「旧来のゴルフ界を変えたい!」セブンハンドレッド代表 小林忠広氏が描く、日本のゴルフビジネスの未来
コロナ禍でもプレー人口を伸ばしたゴルフ。一人の若手経営者が動き出だした
2021年、東京オリンピック・パラリンピックが多くの関係者やスタッフの尽力で無事開催された。まずそのことに年の終わりが近づいた今、あらためて感謝の気持ちを表したい。
コロナ禍の時代でまったく影響を受けなかった競技などない。中止・延期となった大会、プロ・アマを問わず出場機会を失った選手やアスリートたち…苦しい状況から今も完全に脱していないのが現状である。そんななか、プレー人口を急激に伸ばしている競技がある。ゴルフだ。
80年代後半のバブル期をピークに、プレー人口の減少が課題となっていたゴルフ業界。しかし2020年以降に状況が反転する。
コロナ禍で「3密(密閉・密集・密接)」を回避できるレクリエーションとして見直され、新規の愛好者が急激に増加している。総務省の家計調査(2020年)によると特に20~40代といった若い世代でゴルフ関連の支出が増加しており、ゴルフ場や練習場を訪れる女性プレイヤー(SNSなどで盛り上がっている「#ゴルフ女子」)も目立つようになっている。
ゴルフ業界への追い風に対して「自助努力がまだまだ足りない」と語るのは、株式会社セブンハンドレッド代表取締役社長の小林忠広(ただひろ)氏だ。
20代で家業を事業継承した小林氏は、経営する栃木県さくら市のゴルフ場「セブンハンドレッドクラブ」をゴルフ以外の用途に活用すべくさまざまな改革を実行する。2021年からはゴルフ会員権売買事業を展開する株式会社住地ゴルフの代表取締役にも就任、新規事業の創出に取り組んでいる。
小林氏と、父であり現在は住地ゴルフ代表取締役会長の小林隆行氏にスポーツビジネスにかける思いについて聞いた。
ラグビー一筋の若者が、ゴルフ場経営の第一線へ
──小林さんがスポーツビジネス、ゴルフビジネスに携わるきっかけは何だったのでしょうか。
小林忠広氏(以下、小林忠広) 実は、家業を継ぐまではゴルフではなくラグビー一色だったんです。小学校からラグビーをはじめ、高校時代には主将として全国大会出場も経験しています。
ですが、当時感じていたのがスポーツ教育に対する課題でした。特に指導者が勝利至上主義になるあまり、スポーツ好きではじめた子どもがスポーツ嫌いになってしまうこともあります。大学時代に「勝つこと」と「人間的成長」の両立を目指したコーチングメソッド「ダブル・ゴール・コーチング」を提唱するアメリカのNPO法人Positive Coaching Allianceの考え方に共感し、2017年にはNPO法人スポーツコーチング・イニシアチブを設立しました。
その頃でした。2016年に父から「継いでみないか?」の一言があり、2019年4月に栃木県さくら市のゴルフ場「セブンハンドレッドクラブ」を運営する株式会社セブンハンドレッドの代表取締役社長に就任しました。2021年1月からはゴルフ会員権の売買事業を手がける株式会社 住地ゴルフの代表取締役も務めています。
ゴルフ業界はバブル期をピークに市場規模も低調です。ゴルフが得意でないゴルフ場経営者の立場として、旧態依然とした文化を変える取り組みを仕掛けていきたいと真剣に考えています。
──ゴルフ業界が抱える課題にはどのようなものがありますか?
