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教師のバトンプロジェクトの炎上は実は狙い通りだったのではないかという話

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
教師のバトン(写真:Paylessimages/イメージマート)

文部科学省が始めた「#教師のバトン」というハッシュタグに悲惨な教員の体験談が寄せられてなんとも物悲しい状態になっているようです.

“教師のバトン” 想定超える悲痛な声

文科省「#教師のバトン」プロジェクトに非難殺到

そこで,「#教師のバトン」を含むツイートを収集して,その中身を分析してみました.

データは3月24日から4月10日12時までのもので,ツイート数は147,445,そのうちオリジナルツイート(リツイートではないツイート)数が28,861ありました.

もっともリツイートされたツイートはこちらのツイートでした.

記事執筆時点で1万回程度のリツイートがなされています.

それ以外にも基本的にネガティブなツイートが多く拡散されているようです.

文部科学省の「#教師のバトン」プロジェクトについてというページを見ると,

教職を目指す学生や社会人の方に、現職の教師が前向きに取り組んでいる姿を知ってもらうことが重要です。

教職の魅力を上げ、教師を目指す人を増やす。

という目的が書いてありますので,あんまり目的に合致した結果にはなっていないようです.

話題のクラスタリング

そこで,まずはこういったネガティブなツイートが中心だったのか,もしかしてポジティブなツイートを行っているクラスタもあったのではないかということで,調べてみるために,リツイート数上位500ツイートについて,リツイートしたユーザの類似性に基づくクラスタリングを行いました.クラスタリングの手法についてはこちらの論文をご参照ください.

「#教師のバトン」のクラスタリング結果(著者作成)
「#教師のバトン」のクラスタリング結果(著者作成)

はい,びっくりするくらいクラスタが分かれませんでした.というわけで,ある程度拡散したツイートに関しては,ほぼ同じような意見しかなかったといって良さそうです.

ツイートしたユーザの分析

しかし,こういった運動の時,全く関係ない人がハッシュタグに参加している可能性があります.つまり,ネガティブな内容が中心とはいえ,それが必ずしも教員によるものではない可能性があるわけです.

そこで,まずこういった場合によくある

・一部の活発な人たちによるツイート

・政治的主張のある人たちによるツイート

がどの程度あるのかを見てみましょう.

大量ツイートユーザはいたのか?

まず,一部のユーザが大量の投稿をしていたのかどうかについて見てみます.一人が大量にツイートしているだけだとすると,意味がないですからね.

ここでは,ハッシュタグを使った意見という事で,拡散ではなくオリジナルツイートに注目して大量ツイートユーザがどのくらいいるのかを確認してみました.

まず,オリジナルツイートを行ったアカウントは11,878ありました.平均すると1アカウント当たり2回程度のツイートを行っていたといったところでしょうか.

もう少し詳しく見ると,全ハッシュタグ付きオリジナルツイート28,861ツイートのうち8,189ツイートが1度だけハッシュタグを使ったアカウントによるものでした.全体の割合から見ると28.4%です.

実のところ,全体のツイートの半分のツイートは,全体の12.1%にあたる1,441アカウントによって行われていました.一部のアカウントが積極的にこのハッシュタグを使っていたことが分かります.と聞くと,一部の人たちが大量に利用していただけのように見えるかもしれませんが,ちょっとバズった話題だとだいたいこんな感じです.ですので,「意図的に一部の人たちだけが使ったタグである」というほどではなさそうです.

ちなみに,最もツイートを行っていたアカウントで358回ツイートを行っていました.どんなツイートをしているのかと思ってみてみましたが,プロフィールに「文科省広報戦略アドバイザー」とあり,中身を見てもこのハッシュタグを書いてくれた人にコメントを返しているようなものがほとんどでしたので,こちらは多分「中の人」だったんじゃないかと思います.

政治的主張のある人たちによるツイートだったのか

次に,政治的主張のあるアカウントによってツイートがされていたのかどうかを見てみます.著者が集めてきたリベラルアカウントと保守アカウントがこのハッシュタグをどのくらい拡散していたのかを調べてみました.

その結果,

・35%がリベラルアカウント

・29%が保守アカウント

によってツイート・拡散されていることが分かりました.リベラルと保守のアカウントに重複はないため64%が政治的なアカウントによるツイート拡散であることは間違いなさそうです.しかしながら,通常リベラル系と保守系がツイート・拡散する場合,大きく二つのクラスタに分かれることが知られていますが,今回はクラスタが分かれませんでした.その意味では,「政治的な主張のある人たちがある程度集まってはいたが対立はしていなかった」という面白い状況になっていたようです.

