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天皇陛下の「この競技を観たい」は原則かなわず? 五輪期間中の皇室の役割は

つげのり子放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)
天皇皇后両陛下(写真:ロイター/アフロ)

■天皇陛下が見た東京オリンピック

 新型コロナウイルスのさらなる蔓延を危惧する声が根強い中、2度目の東京オリンピックが開催される見通しだ。前回、開催されたのは戦後の復興もひと段落がつき、高度経済成長の真っ只中にあった1964年(昭和39年)。天皇陛下は満4歳になられた年だった。

 還暦を迎えた去年2月の記者会見で、陛下はオリンピックの思い出をこう語られた。

「これまでの60年を振り返ってみますと、幼少時の記憶として、昭和39年の東京オリンピックや昭和45年の大阪万国博覧会があります。私にとって、東京オリンピックは初めての世界との出会いであり、大阪万博は世界との初めての触れ合いの場であったと感じております」

 まさに世界が突如として日本にやってきたという感覚であり、それは多くの日本人が共有したものだった。

 しかし、21世紀の東京オリンピックは、本当なら開催されていたはずの去年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて1年延期された。そして今年も一向に収束しないコロナ禍の中、世論は「開催」と「中止」に割れて葛藤を引きずったままだ。皇室の方々は政治的な問題には一切関与できないお立場であることから、オリンピックの開催の是非について語られることはない。ただしオリンピックが開催される場合、天皇陛下には、大きな役割が待っていらっしゃる。

■オリンピック中の皇室の役割

 ひとつは開会式における開会宣言だ。オリンピック憲章には、開会式の式次第が事細かく決められており、その通りに進行しなくてはならない。その中で行われる開会宣言は、開催国の元首が行うと規定されている。もちろん日本国憲法には、元首についての明記はないが、天皇陛下は事実上の国家元首として、この宣言を行う。

 前回の東京オリンピックと札幌オリンピック(冬季)では昭和天皇が行い、平成10年の長野オリンピック(冬季)では、上皇陛下が開会を宣言された。今年の東京オリンピックは、天皇陛下の出番というわけである。

 他にも公務として行うことがまだある。それは各国から観戦に訪れる王族や元首クラスなど賓客への接遇だ。仮に国王や皇太子が訪れた場合、ご懇談の機会を設け、場合によっては晩餐を共にされかもしれない。ただ今回はコロナ禍の影響で、実際にそうなる可能性は少ないだろう。

 また両陛下のご観戦も公務として行われるため、「この競技を観たい」といったご希望は原則としてかなえられない。皇室ジャーナリストの山下晋司さんに、その辺の事情を聞いた。

「公務として、オリンピックで観戦される競技は、主催者から願い出があったものに限るといっていいでしょう。主催者はセキュリティや出場国との関係などを加味して決定するでしょうが、まったく両陛下の希望は受け入れられないかというと、微妙というしかありません。最終決定に至るまでには水面下で主催者と宮内庁は様々な打ち合わせをするでしょうから、その中で、両陛下のお考えについても話題になる可能性があるからです」

 雅子さまは中学・高校とソフトボールをやっておられたことから、北京オリンピック以来となる女子ソフトボールを観戦したいと希望されるのではないだろうか。

■天皇ご一家が観戦される競技は?

「公務ではなく、プライベートで両陛下や愛子内親王殿下がご覧になりたいものをご覧になるということも可能ではありますが、チケットの問題もありますし、コロナ禍の中での開催ですから、今回は難しいでしょうね」

と、山下さんは話す。

 昭和天皇の時は、大会中、サッカーのブラジル対アラブ連合共和国の試合をはじめ、バレーボール男子のルーマニア対ブルガリア、体操のスイス選手団の鉄棒やドイツ選手団の平行棒など、7つの競技をご覧になっている。そのほとんどが日本以外の国の試合であった。日本の国家元首が観戦に訪れることで、参加している国との友好を増進しようとの配慮であったようだ。果たして天皇ご一家は、どんな競技をご覧になるのだろうか。

 以前、天皇陛下は還暦を迎えた記者会見で、こんな思い出も語られていた。

「閉会式において、各国選手団が国ごとではなく、混ざり合って仲良く行進する姿を目の当たりにすることができたことは、変わらず持ち続けている、世界の平和を切に願う気持ちの元となっているのかもしれないと思っております」

 確かに前回の東京オリンピック閉会式では、国ごとの入場ではなく各国の選手が入り乱れ、お互いの健闘を称えあっていた。まさに国籍も肌の色も宗教の違いも超えて、オリンピックが平和の祭典と呼ばれる所以がそこにあった。この東京オリンピックをきっかけに、閉会式の入場は、選手全員が一団となって入場する方式がとられるようになった。

 しかし、問題はやはり新型コロナウイルスの蔓延である。どうするのかは、今の段階では分からない。とにかく開催するのならば、コロナ禍の影響を最小限にし、アスリートたちにとって生涯の思い出となることを祈らずにはいられない。

 1964年の東京オリンピックの開会式が行われた日、昭和天皇はこんな御製を詠まれている。

「この度の オリンピックにわれはただ ことなきをしも 祈らむとする」

 それから57年後の今、天皇陛下もまた、同じ心境でいらっしゃるのではないだろうか。

放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)

2001年の愛子内親王ご誕生以来、皇室番組に携わり、テレビ東京・BSテレ東で放送中の「皇室の窓」で構成を担当。皇室研究をライフワークとしている。西武文理大学非常勤講師。日本放送作家協会、日本脚本家連盟、日本メディア学会会員。著書に『天皇家250年の血脈』(KADOKAWA)、『素顔の美智子さま』『素顔の雅子さま』『佳子さまの素顔』(河出書房新社)、『女帝のいた時代』(自由国民社)、構成に『天皇陛下のプロポーズ』(小学館、著者・織田和雄)などがある。

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