ペップのロシアW杯における影響力。ポゼッション主義からの脱却とトランジション。
「グアルディオラは素晴らしい監督だ。彼のインパクトは非常に大きい」
FIFAのテクニカル・スタディ・グループのメンバーであるマルコ・ファン・バステン氏はロシア・ワールドカップ開催中にそう語っていた。果たして、ロシアW杯でジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)の影響力はあったのか。興味深いテーマである。
■過去2大会で
2010年の南アフリカW杯で、優勝したのはスペインだった。
決勝戦オランダ戦ではスタメンのうち7選手がバルセロナの選手であった。当時のバルセロナを率いていたのが、グアルディオラ監督だ。指揮官の愛称に因み「ペップ・チーム」と呼ばれたバルセロナは2008年5月12日のレアル・マドリー戦から2013年9月21日ラージョ・バジェカーノ戦までの期間、316試合連続ポゼッション率で上回るという記録を残して、実に14個のタイトルを獲得した。
スペインがその恩恵を受けたのは、火を見るより明らかだろう。
そして、2014年のブラジルW杯においてはドイツが優勝を飾っている。ブンデスリーガではバイエルン・ミュンヘンが圧倒的な強さを誇示していた。そのバイエルンで指揮を執っていたのが、やはりグアルディオラ監督だ。
リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドの活躍を前にして、バイエルンはアイデアを買ったのだ。グアルディオラ監督の就任の際、まことしやかに囁かれた。ヨアヒム・レーブ監督はバイエルンの指揮官に倣うように、代表でポゼッションスタイルを突き詰めた。決勝のアルゼンチン戦、グアルディオラ監督が獲得を熱望したというマリオ・ゲッツェが決勝弾を沈めた。
■ポゼッションという「檻」
グアルディオラ監督にとって、フットボールとポゼッションは同義だった。
バルセロナでは大一番でリオネル・メッシをファルソ・ヌエベ(偽背番号9)に据えた。あるいは、突如として3-4-3を試行した。彼のフットボールは大胆で、勇敢だ。彼自身は紳士でありながら、激情型の側面を持つ。ゆえに、度々選手と衝突してきた。ズラタン・イブラヒモビッチは「監督としては最高。だけど臆病者だ」とこれまで幾度となくペップをこき下ろしてきた。
一方で、ペップには繊細な部分がある。時として、傷つかないために、内に閉じこもってしまう。彼が用意した檻、それがつまり、ポゼッションだったのだ。
しかし、揺るがない信念を持つ指揮官に、変化が生じ始めたのは、ドイツに渡ってからだ。初めての国外での指揮で、彼はカウンター・カルチャーに出くわす。ブンデスリーガでは、スモールチームが鮮やかに速攻を決めて勝ち星を拾っていた。
「私はチキ・タカを嫌悪している。それはパス回しのためのパス回しだからだ」とは、バイエルンを率いていた頃のグアルディオラ監督の言葉である。ペップの脳内で、何かが反応していた。変わらなければ、勝てない。その自覚を強めていたのである。
■カウンター>ポゼッションの図式とトランジション
ロシアW杯を制したのはフランスだ。彼らはカウンターとセットプレーを徹底して、頂点に立った。
過去2大会の覇者が60%を超えたのに対して、フランスのポゼッション率は48,6%だった。世界の潮流に変化が生じたのである。チキ・タカ(パスサッカー)は後退の一途を辿っている。
チキ・タカを嫌悪している。それが「予言」であったかのように、今大会でポゼッション主体のチームは苦しんだ。
この状況を先読みしていたわけではないはずだ。しかしながら、ペップはすでにポゼッションに依存するスタイルと決別していた。彼のフットボールにおけるもうひとつの鍵、トランジションである。ドイツで受けた異なるフットボールへのカルチャーショック、キック・アンド・ラッシュの伝統が色濃く残るイングランドでの指揮により、ペップの考え方自体が大きく変わった。
無論、バルセロナ監督時代から、トランジションに対する拘りを見せてはいた。ただ、時が経ち、国外に出て、それが洗練されたのは事実だろう。
ロシアW杯で一発勝負となった決勝トーナメント以降、トランジションとカウンターの組み合わせは重要な得点パターンとして確立されていた。ロシアの地に、ペップの姿はなかった。しかしながら、その影響力は絶大だったのかも知れない。