未来の体験をつくる次世代通信「IOWN」 NTT 川添雄彦副社長が本気で目指す社会変革とは
好評だったNTT docomoのYahoo!記事で描かれた来年2025年7月13日に名古屋市内にオープンする大規模スポーツやエンターテイメントの拠点、IGアリーナ。
記事中で最も読者の問い合わせが多かったのが、次世代通信インフラ「IOWN(アイオン)」だ。今までのスポーツ・エンタメの配信を一新するこの技術は、目の前の競技や演技をはるか遠隔で再現するインフラでもある。「IOWN」はスポーツを、エンタメを、さらにはビジネス全般を、我々のライフスタイルをどのように変えていくのか。そもそもIOWNの本質とは何なのだろうか?
その答えは「社会変革」という言葉が、最も近い。
2019年にNTTが発表した次世代通信インフラIOWNは、光技術を全面的に活用、超高速・大容量・低遅延を実現する革新的な技術に基づく構想だ。日本のメディアではビジネス面での利活用や多用性、技術の秀逸性ばかりが伝えられるが、実は最大の魅力は社会変革の大きなトリガーとなることだ。
このIOWNが持つ本質やミッションを最もわかりやすく、具体的に伝えることができるのはプロジェクトの推進者であるNTT副社長 川添雄彦氏である。その可能性と未来価値、社会変革のツールとしてのIOWNの本質について伺った。
川添氏、学生時代からウインドサーフィンをプレーし、現在はJWA 一般社団法人日本ウインドサーフィン協会の会長を務める。今回のインタビューは大手町の本社とウインドサーフィン・ワールドカップ開催地の「聖地」横須賀市・津久井浜での二元取材となった。実はNTTの先端技術は世界的な大会を長年にわたってサポートしてきた。
(*記事中の画像は特に出典がないものは福田俊介氏による撮影)
IOWNの推進者、ウインドサーフィン協会会長の川添氏
ー 東京オリンピック・パラリンピックではすでにNTTの技術「IOWN」がウインドサーフィンなどにも活用されてきました。そもそも川添さんとこの競技との出会いはどういったものだったのでしょうか。
川添 雄彦(以下、川添) 早稲田の大学3年生の時にウインドサーフィンと出会って、その魅力にとりつかれましたね。理由はいろいろあるのですが、使用する道具や機械のイノベーションが試合結果にこんなに繋がる競技があるのか。当初はそういった考えで大変興味を持ちました。
それから約40年が経った。現在は一般社団法人 日本ウインドサーフィン協会(JWA)会長に就任し東奔西走している。NTTの技術は今回のW杯をサポートしているだけでなく、多くの競技にも活用されようとしている。
川添 僕が会長職に就いたのはJWA前会長であられた長谷川浩氏のご遺志でした。令和2年4月22日に皆さんに惜しまれながら長谷川氏は永眠されました…ウインドサーフィン界への功績は本当に素晴らしいものでした。
そして長谷川氏から会長職を引き継いだ川添会長だったが、難問の連続だったがひとつひとつ乗り越えていった。そこには最高の技術のサポートがあった。MAXの時速が100kmを超えるといわれるウインドサーフィン、選手のスキルや経験も重要だが、環境面をケアしたカーボンニュートラルなど最先端の技術の結晶でもある。まさにこの競技は選手の技術と道具の技術の、両方の革新が常に必要である。
川添 問題は山積みです。四方がすべて海の国なのにマリンスポーツの競技には実はスポンサーが少ないという厳しい現実があります。一方で、海を使った教育、例えば自然の脅威を感じる危険やリスクコントロールを学ぶなど、他のスポーツで感じることができない体験ができるんです。
そんな競技にもNTTのサポートは活かされてきた。もちろん、IOWNの技術も使われてきたが、今後はどのようにスポーツや生活に活用されていくのだろうか。
IOWNが切り拓く新時代は「価値の論理」への移行
ー IOWNの技術を読者にご説明いただけますか。また、なぜ現在必要とされているのでしょうか。