教師たちによるツイートだったのか

さて,結構政治的なアカウントがそれなりの数いるとなると,実は今回のハッシュタグの利用者は本当に教師だったのかということが疑問になってきます.

ここで,オリジナルのツイートを行ったアカウントが一日当たりどのくらいいたのかを見てみましょう.

一日当たりのオリジナルツイート投稿アカウント数(著者作成)
一日当たりのオリジナルツイート投稿アカウント数(著者作成)

この図は,一日当たりにオリジナルツイートを投稿したアカウントがどのくらいあったのかを示しているものです.

これを見ると,「#教師のバトン」キャンペーンが始まった3月26日以降3月31日までは徐々にアカウント数が増えていることが分かります.

しかし,4月1日以降急激にその数が減少します.理由はあくまでも推測にはなりますが,オリジナルツイートを行っているアカウントの持ち主が教員だとすると,新学期が始まる4月1日からツイートが減っているというのは非常に説得力のある説明になるのではないでしょうか.

そこで,次に3月と4月の違いを見るためにそれぞれのオリジナルツイート時間の分布を調べてみました.参考のために,一般性が高いであろう「新型コロナ」に関するツイートの3月と4月の時間分布も載せています.

月によるツイート時間分布の違い(著者作成)
月によるツイート時間分布の違い(著者作成)

これを見ると,3月のツイート時間(青)は8時と12時くらいにピークを迎え,夜にまたピークがあるという形になっています.それに対して,4月のオリジナルツイートは朝のピークが6~7時にズレており,また,昼のピークが無くなり夜21時以降のピークが大きくなっていることが分かります.

これも,教員は新学期が始まって朝の行動時間がより早くなり,日中はツイッターなど使っている暇がなく,夜にツイートが集中すると考えると説得力のある説明になります.

参考までに載せたコロナ関係のツイートでは3月4月に時間分布の差がほとんどなかったことからも,オリジナルツイートの多くが教師によってなされたのではないかと推測されます

最後に,ツイートおよび拡散を行ったアカウントのプロフィールに使われていた単語のワードクラウドを示します.どのような単語がプロフィールに書かれていたのでしょうか.

プロフィールのワードクラウド(著者作成)
プロフィールのワードクラウド(著者作成)

これだけ見ると,プロフィールから教師であることはあまりうかがえません.むしろ好きなものを表明する系のアカウントなのかなという気もします.推しとかあるし.

一方で,オリジナルツイートを行ったアカウントだけを見るとどうなるでしょうか.

オリジナルツイートを行ったアカウントのプロフィール(著者作成)
オリジナルツイートを行ったアカウントのプロフィール(著者作成)

こちらは,教育,教員,学校などが入っており明らかに教師である可能性が高そうなプロフィールが多いことが分かります.

したがって,「#教師のバトン」のツイートについては,

拡散を行ったアカウントは政治的コミュニティを含め多様なアカウントがいたが,オリジナルツイートを行ったアカウントには教師が多い

という事が言えそうです.

是非文部科学省の皆様には,このネガティブなツイート群を

「所詮ネットだし,誰かが適当に書いたものなんでしょ」

等と考えず,教師たちの声として真摯に受け止めて対応してもらいたいものです.

このプロジェクトのnoteを見る限りでは,少なくとも担当者には今後の改革につなげていこうという気概があるように見えますが.

プロジェクトは失敗だったのか

拡散されたツイートの上位には,こんなものも含まれていました.

ところが,分析の途中で見つけた「中の人」っぽいアカウントのプロフィールを見る限り「ソーシャルメディアがわかっていない人」じゃないっぽいんですよね.どうみても.

確かに,「#教師のバトン」プロジェクト概要には

教職を目指す学生や社会人の方に、現職の教師が前向きに取り組んでいる姿を知ってもらう

と書いてはありますが,本当にそんなキラキラした情報を求めていたんだとすると,インスタを使うような気がするんですよ.にもかかわらず,わざわざツイッターを使ったあたり,実は中の人的には狙い通りの結果なのかもしれません

だとしたら・・・恐るべし,文科省の役人.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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