「ダンケルク」の若手俳優たちを、クリス・ノーランはどう選んだのか
「ダークナイト」の巨匠クリストファー・ノーランの最新作に出られる。そんな夢を抱かない俳優が、果たしているだろうか。
9日(土)、ついに日本公開となる「ダンケルク」では、複数の若手俳優が、そのあこがれを現実にしてみせた。彼らはみんな無名の新人。数千人の中から、何度にも及ぶ厳しいオーディションをくぐり抜けて選ばれている。唯一、 ハリー・スタイルズだけは有名だったが、彼も俳優としては素人で、ほかの青年たちに混じり、同じオーディションを受けさせられた。若い女の子のアイドルであるスタイルズを「正直言って、知らなかった」というノーランは、「彼はまさに実力でこの役を獲得したんだ」と、きっぱり語る。
映画は、イギリスでは誰もが知っている、第二次大戦中の大がかりな救出作戦を描くもの。ドイツ軍によって、フランスの北端ダンケルクに追い詰められた自国の兵士たちを故郷に連れ帰ってあげようと、イギリスは、民間船も含む多数の船を送りこんだ。海辺で助けを待つ兵士たちは、みんな若者。また、救出に向かう民間船にも、一般の若者が同乗している。
これらの役を無名で固めることは、 ノーランが早くから決めていたことだった。また、 当時その場にいた兵士たちと同じ年齢の青年を雇うことも、重視している。
ハリウッドでは、昔から、実際には20代なかばや後半の俳優に高校生役を演じさせるようなことが、当たり前に行われてきた。ブライアン・デ・パルマの「キャリー」(1976)で主役を演じた時、シシー・スペイセクは27歳だったし、「アメイジング・スパイダーマン」(2012)が公開された時、アンドリュー・ガーフィールドは28歳だったのだ。だが、ノーランにとって、「それは絶対にやりたくないこと」だった 。
「あそこにいた兵士たちは、18歳から20歳くらいだった。だから僕らは、演技学校を訪ねたり、誰もが参加できるオーディションをしたりして、大勢の中から正しい俳優を探そうとしたんだ。フィオン・ホワイトヘッドやトム・グレン=カーニーなどは、まったくの新人で、何のイメージもついていない。だから、映画を見ている人は、彼らが、どう行動していいかわからないでいる新米の兵士だと信じてくれるんだ」(ノーラン)。
一方で、大人の役には、ケネス・ブラナー、トム・ハーディ、マーク・ライランス、キリアン・マーフィーなどベテラン俳優を起用している。「海、陸、空のそれぞれの場面に実力派を置いて、彼らに演技の柱になってもらいたかった」というのが理由だ。
数人単位でオーディション。いろんな役を交代でやらせる
最初のオーディションは、ビデオによる選考。そこを通過すると実際に呼び出されるのだが、この映画にどんな役があるのか、何人を必要としているのか、自分はどの役の候補なのかなどは、いっさい知らされない。
「ビデオ選考のために演じたシーンは、この映画と全然関係ないものだったよ。オーディションの過程ではすごい秘密主義が貫かれていて、脚本なんてもちろん見せてもらえなかった。オーディションも最終段階になるとそれっぽいシーンをやらされたが、それでも、脚本にあるシーンそのものなのかどうかはわからないでやっていたね」と、トミー役を獲得したホワイトヘッド。
ジョージ役のバリー・コーガンも、「自分がどんな役を演じるのか、撮影開始の1ヶ月くらい前まで知らなかった」と振り返る。
ノーランによると、最終段階まで残った俳優たちは、グループ単位に分けられ、役を交代させながら、何度もテストしたのだという。
「はい、次は君がこっちの役をやって。君はあっちの役だ。今度はこんなふうにやってみて。次はあんなふうに。そういうのを、何日もかけてやったんだ。ワークショップみたいな感じで、即興もやらせてね。ひとりの役者が違うことをやるのを見る。それは、僕にとって、すごく楽しいキャスティングのやり方だった。昔のハリウッドでは、よくそういうオーディションが行われたらしいが、今作で、僕は、それをやってみるチャンスを得たんだ」(ノーラン)。
選ばれた俳優に合わせて役を多少変えることも
ようやく揃った最高の若者たちに、ノーランは特別のトレーニングを強いることはしなかった。
「これは、第二次大戦が始まったばかりの頃の話。彼らはみんな新米だった。この俳優たちは、経験豊かな兵士を演じる必要はなかったんだよ。ただ、安全でいてほしかったから、水に慣れてもらう練習はしたし、武器の使い方も学んでもらった。使い慣れてはいないが、武器を使ったことはあるという状況にしたかったのさ。経験の浅いこれらの若手俳優を、僕は、演技をする必要のない状況にぶちこんだ。実際に自分が体験することで、内面からではなく、体で反応できる」(ノーラン)。
若いパイロットのコリンズに選ばれたジャック・ロウデンは、スコットランド人。ノーランは、彼のために、コリンズをスコットランド人に書き換えている。「それはとても嬉しいことだった」と、ロウデンは語る。「R.A.F.(王立空軍)はアッパークラスの英国人のもので、スコットランド人は、あまり含まれていなかった。それだけに、クリスがあのキャラクターをスコットランド人にしてくれたことを、本当にありがたく思ったよ」(ロウデン)。こんなところにも、新人俳優たちが無理をせずに役に入っていけるための、ノーランの心遣いが見てとれる。
今作で脚光を浴びたこの子たちのこれからは
「ダンケルク」を見た観客が、彼らの名前を今すぐ全部覚えることはないにしても、次に別の映画で姿を見かけた時に、「これ、『ダンケルク』の子だよね」と、きっと思うことだろう。業界関係者ならば、もう頭の中に彼らの名前がしっかりメモされているはずだ。彼らは突然にして、キャリアのステップを1万歩くらい登ったのである。
中でも、今後ますます見かけることが多くなりそうなのが、コーガン。彼は、5月のカンヌ映画祭でプレミアされ、現在開催中のトロント映画祭でも上映されている「The Killing of a Sacred Deer」で、コリン・ファレル、ニコール・キッドマンらを相手に、実に不気味な青年を名演しているのだ。今作の北米公開は10月末で、オスカーに向けてのプッシュがなされると思われる。
ロウデンは現在、マーゴット・ロビー、シアーシャ・ローナン、ガイ・ピアースと共演する「Mary Queen of Scots」を撮影中。ホワイトヘッドは、独仏合作の「Caravan」を撮影している。スタイルズの次作品は決まっていないが、彼のことは心配無用。今は本業のツアーで十分忙しく、急に映画の話が来ても、すぐには対応できない。それでも、今作での彼の演技にはなかなか感心させられたし、彼をまた良い映画で見たいとも思う。20年後、自分は中年になった彼らをまだインタビューしているのだろうか。筆者としては、そういうことも、ふと考えてしまう。
「ダンケルク」9月9日(土)全国ロードショー
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