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ハリルJ危機。切り札はスペインの修羅場で戦う男。

小宮良之スポーツライター・小説家
スペインで戦う日本人DF、鈴木大輔。国王杯でラージョを破り、4回戦へ(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

「センターバックから前につけるパスが遅く、しかも相手にばれてしまうようなキックだった」

先日のW杯アジア最終予選、UAE戦後にヴァイッド・ハリルホジッチ監督はそう言って苦言を呈した。そして実名こそ上げなかったが、同点につながったファウルを誘発した選手について、こんな手厳しい指摘をしている。

「『最後の30mのところではファウルはしないように』と試合前に言い渡していたが、それを守れなかった。3対1という状況だったが、ボールを奪えず、外にも出せなかった。デュエルと言い続けている理由が分かったでしょう?」

それは評論としては正鵠を射ていたが、現場の指揮官の言動としては疑問符がついた。

人材不足。

ハリルホジッチはそう嘆いているが、適切に人材を探し、吟味できているのか?

スペインに目を向けるべきである。

鈴木を招集すべき理由

元日本代表センターバックの鈴木大輔(26歳)は、ジムナスティック・タラゴナ(通称ナスティック)で急成長を遂げている。

今年2月、柏レイソルからスペイン、リーガエスパニョーラ2部のナスティックに入団。2015-16シーズンのリーグ戦は、13試合連続先発フル出場を果たしている。当初は右サイドバックでの出場だったが、センターバックとして指揮官の信頼を得て、出場した9試合ではわずか5失点と堅守を誇った。1部昇格プレーオフ2試合も、180分間を戦い抜いている。

「鈴木はプレーがスマート。その証拠に、15試合を戦ってもイエローカードは2枚だけだった。正しいタイミングで守りに入れているのだろう。チームがリーグ戦で3位に入れたのは、鈴木の存在が大きい」

地元紙『DIARI』の記者は証言し、記事の中で、「EMPERADOR」(皇帝)という異名を鈴木へ贈っている。皇帝とはフランツ・ベッケンバウアーの代名詞。ドイツの伝説的選手で、優雅なディフェンスで落ち着きをもたらし、精度の高いフィードで攻撃も支配した。

「対人だけでも、急激に伸びたな、と思います」

鈴木は成長を実感していた。

「スペインでは練習からして、コンタクトプレーの質と激しさは日本にいたときと違います。例えば、オランダ人の親を持つスペイン人選手がいるんですけど、骨格的に肩が張っていて、確実にポストプレーができる。毎日毎日、こんなのとぶつかり合っていたら、それは球際も強くなるなぁと。それも含め、日本にいたときの自分とはだいぶプレーの印象が違うかもしれません」

鈴木はそもそも「泥臭く守れるファイター」のような印象があるかもしれない。しかし本場スペインで揉まれる中、戦闘力はさらに上がった。イメージは完全にアップデートされている。

最終節のアラベス戦は、1部でのプレー経験の長いガイスカ・トケーロを完封。バスクのストロングヘッダーと対峙し、先を読んだポジショニングで競り勝ち、プレーをさせなかった。どこで先手をとって体を強く当てるのか、どこで後の先をとるように相手が持った瞬間を狙うのか。そのタイミングを試合の中でつかんでおり、能動的なディフェンスができていた。

向上したのは強度だけではない。間合いを広げ、つかんでいるのだ。

2016-17シーズンは開幕からは3節終わって3人、センターバックのパートナーを変えているが、鈴木自身は3試合連続先発フル出場。バックラインで不動の存在になりつつある。スペイン国王杯2回戦、ヌマンシア戦はセンターバックだけでなく、緊急的に右サイドバックにも入り、延長戦を零封して3回戦進出の立役者になった。

鈴木は、守備だけでなく攻撃でもスイッチになっている。

「鈴木がナスティックに入ったことで、ラインコントロールができるようになって、ディフェンスが安定した。それによって、攻撃も良くなった。彼はイエロやブランを思い出させるよ。ヘディングが強く、ポジショニングに優れ、球出しのタイミングや質も高い。とても賢い選手だね」

今夏、J2徳島ヴォルティスに入団したベテランFWアシール・アマナは同僚の日本人DFを激賞していた。

鈴木のイメージは無骨で、体を投げ出すようなスライディングタックルかもしれないが、世界が彼を「技巧的」と評価している点はとても興味深い。事実、鈴木のFWへのロングパスやサイドの選手がダイアゴナルで裏に走るスペースに送るクロスやシンプルにボランチにつけるパスは、2部では際立っている。そのスキルは試合に出るたびに、洗練されつつある。

それでも、ハリルホジッチは鈴木を代表に招集しないのか? W杯アジア最終予選を戦う、89名の登録リストにすら入っていなかった。

まずは、今の鈴木を現地で視察する、という行動を取るべきだ。

スペイン2部でレギュラーを張る価値

スペインの2部は、世界で最もレベルの高い2部リーグである。その根拠はいくつもあるが、スペインの2部から欧州各国の1部リーグのクラブに移籍していることで、その逆がほぼないことは一つだろう。バルサ、マドリー、アトレティコ、バレンシアというビッグクラブの若手や1部で長くプレーしたベテラン、欧州南米やアフリカの気鋭選手で構成される。鈴木のナスティックだけでも、カメルーン、ガンボア、ナイジェリア、チリ、ジョージア、マケドニアなど各国代表選手が虎視眈々と"表舞台"を狙う。

鈴木はそこで主力として戦い、昨季は3位という成績を残している。

「Jリーグはフランス2部リーグにも及ばない」

ハリルホジッチはぼやいているが、ネガティブにならず、くまなく人材をスカウティングするべきだろう。そして、ポジティブに用いて欲しい。自分の眼鏡に自信があるのかもしれないが、就任以来"選出してはだめ出し"を繰り返し、戦力に落とし込めた選手は原口元気だけだろう。その一方、本田圭佑、香川真司、長谷部誠、岡崎慎司のような海外組が自信を失いつつあるのが現実。走行距離も、スプリント回数も、体脂肪率も、誰にでも分かる数字はほとんど意味がない。

高いレベルの中に身を置き、戦い続けているか――。それが日の丸を背負える選手の資格である。

9節終了現在、ナスティックは6分け3敗で最下位。チームとしては苦しみ、(攻撃の主力選手が引き抜かれ)得点力の低さで勝ちきれずにいる。しかし鈴木は先発を任され、巻き返しを誓う。

「いい経験していますよ。まあ、この状況は楽しめているんでね」

鈴木は泰然と言う。

10月12日、ナスティックはスペイン国王杯3回戦でラージョ・バジェカーノと対戦。鈴木はカメルーン代表のモハメド・ジェテイとCBコンビを組み、獅子奮迅の働きをみせた。確実にシュートチャンスを潰し、後方からゲームを組み立て、セットプレーでは際どいシュートも放った。ベネズエラ代表FWミク、ポルトガル代表マヌーショらと互角以上にやり合った。120分を戦って1-1のままPK戦に突入し、4-5で辛くも勝利。鈴木も6人目のキッカーとして登場し、重圧をものともせず蹴り込んでいる。

「平常心。自分はいつも通りやるだけ」

そううそぶく男は、世界の真っ直中で格闘を続ける。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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