドン』の行方は大きな意味を持っている

篠田博之月刊『創』編集長
映画『ハマのドン』C:テレビ朝日

 テレビ朝日が初のドキュメンタリー映画に取り組んだのが5月5日公開の『ハマのドン』だ。2021年8月の横浜市長選でカジノ誘致が争点になり、菅政権が推した候補が敗れるというドラマチックな経緯を描いたものだ。菅前首相はこの後、総裁選への立候補を見送り、菅政権が終焉するきっかけにもなった。

 映画のもとになったのはテレビ朝日系で放送されたドキュメンタリー番組だが、監督を務めたのはビジネスプロデュース局イベントプロデュースセンターの松原文枝戦略担当部長だ。もともと『報道ステーション』のプロデューサーを務め、その後経済部長になったのだが、その過程で取材していたのがカジノ問題だった。

テレビ朝日初のドキュメンタリー映画の持つ意味

 松原さんといえばジャーナリズムの世界では知られた存在で、2016年には『報道ステーション』の「特集 ワイマール憲法の“教訓”」でギャラクシー賞のテレビ部門大賞を受賞している。ちょうど先頃、総務省文書で問題になった2015年頃、政権が放送介入を強める過程で『報道ステーション』のプロデューサーを降りることになったため、その背景をめぐっても話題になった。2019年には放送ウーマン賞も受賞している。

 その松原さんが監督を務めたドキュメンタリー映画だけに既に話題にもなっているが、もうひとつ大きな意味があるのは、これがテレビ朝日としてもドキュメンタリー映画への初の取り組みであることだ。同局はこれまで劇映画は数多く手がけてきたが、ドキュメンター映画はこれが初めて。ビジネス面も含めてこの「ハマのドン」が成功するかどうかで今後の同局の取り組みは大きく変わってくる。

上映予定のユーロスペース(太秦提供)
上映予定のユーロスペース(太秦提供)

 ドキュメンタリー映画といえば昔は地味でビジネスにはならないと思われてきた。しかし、この分野で定評を得た東海テレビのドキュメンタリー映画では『人生フルーツ』など大ヒットしたものもある。昔はドキュメンタリー映画と言えば社会問題を告発するというイメージがあったが、このところいろいろなテーマが描かれており、特に高齢者問題ではヒットが多い。これまで映画館そのもにあまり行っていなかった人たち、劇場でドキュメンタリー映画など観たこともなかったという層が足を運んだのだ。

先鞭をつけたTBSの本格的な取り組み

 それに加えてこの何年か、一気に推進を始めたTBSのように、テレビ局がドキュメンタリー映画製作に取り組むようになったことも大きい。特にTBSの取り組みは本格的だ。テレビ局はプロモーションにもテレビCMを使ったりするため、告知にかける予算規模が大きい。また番組制作で撮った映像を使うため、迫力ある映像が珍しくない。

 いろいろな意味でテレビ局のドキュメンタリー映画への取り組みは今後、大きな意味を持つ可能性がある。TBSとテレビ朝日というふうに複数の局が取り組むことは、切磋琢磨しあって次のステージを切り開いていく可能性もある。

『ハマのドン』は、横浜で評判になるだろうことはもちろんだが、東京では渋谷ユーロスペースのほか、ピカデリー新宿などシネコンでも上映される。配給は、ドキュメンタリー映画を数多く手がけてきた太秦(うずまさ)だ。

 以下、松原さんへのインタビューを紹介する。

テレビ朝日として初の取り組み

――今回のドキュメンタリー映画製作は、どういうきっかけで動き出したのですか。

松原 私はビジネスプロデュース局で、シンポジウムを手がけ、それをBS番組で放送するということをしています。テレビ朝日はこれまでドキュメンタリー映画を製作したことがないので、今回の映画はビジネスプロデュース局が担当することになりました。他局でドキュメンタリー映画を作った方に話を聞きに行くことから始めました。

 きっかけは2021年11月、テレビ朝日系列の30分のドキュメンタリー番組「テレメンタリー」で横浜市長選をめぐるカジノ阻止の話を放送したことでした。同年8月の横浜市長選がカジノをめぐる最終局面でしたが、それを見届けたうえで作りました。

 その後、2022年2月に「民教協スペシャル」という土曜10時半からの放送枠で1時間のドキュメンタリーとして放送したのです。民間放送教育協会は系列を超えた33局が加盟し、各局が応募したドキュメンタリー番組から選ばれたものを1年に1回放送します。「ハマのドン」は民教協スペシャル10年の中で最も視聴率が高く、視聴者からのメールや電話が211件も寄せられ、反響が非常に大きかったのです。

監督の松原文枝さん(筆者撮影)
監督の松原文枝さん(筆者撮影)

 今は市民の政治に対するあきらめが支配的だと思いますが、「勇気をもらった」とか「あきらめなくていいんだ」といった声が多く、番組を見て政治は変えられるんだと感じた方が多かったのですね。横浜の方からは「浜っ子の心髄を見せてもらった」という声も寄せられました。

