Yahoo!ニュース

大河ドラマ『西郷どん』主演・鈴木亮平の舞台『トロイ戦争は起こらない』は他人事じゃない、刺さる問題作

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『トロイ戦争は起こらない』 撮影:谷古宇正彦 公益財団法人 新国立劇場運営財団

やるか、やらないか、開戦の前日譚

 2018年1月からスタートする大河ドラマ『西郷どん』(NHK)の主演に大抜擢された鈴木亮平が、現在、出演中の舞台『トロイ戦争は起こらない』(演出:栗山民也)が刺激的だ。

 

 すでに大河の撮影もはじまっているそうだが、どうやらその合間を縫って舞台に立っているらしい。この舞台にはそれだけの価値はあると思う。

 東京公演はあと1週間、それと兵庫公演を残すのみのいま、公演を振り返ってみたい。

 話を簡単に説明すると、ギリシャ神話を題材にした叙事詩『イリアス』に書かれたトロイ戦争が開戦する前日のできごと。さながら、終戦の前日を描いた映画『日本のいちばん長い日』の開戦バージョン『トロイのいちばん長い日』のごとき、緊張感マックスな状況を描かれている。

 

 初演は、ヒトラーがナチス・ドイツの再軍備を始めた1935年とずいぶん前で、しかも紀元前のお話と聞けば、果てしなく遠い世界のようだが、まったくそうでない。極めて今日的な問題を描いているように思える部分が随所にある。なにしろ、作家・ジャン・ジロドゥが、第2次世界大戦に突き進むヨーロッパに、ギリシャ神話の世界を重ねて描いたものだ。さらに、ラストの演出によって、観客の我々は、脳天をガツン! と打たれたようになる。

 

 とにかくずっと戦争について、登場人物が語り合っているが、決して難しいことばかり話しているわけでなく、皮肉たっぷりで笑えるところも多く、退屈しない。人間はかくも滑稽なのかと思うところもしばしば。

 

 そもそも、戦争のきっかけは、トロイの王子パリス(川久保拓司)が、ギリシャから絶世の美女である王妃エレーヌ(ギリシャ読みだとヘレネー/一路真輝)をさらってきたたことだ。しかも、パリスとエレーヌが愛にあふれて幸福なカップルならともかく、なんだか微妙。男女関係と政局を重ねるなんて不謹慎だが、どちらも不安定なところで、トロイの国民たちは、男も女も、老人も若人も、軍人も詩人も占い師も、いろいろな意見を交わし合う。そこへ、ギリシャから知将オデュッセウス(谷田歩)がやってきて、話し合いがはじまる。果たして、戦争の扉は開くか閉じるか(開いているときは戦争中)……。

鈴木亮平、鈴木杏 W 鈴木が凄い

 

 鈴木亮平が演じているのは、戦争のきっかけをつくってしまったパリスの兄エクトール。戦争を終えて帰ってきたところに、またしても戦争の気配が訪れているのを目の当たりにして、エクトールは、エレーヌを返し戦争を回避しようと考える。だが、エクトールも、かつては戦争を選んだことがあったことも語られる。

 

 鈴木亮平といえば、西郷隆盛役に選ばれただけあって恰幅良いイメージがある。実際、映画『HK 変態仮面』 (13年)で肉体を鍛え上げ、『俺物語!!』(15年)では体重を30キロも増量するなど、肉体派俳優である。16年に出演した舞台『ライ王のテラス』(三島由紀夫作 宮本亜門演出)でも筋骨隆々とした肉体美を晒していた彼は、『トロイ戦争は起こらない』でも、戦争で生き残って来たトロイの王子らしく、初登場ではコートをはおり颯爽としている。だが、今回は、声を張り上げて戦闘的に語るのではなく、思索的な雰囲気を漂わせているように見えた。英語も堪能な知性派だから、激情や力だけで突っ走らず、熱い心を抑制している人物像にも説得力がある。後半、一触即発の状況下、ギリシャからの使者・オデュッセウスとの対話は見どころだ。

 

 オデュッセウス役の谷田歩は、舞台出身だが近年、『家族狩り』『下町ロケット』(いずれもTBS)などテレビドラマでも重厚な芝居を見せる。今後も活躍が期待できる俳優。

 エクトールの子供を身ごもっている妻・アンドロマック役の鈴木杏が、ふっと目線を動かすと、ステージのまわりに広い宇宙があるようなスケール感を感じさせ、この舞台が現代と地続きだとはっきり気付かされる。アンドロマックの存在はとても重要。鈴木杏は、井上ひさしが平和の希求を描いた『ムサシ』でもキーになる役を担っているが、彼女は、絶対なんてないはずのこの世界に、それでも絶対大事なものがあることを体現できる稀有な俳優だ。

 

 皆を翻弄する美女エレーヌを演じる一路真輝、トロイの王女にして予言者役をクールに演じる江口のりこ、知性を光らせる幾何学者の花王おさむや元老院の長で詩人の大鷹明良、威厳ある王妃・三田和代と、名優たちの芝居と台詞を追うだけでも十分理解でき、楽しめるが、戦争の門からゆるやかに螺旋状につながる円形の城壁のテラスの舞台美術(二村周作)や、ある瞬間、挑発するような照明(勝柴次朗)や音響(山本浩一)、そして映像(上田大樹)などが、いろいろな想像を激しく掻き立てる。想像どころではなく、直接的過ぎる示唆もあって驚いた。それだけ、事態は舞台の上では済まず、切迫しているのではないか。

 

 東京公演の最終日は衆議院議員総選挙の日。日本のゆくえを、世界のゆくえを、誰もが考えるいま、この演劇は観るべきだ。

 まだ間に合う!

『トロイ戦争は起こらない』 撮影:谷古宇正彦 公益財団法人 新国立劇場運営財団
『トロイ戦争は起こらない』 撮影:谷古宇正彦 公益財団法人 新国立劇場運営財団

新国立劇場 2017/2018シーズン演劇公演『トロイ戦争は起こらない』

東京公演 10月5日(木)~22日(日)新国立劇場 中劇場

兵庫公演 10月26日(木)、27日(金)兵庫県立芸術文化センター 中ホール

作 ジャン・ジロドゥ

翻訳 岩切正一郎

演出 栗山民也

鈴木亮平 一路真輝 鈴木 杏 谷田 歩

江口のりこ 川久保拓司 粟野史浩  福山康平 野口俊丞 チョウ ヨンホ 金子由之

薄平広樹 西原康彰 原 一登 坂川慶成 岡崎さつき 西岡未央 山下カオリ 鈴木麻美 角田萌果

花王おさむ 大鷹明良 三田和代

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事