小林忠広 一つはゴルフ場に対する「敷居の高さ」です。スポーツ自体の認知率は高く、テレビや新聞などでは日本人ゴルファーの活躍をよく目にしますが、実際にプレーしたことがない方やゴルフ場に来たことがない方も多くいらっしゃいます。その理由が敷居の高さにあると思っています。日本では「おじさんがするスポーツ」といった古い先入観がまだまだ根強く、昭和の時代で止まっている業界のイメージをアップデートしていきたいと考えています。
他方で、コロナ禍以降、密を避けて楽しめることから世界的にゴルフ人口が増加しました。私たちのゴルフ場「セブンハンドレッドクラブ」でも、2020年4月の緊急事態宣言直後は厳しい状況でしたが、8月頃から密を避けてプレーができる「スループレー」方式を導入して再開したところ、人気が拡大し若い世代や女性の来場も目立つようになりました。住地ゴルフが取り扱うゴルフ会員権も、海外旅行に行けない富裕層を中心に需要が高まっています。ゴルフ業界にとってかつてない活況になったのではないでしょうか。
しかし、この「追い風」はゴルフ業界の自助努力ではありません。国内ゴルフ場のマネジメント手法を研究すると、マネジメントの考えが古く、いう新しいことへのチャレンジに対して消極的な環境がありました。私が社長に就任してからスタッフとの1on1ミーティングを始めたのですが、同業他社では珍しがられたほどです。
ずっとラグビーを続けてきた自分から見るとゴルフ業界は新しいトライができていません。ならば業界の常識を超えたイノベーティブな挑戦こそが私たちが取り組むべき課題と考えました。
そうして2018年からスタートしたのが「700トライアル」です。セブンハンドレッドにとって700個の新しいことに挑戦(トライ) するプロジェクトで、既存の枠組みにとらわれず、ゴルフ場を活用して新しいキッカケを創出しています。その一つが2019年から導入したフットゴルフなんです。
2025年フットゴルフ・ワールドカップ日本開催、を目指す!
──フットゴルフ!? それはどのようなスポーツなのでしょうか…?
小林 忠広 フットゴルフはサッカー(フットボール)とゴルフを融合した新しいスポーツです。2009年にオランダでルール化され、欧米を中心に世界40カ国以上で親しまれており世界最速で広がってるスポーツとも言われています。
遊び方はサッカーボールを使用して9ホールまたは18ホールを回り、 全ホールでの打数の合計の少なさを競います。通常のゴルフとは違って足でボールを蹴るためゴルフクラブは必要なく、ゴルフ経験がない方でもボールを蹴ることができれば女性やお子さんを含めてどなたでも気軽にプレーができます。プレーを通してゴルフ場の雄大さも楽しんでもらえたらと導入しました。
本来ならば2020年にフットゴルフのW杯が日本で開催され、セブンハンドレッドクラブが会場となる予定でした。残念ながらコロナ禍で延期・中止となりましたが、日本フットゴルフ協会とも連携して2025年の招致に向けてロビーイング活動を行っていきます。
──フットゴルフコースを回らせていただきましたが『キャプテン翼』の目印がありますが?
小林 忠広 フットゴルフコースは日本フットゴルフ協会アンバサダーであり漫画『キャプテン翼』作者の高橋陽一先生の監修によるものなんです。現在36ホールを常設していますが、この規模は日本でも最大級です。
フットゴルフの知名度はまだまだ低く、まず地域の方々に知ってもらうため今年12月にはフットゴルフの市民大会を開催予定です。ゴルフ場はもっと地域に開かれ、地域とともに育っていくビジネスだと考えています。そのため今後自治体との連携を深め、一体となった取り組みにしていければと思います。
*第一回スポーツビジネス交流会~フットゴルフオープン2022開催のお知らせ
https://note.com/kazuhisagunji/n/n3c3044530b95
父であり、会長である、小林隆行氏は語る
──小林さんがゴルフ場の改革に取り組む理由とは?