森達也さんが背中を押した

松原 民教協スペシャルは映画監督の森達也さんや崔洋一さん(故人)などが選考委員でした。そこで森さんから「これ、映画にしたら?」という提案があり、それが後押しになって、テレビ朝日としては初めて、劇場版のドキュメンタリーを作ろうという話が動き出したのです。

 私は経済部にいた時にカジノの問題を継続的に取材していました。2つのドキュメンタリー番組でもその映像を使い、さらに追加取材を加えて100分の映画にしました。

 当初はカジノ法案が世論の反対も多く、公明党も当初後ろ向きだったので、成立するとは思っていませんでした。ところが、安倍政権になってからどんどん動き出した。国会を延長して委員会で強行採決をしたり、法案を通そうとかなり強引なことが行われ、そのつど様々な角度からニュースにしていました。その取材映像の蓄積をもとにドキュメンタリーを作ったのです。

市民の手に政治を取り戻すという画期的な闘い

――藤木幸夫さんという横浜の権力者が菅さんという最高権力者に立ち向かうという物語と、カジノに反対する市民たちの取り組みという2つの要素のあるドキュメンタリーですね。

松原 安倍総理・菅官房長官時代にカジノ法案がどんどん進んでいきます。その中で「ハマのドン」と言われた藤木幸夫さんが反対を旗幟鮮明にした。藤木さんは、横浜の地元政財界に力があり、裏の権力者とも言われ、保守の重鎮です。最初は驚きました。忖度がまんえんする社会状況の中で、ものを言うのに勇気がいる。霞が関でも何か言えば役人は飛ばされる、自民党の中でも総裁批判をすれば冷や飯を食わされる。メディアもそうですよね。

 そういう中で権力側にいる人が菅さんという最高権力者に立ち向かうというのはより胆力がいることで、負ければかなりの返り血を浴びるわけです。藤木さんが最後まで闘えるのかどうか、一敗地にまみれることもあり得るし、またどこかで妥協するのではないかという人もいました。私は取材しながら藤木さんが本気で闘っていることはわかりましたが、最終的にどこに落ち着くかはわからないというのが正直な思いでした。

 でも不退転の闘いは人を呼びよせるし、リスクを取って闘うからこそいろいろな人の心に刺さり、行動につながる。藤木さんは確かに保守ですが、イデオロギーとかではなくて、多くの人が抱いていた共通の思いが、ひとつの力になっていく。藤木さんの人を捉える力によって、誰がどうつながっていったのか。ドキュメンタリーでは、それを群像劇として描こうと思いました。  

 最終的に市民の力が結集して菅さん側を打ち破って勝利しました。どうせ政治は変わらない、投票する政治家もいないといったあきらめムードが広がっていますが、あの横浜市長選は、市民の手に政治を取り戻すという画期的な事例だと思います。藤木さんが地道にやってきたことが伝わっていったし、市民たちも自発的に動いた。そういう力って融合するんだなと思いました。

新しい道を開きたいという思い

――テレビ朝日としては今後、ドキュメンタリー映画にどう取り組むことになりそうですか。

松原 私はビジネスプロデュース局に所属しているので、制作するにあたって報道局のプロデューサーが監修し、映画の宣伝ではビジネスプロデュース局が告知CMを放送するなどの体制をとっています。政治を扱うので脇を締めて取り組んでほしいとも言われました。

 テレビ朝日としては初めてのドキュメンタリー映画なので、これが成功してTBSのように継続的にドキュメンタリー映画を作っていくということに発展していければと思います。TBSはTBS DOCS というブランドを立ち上げたり、JNN系列を挙げてドキュメンタリー映画祭を開催するなど、その取り組みはうらやましいですね。

 ANN系列でも優れたドキュメンタリー番組を作っている局はあるし、ドキュメンタリーを映画にして社会に届けていくといった新しい道を開きたいなと思っています。私の企画が通ったことで次に続きたいという人も出てきています。ぜひつないでいきたいですね。テレビ朝日としてそういう仕組みを作っていきたいと思います。

 ただ局としてとなると、当然、収益がどうなるかは大事な問題になります。会社はその点はシビアですし、努力したいと思います。

――この映画には幾つかのテーマが描かれていますが、成功させるためにはこの映画はどういうものか、どれをどう押し出していくかですよね。

松原 さきほど政治を市民の手に取り戻すという思いでつくったと言いましたが、それとともに藤木さんのように立ち向かう勇気というか、負けるかもしれないが立ち向かう。損得でなくて。本来の保守とはイデオロギーに関係なく、おかしいものはおかしいと言えることだと思うんですね。受け入れる包容力があった。ところが、安倍政権の頃から、意見が違うと敵だ味方だと異論を許さない、分断する風潮ができました。そんな中でも闘っていく“ハマのドン”の生き方、生き様を伝えたいと思います。

映画『ハマのドン』5月5日(金)より

ユーロスペース、新宿ピカデリーほか全国順次公開

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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