ロシア戦術核の威力は広島の5~10倍 70歳になったプーチンの核使用は「冗談を言っているのではない」
■プーチン氏の出口はどこ
[ロンドン発]10月7日、ウクライナ戦争で窮地に追い込まれるロシアのウラジーミル・プーチン大統領が70歳の誕生日を迎えた。原油・天然ガスの資源外交と、ロシア正教と重んじる宗教保守主義で欧州の極右・右派ポピュリストの尊敬を集めたプーチン氏だが、無謀な戦争と核威嚇の乱発で盟友、中国の習近平国家主席からも距離を置かれ始めている。
ジョー・バイデン米大統領は10月6日、プーチン氏が30万人の予備役動員令を出した際、改めて核兵器使用の可能性に言及したことについて「彼は冗談を言っているのではない」と述べ、世界は1962年のキューバ・ミサイル危機以来の核の脅威に直面していると警告を発した。中間選挙を控え、自分をジョン・F・ケネディ米大統領にだぶらせる演出なのか。
ザ・ヒルなど米メディアによると、バイデン氏はニューヨークのジェームズ・マードック氏(メディア王ルパート・マードック氏の次男)宅で行われた上院選挙の資金調達パーティーで講演し、キューバ危機を引き合いに出し、「ケネディとキューバ危機以来、われわれはハルマゲドン(最終戦争)の恐れに直面したことはない」と切り出した。
62年秋、ソ連がキューバに攻撃用ミサイルを設置、ケネディはミサイルがさらに搬入されるのを防ぐためキューバの海上封鎖を実施した。米ソは軍事衝突のリスクに直面し、世界は核戦争の瀬戸際まで追いやられた。米国はキューバへ侵攻しないことを条件にソ連がミサイルを撤去することに同意し、映画の題名にもなった「13日間」に及ぶ危機は去った。
当時、ケネディがとった瀬戸際作戦をいまプーチン氏が弄ぶ。「私がよく知る男がいる。彼が戦術核兵器や生物・化学兵器の使用の可能性について話す時、冗談を言っているわけではない。プーチンの出口は何なのか。彼はどこに出口を見つけるのか。彼が面目だけでなく、ロシア国内で重要な権力を失うということは何を意味するのか、理解しようとしている」
■バイデン氏「戦術核使用はハルマゲドンに至る」
バイデン氏はしかし、「戦術核を簡単に使用でき、ハルマゲドンに至らないことはない」とプーチン氏の核ドクトリンに懐疑的な見方を示した。バイデン氏はプーチン氏の核の脅しに反応することを意図的に避けてきたが、「今回の発言はロシアが核兵器を使用する脅威について米政府高官がこれまでに発表した中で最も厳しかった」(ザ・ヒル)という。
米当局は、戦場で後退を余儀なくされたロシアがウクライナで大量破壊兵器を使用する恐れがあると数カ月前から警告してきた。しかし最近のプーチン氏の核威嚇発言について「われわれ自身の戦略的核態勢を調整する理由は見当たらないし、ロシアが間もなく核兵器を使用する準備をしているという兆候もない」(米ホワイトハウス)との見方を示してきた。
西側のウクライナ支援をリードしてきたベン・ウォレス英国防相は10月2日、バーミンガムでの英与党・保守党大会のミニ集会で「戦術核使用がソ連時代にも今のロシアでも軍事ドクトリンにあるのは秘密でも何でもない。ロシアの戦術核は広島に投下された原爆の5~10倍の威力がある。戦術核という定義は奇妙だ」と話した。
「しかしプーチンが戦術核を使用する可能性は極めて低い。先月、ウズベキスタンで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議でインドや中国の首脳と会談した際、何が受け入れられ、何が受け入れられないかを非常に明確に理解させられたはずだ」。しかし、もしロシアが戦術核をウクライナで使用した場合、米欧がどのように対応するかというジレンマに陥る。
■プーチン氏「われわれに干渉しないことが最善」
ほとんどの専門家や元米政府高官は、米国が軍事的に反撃するとしても全面的な核戦争への急激なエスカレーションを避けるため、通常兵器で行う可能性が高いと分析している。バイデン氏はこれまで台湾問題に関して度々、記者会見で米政府の公式見解を意図的に踏み越えて台湾防衛に言及し、中国の習氏を牽制してきた。
公の場での発言でこそないものの、戦術核使用がウクライナ戦争をデスカレーションさせることはなく、核攻撃の応酬という究極のエスカレーション「ハルマゲドン」につながると言及した。プーチン氏への牽制であると同時に、習氏を動かす狙いもある。広島の5~10倍の破壊力を持つ核兵器をウクライナで使用すれば、中国経済が受ける損害も計り知れない。
ウクライナにロシア軍を全面侵攻させたプーチン氏は2月27日、核戦力を「特別警戒態勢」に移行させるよう側近のセルゲイ・ショイグ国防相らに命じた。3月4日にはウクライナ南部のザポリージャ原発を砲撃し、1986年に起きた世界最悪のチェルノブイリ原発事故の悪夢を思い起こさせた。
2014年にクリミアを併合した際、プーチン氏は「ロシアが主要な核保有国の一つであることを忘れないでほしい。われわれに干渉しないことが最善であることを理解すべきだ」と米欧を牽制した。この時は核戦力を「特別警戒態勢」に引き上げなかったものの、そうすることも考えたと後に明らかにしている。
■モスクワに有利な条件で米欧が降参するという誤った想定
18年には「潜在的な侵略者がロシアを攻撃していると確信した時にだけ、核兵器を使用する用意があり、使用する」と明言した。20年のロシア国防文書では(1)核兵器やその他の大量破壊兵器の使用に対して報復する(2)国家の存在そのものが危うくなる――場合には核兵器使用の選択肢を検討することを再確認している。
プーチン氏が9月30日、ウクライナ東部ドネツク、ルハンスク、南部ザポリージャ、ヘルソン計4州のロシア併合を宣言したのは、この4州への攻撃は、核兵器使用が認められる上記(2)の「国家存立危機事態」とみなすための布石とみられている。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、今年1月時点の保有核弾頭数は米国5428発、ロシア5977発で全体の9割近くを占める。中国350発、フランス290発、英国225発。核兵器不拡散条約(NPT)で定められた「核兵器国」5カ国(国連安保理常任理事国)以外ではパキスタン165発、インド160発、イスラエル90発、北朝鮮20発と続く。
昨年1月に5年間延長で合意した米露の新戦略兵器削減条約(新START)では大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、長距離爆撃機に実戦配備できる戦略核弾頭数は1550発に限定されている。ロシアの戦術核弾頭数(射程500キロメートル以下)は1912発で、米国100発の20倍近いとされる。
米国防総省の18年核態勢見直しは「モスクワは限定的核先制使用の威嚇と演習を行っている。威嚇や限定的先制使用によって米国と北大西洋条約機構(NATO)を麻痺させ、ロシアに有利な条件で紛争を終わらせることができると誤解している。核使用によるデスカレーションはモスクワに有利な条件で米欧が降参するという誤った想定から生じている」と指摘している。
20年に米国は戦略ミサイル原子力潜水艦への低威力核弾頭の実戦配備を終えている。
(おわり)