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215手+107手! 持将棋指し直しのクリスマスイブ決戦! 渡辺明名人、豊島将之九段との死闘を制す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月24日。東京・将棋会館において第35期竜王戦1組1回戦▲豊島将之九段(31歳)-△渡辺明名人(37歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は13時間以上の激闘の末、23時17分、215手で持将棋(引き分け)が成立しました。

 規定により指し直し局▲渡辺名人-△豊島九段戦は同日23時47分から開始。こちらは日付が変わった25日2時57分、107手で渡辺名人の勝ちとなりました。

 クリスマスイブの夜。多くの観戦者が見守る中での死闘でした。

 両者の対戦成績はこれで渡辺22勝、豊島15勝となりました。

豊島九段、追いついて持将棋に

 朝に始まった対局は、豊島九段先手で、角換わり早繰り銀となりました。

 互いに居玉のまま激しい戦いへと進みます。

 夕食休憩が終わって69手目、豊島九段が龍を相手玉に近づけたところから夜戦が始まります。渡辺名人は2枚の角を打ち、駒を取りながら自然に攻めていく形を得て、次第に優位に立ちました。

 終盤に入ると、渡辺玉に比較的余裕があるのに対して、豊島玉は上下はさみうちで受けが難しい情勢。ABEMAでの中継では「勝率」の表示は渡辺99%。ほどなく渡辺名人の快勝で終わるのかとも思われました。

 しかし豊島九段は決め手を与えず、粘り強く指し続けます。棋士の真価は、こうした苦しい場面に現れるのかもしれません。攻防ともに手段を尽くすうち、絶体絶命に見えた豊島玉は重包囲網をくぐり抜け、中段に泳ぎだす格好に。そしてついに渡辺陣に到達し、入玉。捕まらない形となりました。

 渡辺名人はモードを変え、今度は相入玉からの点数勝ちを目指します。

 相入玉では大駒(飛、角)を5点、小駒(金、銀、桂、香、歩)を1点として数えます。プロの対局では一般的に「24点法」が適用され、両者ともに24点に達していれば双方合意の上で引き分け。どちらかが24点に足りなければ、足りない側の負けとなります。

 前回、両者が対戦した将棋日本シリーズ準決勝でもやはり相入玉からの点数勝負となっています。

 そちらでは終局時、渡辺名人の点数は22点で、ついに24点には満たず、215手で豊島九段勝ちとなりました。

 本局は豊島九段の点数が足りるかどうか。179手目。豊島九段は飛車取りに金を打ちます。ここで渡辺名人の首ががくっと落ちました。あるいは見落としだったか。渡辺名人の貴重な大駒の飛車は、豊島九段に小駒で取られる形となりました。

 ABEMAの中継ではコンピュータ将棋ソフトの評価値をもとにした「勝率」の表示が消え、変わりに相入玉における駒数を数える「持将棋カウンター」が表示されるようになりました。豊島九段はギリギリ24点を確保できるかどうか。

 進んで215手目。豊島九段は飛車を成りながら、歩を取って渡辺玉に王手をかけます。点数はぴったり24点。互いに取り合える駒もほとんどなくなりました。

 渡辺名人ははずしていたマスクをつけます。

渡辺「持将棋?」

豊島「あ、はい」

 短いやりとりで両者は合意。23時17分、215手で持将棋引き分けが成立しました。奇しくも先日の日本シリーズ準決勝と同じ手数でした。

渡辺名人、踏みとどまって制勝

 タイトル戦の番勝負では持将棋は一局とみなして、そこで終わり。次戦は日を改めて指し直すことになります。しかしそれ以外の対局では原則的に、持将棋は即日指し直し。決着がつくまで、延々と指し続けられることになります。

 持将棋局の残り時間は渡辺1分、豊島7分。指し直し局では時間の少ない側が1時間0分となるよう、互いに互いに同じ59分を足して、渡辺1時間0分、豊島1時間6分で始まりました。

 先後は入れ替わって、渡辺名人が先手。戦型は再び、角換わり早繰り銀となりました。

 勝勢の将棋を持将棋にしてしまった流れからすれば、渡辺名人の方はめげそうなところです。しかしそこは百戦錬磨。落胆したそぶりも見せず、盤面に集中します。

 互いに筋違い角を打ち合う複雑な中盤を経て、形勢はほぼ互角のまま終盤に入りました。

 81手目。渡辺名人は飛車取りに角を打ち込みます。残り時間は渡辺3分、豊島4分。戦いが始まってすでに16時間以上が経過していました。

 豊島九段は1分を使って、守りの金を中央に寄せ、居玉の守りとします。ここで「勝率」の表示は豊島62%から11%へと急変しました。優位に立った渡辺名人は、着実に豊島玉を受けなしに追い込んでいきます。

 一手を争う最終盤。渡辺名人はうまい組み立てで一手の余裕をキープして、ゴールへと向かいました。

 107手目。渡辺名人は金を取ってと金を作ります。豊島九段はしばらく、後ろ頭に右手を当てていました。

「50秒、1、2」

 そこまで秒を読まれたところで、豊島九段は右手を駒台に添え「負けました」と一礼。深夜2時57分、指し直し局が終わりました。

 クリスマスイブの夜。一番疲れたのはもちろん対局者でしょう。それとともに観戦者もまた、終局時にはぐったりとなったのではないでしょうか。

 渡辺名人は1組2回戦に進出。八代弥七段と対戦します。前期2組準決勝のカードの再現で、そのときは渡辺名人が敗れています。

 前竜王の豊島九段は出場者決定戦(5位決定戦)に回り、稲葉陽八段と対戦します。

 勝った方は決勝トーナメント(本戦)進出への可能性が残りますが、敗れた方は2組への降級が決まるシビアな戦いとなります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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