この能力がないと「営業DX」は大失敗する
■「営業DX」をテーマにした講演で強く訴えること
「営業DX」「営業デジタルシフト」「セールステック」をテーマにした講演依頼が後を絶たない。
講演のときに使用する代表的な資料を参考までに公開するが、私が毎回強く訴えるのは、営業DXに必要な能力のことだ。ツールのことではない。
私は断言したい。この能力がないと営業DXを大失敗する、と。
その能力とは地頭力だ。もっと詳しく書くと「フェルミ推定」のことである。
フェルミ推定とは、実際に調査することが難しいとらえどころのない量を、いくつかの手がかりをもとに推論することだ。
なぜフェルミ推定が、営業DXに不可欠なのか。まずそれを説明するには、営業生産性をアップするための2つの方向性について知ってもらいたい。その一方にフェルミ推定が不可欠だからだ。
まずその2つの方向性を説明しよう。売上アップとコスト削減だ。
■営業の生産性を本気で上げたいのか?
そもそも生産性とはどういう意味か?
生産性とは、投資の大きさと成果の大きさのバランスを指す。
つまり生産性をアップしたいなら、小さな投資で大きな成果をあげることを意識すべきだ。
投資を少なくするなら、コスト削減である。成果を大きくするなら、もちろん売上アップである。
つまりコスト削減するか、もしくは売上アップするか。もしくは両方実現するか。このどちらかだ。そうすることで営業生産性はアップするのである。
最近、朝礼や営業会議の冒頭に、
「営業の生産性をアップしよう!」
などとカジュアルに言っている経営者をよく目にする。そんなスローガン的な物言いでは、誰が何をしたらいいかよくわからないことを、あらためて自覚すべきだろう。
■営業DXでコスト削減はムリ!
ここで考慮すべきコストとは次の3つである。
- 経済的コスト(お金)
- 精神的コスト(労力)
- 時間的コスト(時間)
主に考えるのは、お金と時間だ。
具体的に書くと、営業時間を短くする、営業にかかる経費を抑える。この2つだ。
労力は個人によって差が激しいので、全体戦略としては扱いづらい。それに、労力は慣れるまでに大きくなる傾向があり、実態がつかみづらい。
さてコスト削減にはどんなスキルが必要か。論理思考力があればいい。もっとハッキリ書くと、足し算・引き算・掛け算・割り算の「四則計算」ができるなら誰でもできる。
※参考記事 → 論理思考力アップ集中講座
営業にかかる経費を減らしたいなら、たとえば広告費を減らす。営業パーソンの移動費を減らす。データを分析すれば、ムダな経費はすぐに明らかになるから、順番に減らしていく。難しくはない。
時間を減らしたいのなら、たとえば移動時間を減らす。社内業務を減らす。もっとはっきり書くと、仕事を断ればグッと労働時間は減る。
何をすれば、どうなるのか。この因果関係さえわかればコスト削減はできる。だから論理的な思考ができればいい。
しかしながら営業でDXをやると、必要経費、必要時間、どちらも増える。後述するが、営業DXによる時間短縮は幻想だ。経費はとてもかかるものだ。
(そうでなければ、営業DXに関わるSaaS企業が儲からない)
■「フェルミ推定」は売上アップにこそ重要!
いっぽう売上アップはどうか。「四則計算」でできるか。答えはノーだ。不確定要素があまりにも多いからだ。
どのお客様にどれだけ会えば関係が構築できるのか。どのようなコミニュケーションテクニックを使えば、お客様から本音を引き出せるのか。お客様の問題を解決できるような提案にはどんなポイントで考えるべきか。
どんなにきめ細かく考えても、実際にそうなるかはわからない。
お客様の購買タイミングにもよる、窓口で対応する人の性格にも左右される。当然、外部環境の状況、市場の動きも関わってくる。営業の立場でコントロールできるものは決して多くない。
売上アップの基本は、顧客単価を上げるか、販売量を増やすかのどちらかだ。しかし、それらは複雑な要素が絡み合ってできることだ。コントロールできるものもあれば、コントロールできないものも多い。だからこそ論理思考力だけでは不十分なのである。
今回、営業DXには「フェルミ推定」が不可欠だと書いた理由はここにある。
※参考記事 → 推論力アップ集中講座
■営業DXで大失敗した企業
大きく失敗した会社の例を書こう。2年前にSFA/CRMを導入した中堅製造メーカーの失敗事例だ。営業300人にライセンスを割り当てた。このタイミングでモバイルパソコン、スマートフォンも刷新し、営業一人一人に提供した。情報システム部門が主導して、3回もSFA/CRMの勉強会を営業向けに開いた。
パラメーター設計など導入までに3ヶ月がかかり、現場での啓蒙活動を含めると、実際に稼働するのに半年がかかった。
ところが最初は、この便利な営業支援システムがなかなか活用されない。
お客様と会うたびに名刺情報を入力しなければならないし、商談の情報、商談のステータスもアップデートさせていかなくてはならない。
以前はなかった入力作業に不満を覚える営業が続出した。
会議でも必ずSFA/CRMの画面を見て議論するようになった。だが、入力が徹底されておらず、データの検証ができない。データが偏っていたら推論のレベルが落ちるため、営業企画部や情シスは、さらに現場の啓蒙活動に時間をかけることになった。
営業パーソンの入力作業が徹底されるまでに、さらに3ヶ月がかかった。費やした時間、労力、お金は莫大だ。
「講演してくれ」と私も呼ばれ、「営業DXの本質」や「営業生産性アップの基本」について2時間300人の営業パーソン向けに講演を行った。
よって、私の講演費用も経費に上乗せされることになった。
このように営業DXのための経費や時間はおおいにかかったのだが、総労働時間は減っている。
では、そのしわ寄せはどこにきたか?
売上アップのための行動だ。なぜ、最も大事な売上アップのための行動が増えるどころか減ったのか?
前述したように、何をやったら売上アップするのか。その推論力がないからである。
■売上アップは不確実性も高いし、再現するのに時間もかかる。だから「フェルミ推定」が必要!
繰り返すが、コスト削減は因果関係がハッキリしている。しかし売上アップはそうではない。
「このお客様にこれだけ接触しても、実際に仕事をもらえるかどうかわかりませんよ」
と営業パーソンが言い出したら、誰も反論できない。
このように、フェルミ推定ができないとKPIマネジメントの要であるKSF(Key Success Factor)やKPI(Key Performance Indicator)も決められない。KPIマネジメントができないなら、
「今、どのお客様に提案してるんだ?」
「その提案で仕事がとれるのか?」
「もっと積極的に新規を攻めろ」
といった、前時代的な営業マネジメントをすることになる。SFA/CRMといった洗練された武器を手に入れても、マネジメント思想が古いなら営業DXは実現しない。成果が上がらず、投資ばかりが増えることになるだろう。
だから営業生産性は大幅に下がることになるのだ。
繰り返すが「地頭力」がないと営業DXは大失敗する。具体的には「フェルミ推定」だ。日ごろのトレーニングで、推論力を高める努力をしよう。
※参考記事 → 推論力アップ集中講座