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中国の「ピアノ王子」こと、著名なピアニストのユンディ・リ氏はなぜ買春で拘束されたのか?

中島恵ジャーナリスト
中国人ピアニスト、ユンディ・リ氏(写真:ロイター/アフロ)

中国で「ピアノ王子」と称され、著名なピアニストであるユンディ・リ(李雲迪)氏(39)が10月21日、北京市内で、買春の疑いで警察に拘束されたことがわかった。相手の女性とともに、すでに容疑を認めているという。

この一件が中国の大手メディアで大々的に報じられるとすぐ、SNSなどでは「まさか!」「嘘でしょう?ショック」「どうして?」「きっと以前から狙われていたのだろう……」などといったコメントや憶測が飛び交い、中国国内では騒然となっている。

史上最年少で優勝したが……

ユンディ・リ氏といえば、その名は日本をはじめ世界中に知られている。1982年に四川省重慶市で生まれ、幼い頃からその類稀なるピアノの才能を開花させた。

彼を一躍有名にしたのは2000年に行われた「ショパン国際ピアノコンクール」だ。世界三大コンクールのひとつであり、権威ある同コンクールで、18歳という史上最年少で見事優勝を飾ったことがきっかけだった。

その後、その甘いマスクと高度なテクニックで瞬く間に人気ピアニストとなり、中国では例年春節に行われる「中国版紅白」のような国民的音楽会に5回も出演した。

また、日本や欧米各地でも数々のコンサートを実施。とくに日本では、世界的指揮者である小澤征爾さんと共演したり、テレビの音楽番組に出演したりするなど人気は高く、彼のファンも多かった。

だが、優勝から数年が経つと、少しずつ様子が変化していった。

2015年に行われた「ショパン国際ピアノコンクール」では、名誉ある審査員に選ばれながらも「友人の結婚式に出席するため」欠席するという前代未聞の問題を起こしたり、プライベートでも華々しい恋愛遍歴を繰り広げたりするなど、次第にピアノ以外の問題でゴシップが流れるようになっていった。

また、ピアノの演奏自体も「演奏にムラがある」「ミスタッチが多い。あまり練習していないのではないか」などと批判されることが増えた。新型コロナが流行して以降は、活動の中心だった海外でのコンサートが軒並み延期や中止となり、あまり表だった活動はなかった。

そんなときに、今回の買春による拘束というショッキングな事件が起きた。

エンターテインメント業界への「見せしめ」か

中国で買春は「治安管理処罰法」で罰せられる違法行為だ。違反すると15日以下の拘留に加えて、5000元(約9万円)以下の罰金が科される。

「人民日報」など中国メディアはこの件を大きく報道し、「最近、一部の芸能人が法の尊厳に挑戦することが頻繁にあった」「法のもとに聖域はない」「世の中から称賛された人間は幻想の中で生きていて、もはや自分の道を見つけることができないようだ」などと厳しく批判している。

中国音楽家協会は同報道を受けて、彼の会員資格を剥奪すると発表。出身校である四川音楽学院は、彼の名前を冠した施設のプレートをさげるなど、すでに社会的な制裁も始まっている。

拘束の背景には、もちろん、習近平政権が現在実施している「共同富裕」(ともに豊かになる)があることは間違いない。

たとえ著名人であっても、法を犯すことは決して許されず、罰を受けなければ、社会に対して示しがつかない、ということを表している。今年8月には有名女優が脱税で巨額の罰金を科されたこともあり、芸能界などエンターテインメント業界への風当りは非常に厳しくなっている。

そんな最中での買春事件に、ファンの間では「類まれなる才能とルックスを持った彼が、よりによって、こんな事件で拘束されることになるなんて、信じられない」というショックが広がっているが、一部では「なぜショパン国際コンクールの結果が発表された当日だったのか?」という、“拘束された日付”に注目が集まっている。

日本でも大きく報道された今年の「ショパン国際コンクール」は、日本人の反田恭平氏と小林愛実氏がそれぞれ2位と4位に入賞し、歓喜に沸いた。だが、1位で優勝したのは中国系カナダ人のブルース・リウ氏であり、この快挙はもちろん、中国でも報道されている。

5年に一度だけ開催される同じ国際的なコンクールで、しかも、同じ中国人ピアニストが優勝したというおめでたい日に、21年前に優勝した世界的ピアニストが不名誉な事件で拘束されるという「できすぎた偶然」は、一体何を意味しているのか。

他の「すねに傷を持つ」エンターテインメント業界の著名人たちは、きっと今ごろ、震え上がっているのではないだろうか。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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