なぜ「一時代を築いた企業」はイノベーションを起こせないのか? 経済学の意外な答え
仕事をしていて「どうしてうちの会社のオッサンたちはわかってくれないのかなぁ。いつまでも変わらないままだ」と憤ったことはないだろうか? 僕にはある。
伊神満『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』(日経BP社)はこうした疑問をもったすべての人に必読の一冊と言える。筆者はエール大准教授。かの有名な『イノベーションのジレンマ』に経済学の知見から挑んだ。
新聞社とイノベーション
新聞社にいたときのことだ。わりと早い段階からツイッターで発信を始めた僕が、社内でいくらインターネットに打って出たほうがおもしろいと言っても「そうはいっても紙は大事だ」「わかってはいるけど……」といった反応で終わることが常だった。挙句、「インターネットやら、ツイッターやらはどうでもいい。新聞記者なら紙面で結果を出せ」と”正論”が飛んでくる。
ニュースの世界に生きている僕にとって「なぜ一時代を築いた新聞社が、ネットという波に乗り遅れるのか?」はこの時から重要なテーマであり、本書を読もうと思った理由がここにある。
ある時代の勝ち組が過去の成功体験にすがり、イノベーションに出遅れて沈没していく。これはもちろんメディア業界だけの課題ではない。ガラケーはスマホに取って代わられ、アマゾンの登場によって本屋は廃業していく。
経営者が「ダメ」だから没落するのか?
新しい技術とともに旧世代は没落し、新世代の企業が誕生する。いわゆる「創造的破壊」というやつだ。これがなぜ起きるのか。「旧世代企業の経営陣はバカだから、ダメだから没落した」と断じられがちだが、筆者はこれでは説明不足であると批判する。
本書を貫く問いと結論は極めて明確だ。僕の言葉で整理すると、問いはこうなる。「なぜ既存企業は新世代の技術・競争に出遅れてしまうのか?」
大事なのは意欲
結論はこうだ。「能力云々よりも意欲の問題が大きい」。古い技術で古い製品をつくっている企業が、新技術でつくった新製品に参入しても、売り上げが急速に増えるわけではない(=新旧技術の「共喰い」状態)。そして、新しいことに手を出したところで、得るものだけでなく、失うものだって少なくない。
だから「既存企業がたとえ有能で戦略的で合理的であったとしても、新旧技術や事業間の『共喰い』がある限り、新規企業ほどイノベーションに本気になれない」のだ。経営陣が有能であったとしても、以下の仮定が極めて重要だ。経営陣はダメなのではなく、最適かつ合理的な判断をしても全体の意欲がなければ、イノベーションは起こせない。
当たり前の結論?
僕は自分の疑問に置き換えながらこの本を読み終え、大いに頷いたが、どうだろう? 結論だけ読むと、あまりに身もふたもない「当たり前の話」だと思う読者もいるのではないか。
これまで書いてきたことをひっくり返すようだが、この本の最も大事な部分は結論ではない。適切な問いを立て、調べる方法を考え、根拠を見つけて問題に迫っていく。一冊の本を費やし、問いを解明していこうとする過程にこそ、大事なものが宿っている。
変化のない会社で愚痴っているビジネスパーソン、答えばかり求めがちな学生にお勧めしたい知的興奮に満ちた一冊だ。
(光文社「本が好き」初出をもとに加筆)