アンドレ・ウォードを獲得したロックネイション・スポーツはボクシング界の台風の目になるか?
Photo : Roc Nation Sports Presents throne boxing January 9 Live on Fox Sports 1 from The Theater at Madison Square Garden
初興行はまずは成功
最初に断っておくと、1月9日にマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)・シアターのリングで行なわれた試合自体はほぼ総じて退屈だった。
メインに登場した20歳のウェルター級プロスペクト、ダスティ・ハリソンーヘルナンデス(アメリカ/25戦全勝13KO)は無名のトミー・レイノーン(アメリカ/22勝(4KO)6敗1分)に凡庸な判定勝ちを飾ったが、まだ看板役は早過ぎるとの印象を残しただけだった。全6戦のアンダーカードにも特に見るべきものはなかった。
ただ・・・・・・それでも、この日の会場を訪れた4253人の観衆はある程度は満足して家路に付いたのではないか。
Jay-Z率いるロックネイション・スポーツの初興行として注目を集めた今回のイベントに際し、リングサイドにはJay-Z、リアーナ、ジェイク・ジレンホール、CC・サバシア、ビクター・クルーズ、カーメロ・アンソニーといったセレブリティがズラリ。メイン開始前には人気ラッパーのファボラスがコンサートを行い、お祭り感覚を煽った。リングアナには名ヴォイスのマイケル・バッファーを起用したのも正解で、少なくとも“新しい特別な何か”を目撃しているという高揚感はシアター内に常に満ち溢れていた。
今回に関しては、もともと試合そのものよりもイベント全体としての出来映えが注目されていたのは事実。約10万ドルのコストがかかるMSGシアターでかなりの赤字を出したのは確実でも、まずは金は問題ではあるまい。高級感を出すことで華やかな初陣興行の商品価値を煽ったロックネイション・スポーツの方向性は、ひとまずは成功だったと言って良い。
今後の躍進の鍵は
もっとも、第1回はこれで良くとも、それだけでは長続きはしない。ロックネイション・スポーツが今後にトップランク、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)といった老舗に対抗する勢力になっていけるかどうかは、やはりどれだけ上質なファイトを提示できるかにかかって来る。
今戦はケーブル局のFOXスポーツネットとの3戦契約の1回目。第2、3回はニューヨーク以外で興行を打つなら、セレブ総動員は叶うまい。スター選手、ファンに黒人の多い米ボクシング界では音楽とボクシングの融合は悪くないアイデアだが、過去にも似たような試みはあり、成功例ばかりでもない。だとすれば、今後はリング内の“中身”を充実させることが不可欠。元GBP重役のデビッド・イスコウィッチを擁するロックネイションも、もちろんそれに気付いているはずである。
しかし、ここまでは選手獲得競争で順風満帆だったわけではない。
昨秋にピーター・クイリン(アメリカ)対マット・コロボフ(ロシア)の興行権に大枚を叩いて落札も、クィリンが140万ドルにも及ぶファイトマネーを拒否して破談に。デオンテイ・ワイルダー、キース・サーマン、エイドリアン・ブローナー(すべてアメリカ)といった若手スターの強奪にも失敗した。
これらはすべて強力アドバイザーのアル・ヘイモン傘下選手だけに、彼らがボクシング界で実績のないロックネイションになびかなかったことは理解できる。しかし、消極ファイトで米国マーケットで行き場を失ったギジェルモ・リゴンドー(キューバ)との交渉までも難航して来たことは、このスポーツにおける新興プロモーターの進出の難しさを証明したと言って良い。
ただ、1月9日の初興行の直前になって、財力とバイタリティに溢れたロックネイションの目玉選手獲得政策は一気に実を結び始めた。
まずは7日にゲイリー・ショウ・プロダクションの買収を発表し、ブライアント・ジェニングス(アメリカ)、トーマス・ドゥローメ(プエルトリコ)、トゥリアーノ・ジョンソン(バハマ)といった中型プロスペクトを手に入れた。
HBOのスポーツ部社長であるケン・ハーシュマン氏と関係の深いショウを傘下に含めたことは大きく、これで4月25日に計画されるウラジミール・クリチコ(ウズベキスタン)対ジェニングスにロックネイションも絡むことができる。
さらに初興行直前の9日には、グーセン・プロモーションズとの訴訟問題でブランクを作っていたスーパーミドル級の帝王アンドレ・ウォード(アメリカ)との契約を電撃的に発表。ここで新興会社にとって不可欠の目玉となるスター選手を手に入れたのである。
ウォードをクロスオーバー・スターにできるか
気になるウォードとロックネイションの契約内容を、著名記者のトーマス・ハウザーは「1年2試合で5年契約」と予想している。それが正しければ、30歳のスピードスターは今後しばらく同社の看板としてリングに立ち続けることになる。
過去14ヶ月のブランクを作ったウォードを、これから先にどうマッチメイクしていくか。
カール・フロッチ(イギリス)、アーサー・エイブラハム(アルメニア)といったスーパーミドル級勢をウォードはすでにほぼあらかた片付けたが、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)といった元、現ミドル級王者との対戦はスーパーファイトになる。
ライトヘビー級に上げた場合には、セルゲイ・コバレフ(ロシア)、アドニス・スティーブンソン(カナダ)、ジャン・パスカル(カナダ)、アルトゥール・ベテルビエフ(ロシア)といった興味深い相手が待ち受けている。
特に現代リングを席巻する旧ソ連圏の怪物たち(ゴロフキン、コバレフ)と対戦し、互角以上の予想が出るのは今やウォードくらいかもしれない。これらの強豪を突破し続ければ、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)後のパウンド・フォー・パウンド王座は疑いなくウォードのものになる。
そして、ロックネイション・スポーツの資産と興行力を考えれば、このクレバーな王者をボクシングの範疇を越えたスターに仕立てることも不可能ではない。試合自体はエキサイティングではないウォードだが、プロモーション次第で技巧派もビッグネームになれるのは、他ならぬメイウェザーが証明して来たことでもある。
「ロックネイションとの新しい始まりだ。彼らは様々な意味で大きな力を持っている」
MSGシアターのリングサイドでウォードはそう語っていたが、彼らの“大きな力”はまだボクシング界では証明されていない。しかし、HBO 、Showtimeの両方とのビジネスにオープンな姿勢を示し、どんなプロモーターとの提携も辞さない方向性は心強い(注/Jay-Zの妻・ビヨンセは音楽プロモーター時代のヘイモンと因縁があり、両社のマッチメークは至難との報道もある)。
ウォードというビッグファイトの“鍵”を手に入れたロックネイションは、今後にどんな”扉”を選ぶのか。そして実際にそれをこじ開けることができるのかどうか。転機にあるボクシング界でも台風の目となりそうな新興プロモーション会社のお手並みを、まずはこれからしばらくの間に拝見である。