小林 忠広 私自身、ラグビーを通してずっと挑戦し続けてきました。ゴルフ業界にとってこれからの時代は既存の枠組みを超えたイノベーティブなチャレンジが必要だと考えているからです。
セブンハンドレッドクラブのトライはスポーツに限りません。2020年には施設内にバーベキュー場を新設し、ゴルフ場利用客以外にも開放しています。最近ではキャンプやグランピングもブームになっていますが、自分たちの強みは美しいグリーンと広大な自然です。緑に囲まれ広々とした空間に人が集まり、自然と美味しい食事を楽しむ場にしていきたいと思います。
──先代社長でもあるお父様から経営者として学んだことは? ここではお父様で会長である小林 隆行氏にもお伺いしたいです。
小林 忠広 小学生の頃からゴルフ場に連れてきてもらったり、海外の旅行先でもゴルフ場を訪れたりと、父からは小さな頃からゴルフのいろはを教わってきました。
日本のゴルフ市場はバブル崩壊後低迷が続き、いわゆる長い「冬の時代」がありました。祖父から父へと受け継がれたこの会社を、苦しい局面でもしっかり守りながら継続したからこそ今があります。この本質は大事にしたいと思います。3代目社長として、父と私、守りと攻めといった両方の強みをバランスよく保ちながら未来に向けての新しい挑戦を続けていきたいと考えています。
小林 隆行氏 私自身は学生時代からゴルフを続けてきたプレイヤーです。「ゴルフ場はゴルフのための場所」という概念がありました。でも、彼は新しい視点からゴルフ業界を捉えています。フットゴルフの導入や地域との連携、BBQテラスの新設などを進めたのは、「ゴルファーに限らずさまざまな方が訪れる場所にしたい」という彼ならではの新鮮な発想。今後も期待したいと思います。
他方で、90年代のピーク時には1600万人とも言われるゴルフ人口は減少傾向にあり、現在では800万人とも言われています。住地ゴルフが展開するゴルフ会員権ビジネスも、これまでのビジネスモデルでは将来ピークアウトする可能性もあります。そのため売買事業に限らない第2、第3の新規事業を模索中です。『あくまでも事業の屋台骨はゴルフ会員権ですから、大事にして欲しい』と伝えていますが、今後これからを託していけるのではないでしょうか。
ゴルフ場×地域貢献、その新しい形を実現
──忠広さんにお聞きします。自治体との取り組みは?
小林 忠広 今年の夏には、市の夏祭りを開催する場所としてゴルフ場を提供しました。夏祭りを開催しているゴルフ場も多いですが、ゴルフ場が主催するケースが大半です。さくら市の場合は市が主催。「市がやりたい」と考える取り組みを伴走しながら一緒に実現するスキームです。
以前にも、市の教育委員会から「児童や生徒が思い切り走れる場所がなくて困っている」と相談があり、ゴルフ場を提供したところ非常に喜んでいただけました。セブンハンドレッドクラブのミッション「世界一なんでもできるゴルフ場」になるために、地域の方々との垣根を取り払い、ゴルフ場の活用のあり方を広げていきたいと考えます。
──地域貢献に関して今後の展望は?
小林 忠広 一つは、新しい産業を作り地域を活性化していくことです。コロナ禍で閉業した市内のホテルを再建できないかと市から打診があり、建物をリノベーションし新たなデザインを取り入れリブランディングする形で2021年4月に「お丸山ホテル」をオープンしました。今も段階的にリニューアルを進めているところですが、地域のコミュニティホテルとして、繋がりを生み出し元気を作る拠点として投資していけたらと思います。
ミッションは、真の豊かさをつくる経営者になる
──会員権ビジネスの課題とビジョンについて教えてください。
小林 忠広 住地ゴルフは創業51年目で、ゴルフ会員権業界のリーディングカンパニーと自負しています。時代を切り拓いてきた会社だからこそ、次の時代に向けてゴルフのあり方を変えていく使命があると思っています。
2021年、新たに制定したビジョンは「ゴルフ ライフ スタイルをともに創る」です。昭和のビジネスモデルで止まっている業界に風穴を開け、令和のライフスタイルに求められる形にアップデートしていきます。
現在構想しているのは会員権を通した「コミュニティ化」です。かつてゴルフクラブは「クラブ」と言われるようにコミュニティの場でした。会員権を持つ方同士がつながりゴルフの楽しさを共有するとともに、新たなコラボレーションを誘発できるコミュニティになり得るのではと考えています。
昭和=お金の時代、平成=マーケティングの時代、令和=感情・価値観の時代。コミュニティの機能を強化し、関係性を構築しながらよりよい楽しさを提供していきたいです。
──最後に、ご自身の将来の夢や未来のビジョンやミッションを教えてください。
小林 忠広 自分のミッションは「真の豊かさを作る経営者になること」です。いわゆる日本の「失われた30年」はゴルフ市場の停滞と重なります。自分はその時代を知らないからこそ大胆なチャレンジもできるのかもしれません。
自分たちがゴルフのイノベーションを起こすことができたら世界にもインパクトを与えられる可能性があります。まずはここから発信できたらと願っています。
(了)
取材協力:星 久美子
撮影:福田 俊介
写真提供:株式会社セブンハンドレッド
*参考データ
参考)第一生命経済研究所