「価値観」のぶつかり合いを制した永瀬拓矢王座が4連覇達成!~第70期王座戦五番勝負第4局~
4日、第70期王座戦五番勝負第4局が行われ、永瀬拓矢王座(30)が挑戦者の豊島将之九段(32)に勝って通算3勝1敗とし、防衛を決めた。
これで永瀬王座は王座4連覇を達成した。
角換わりから穴熊に囲った豊島九段の猛攻を永瀬王座がしのぐ展開となり、最後は入玉を決めて豊島九段を投了に追い込んだ。
堅さvs攻め手のなさ
これまでの4戦(千日手局含む)では、角換わりから中盤を通り越して一気に終盤へ向かう激しい展開が続いていたが、本局は序盤からジックリ組み合う展開となった。
キッカケは豊島九段が4筋の位を取って▲4六角と自陣角を据えたところにある。
わりと古くから指されている作戦で、角のにらみで相手の動きを封じるのが狙いだ。
対して永瀬王座は玉を7二まで移動して、いわゆる右玉に構えた。
敵飛車の効きから事前にかわして、相手の攻めを和らげる作戦だ。
一方、永瀬王座から攻め手がないとみた豊島九段は、右金を囲いにくっつけて、自玉の囲いを穴熊にまで発展させてガッチリと組んだ。
先手は堅さ、後手は攻め手のなさを主張している。
千日手にしたくないのは先手番である。よって豊島九段がいかに攻めの糸口をつかめるか、そういう局面といえる。
ここまではほぼ定跡化された展開である。
よくある展開ではあるのだが、プロ的には永瀬王座の駒組みに感心させられた。
第1図と第2図を比較すると、6三にいた銀が5三に移動して、6三の地点には金を配置している。
銀の位置という小さい差だが、相手の攻めに対応しやすいメリットがあり、大きい差なのだ。
どんな時でも工夫を盛り込み進化を続ける、永瀬王座の強さの一端をみた駒組みであった。
人間らしさvsAIの評価
豊島九段は、自身の棋風に合っているか、勝ちやすさがあるか、といった人間らしさに重きを置くタイプだ。
少し前まで、こうした穴熊vs右玉では玉の堅さに利があるとして先手が勝ちやすいとされており、豊島九段の作戦選択にはそうした発想もあったのだろう。
そして豊島九段は、穴熊に組んだ後に攻め手がないとされていた常識を覆す手を用意していたに違いない。
一方の永瀬王座は、AIの評価に重きを置くタイプだ。それにより、旧来の受け将棋から攻め将棋へ自身の棋風を改造している。
先手が4筋の位を取って自陣角を据える指し方に対して右玉に組むのはAIの好む順であり、AIはこの指し方をすれば全くの互角であると評価する。
本局では、永瀬王座がAIの評価に加えて工夫(守備銀の位置を変える)を盛り込むことで、豊島九段の狙っていた構想を封じ込めたように思う。
ちなみに藤井聡太竜王(20)はAIの評価に重きを置くタイプで、渡辺明名人(38)は人間らしさに重きを置くタイプだ。
いまはこのどちらのタイプがいいのか、そのせめぎあいが続いている。
若手は、時代を牽引する藤井竜王に追随する人が多いようにみえる。
一方で今までの経験が生きることもあり、人間らしさに重きを置くタイプのほうが全体では多いようにもみえる。
これこそが現代における「棋風」といえよう。
本局は互いの価値観がぶつかりあった一局であった。
防衛を決めたものとは
堅陣を頼りに豊島九段は100手以上猛攻を続けたが、それを受け止め続けた永瀬王座の指しまわしが素晴らしかった。
第3図は象徴的な場面である。
先手からは▲4六歩△同銀▲5六角の王手銀取りが狙い筋としてある。
そこで図から△6三玉と引き、先手も▲7四歩△同玉▲1五歩と遠く端まで絡めて攻めを継続させる。
ここで△1五同歩には▲同香△同香▲4六歩と、香を捨ててでも前述の筋でこられて後手がまずい。
そこで▲1五歩にもう一度△6三玉と引き、▲1四歩に△7四桂と空間を塞いで▲7四歩の筋を受けた。
後手はこうした丹念な受けを続ける必要があり、一つでも読みに齟齬があれば崩壊してしまう。だから先手のほうが勝ちやすいとされてきたのだ。
しかしこのような丹念な受けをAIが得意としていることでお手本ができて、人間でも指しこなせるようになってきた。
これは技術向上の一つといえよう。
そしてこうした丹念な受けは、永瀬王座が若い頃から得意にしてきた技術でもある。
いまは攻めの要素が強い永瀬王座だが、防衛を決めるのに最後に力となったのは、若い頃から培ってきた技術であった。
王座を5連覇すると永世称号である「名誉王座」を獲得できる。いままで2人(中原誠十六世名人、羽生善治九段)しか獲得したことのない称号だ。4連覇を達成した永瀬王座は来期「名誉王座」の獲得に挑むこととなる。
来年の五番勝負は、例年以上に注目を集めるシリーズとなるだろう。