川添 IOWNは「Innovative Optical and Wireless Network」の略称で、NTTが2019年5月に発表した次世代通信インフラの構想です。現在のインターネットインフラが直面しているあらゆる課題や限界を越えるために考案されたものです。
実は、IOWNの構想に至った背景には社会の変遷があります。かつて日本が世界で大きな存在感を示していたのは「質の論理」の時代でした。その後は「数の論理」の時代を経て、これからは「価値の論理」の時代に移行すると私は考えています。IOWNは「価値の論理」の時代に最も適した通信インフラを提供することを目指しています。
ー 具体的な特徴や他の通信インフラにはない利点を教えてください。
川添 IOWN最大の特徴は光技術を通信ネットワークの基盤だけでなく、情報処理でも活用する点で、いくつかの重要な利点が生まれるのです。
超高速・大容量通信・超低遅延の実現です。光の速度を活用することで遠隔地間でもほぼリアルタイムの通信が可能になります。これは我々が行った実験ですが、大阪と東京間(約500km)の通信で片道わずか10ミリ秒の遅延を実現しました。そして、大幅な省エネルギー化が可能となります。光技術を用いることで従来の電気ベースのシステムと比較して消費電力を大きく抑えることが実現しました。
「光トランジスタ」がみせる技術革新。スポーツ、ライブ中継、遠隔医療に革命
ー 情報量の多さに圧倒されます。とにかく今までの通信インフラの課題や常識をすべて超えた印象を持ちます。スポーツビジネスはじめ実際のIOWNの具体的な応用例を教えてください。
川添 特筆すべきは、2019年4月に私たちNTTが世界で初めて「光トランジスタ」の発明に成功したことです。光で動作するトランジスタで情報処理の根幹を担う重要な技術です。この発明によりIOWNの実現の可能性が一気に高まりました。
スポーツやスポーツ観戦もですがIOWNの応用可能性は非常に広範囲に及びます。いくつか具体例をあげましょう。
まず、遠隔ライブパフォーマンスです。
2023年3月に、IOWNを活用して東京、大阪、神奈川、千葉の4会場を結んだクラシックコンサートを開催したのです。同じステージ上で演奏するはずだったピアニストが、東京と大阪に分かれて演奏しても、あたかも同じ場所で演奏しているかのような一体感を実現できました。
また、武藤 将胤(EYE VDJ MASA)/一般社団法人WITH ALS代表の遠隔ライブもIOWNの技術を使ってDJ MASA氏、Dentsu Lab Tokyo様とNTTと共に進めた「Project Humanity」は世界的に大きな反響を生みました。この記事の中にDJ MASA氏のライブ動画が一部入っていますので是非ご覧いただければと思います。
注) 遠隔コンサートで「未来の音楽会」などを数回にわたり開催。
次に、遠隔医療の分野です。
IOWNを活用した遠隔手術の実験も進行しています。100km以上離れた場所から手術ロボットを操作、遅延がほとんどなく安定した操作が可能であることが確認できました。最も重要なのは遅延時間の揺らぎがないこと。医師は一定の遅延を頭の中で計算しながら、安全に手術を行うことが可能となったのです。これは画期的な出来事です。何故なら専門医が決定的に不足する地域などでも高度医療を受けられる可能性が出てきたからです。
ー 本当に幅広い領域での利活用です。スポーツやスポーツビジネスではいかがでしょうか。
川添 スポーツイベントでも画期的な活用を進めています。2020年東京オリンピック・パラリンピックでは、実はIOWNの前身となる技術が活用されていました。
例えばですがウインドサーフィンなどマリン競技のセーリングにおいて、沖合で行われていて生での観戦が難しい競技の様子を長さ55メートルの大型ディスプレイに映し出して観客に臨場感のある観戦体験を提供したのですが、これが本当に大好評を得ました。
また、マラソン競技自体は札幌で開催されましたが、札幌で実際に走っている選手と東京の観客をリアルタイムで繋ぎ、場所を超えた一体感のある応援を可能としました。まだ始まったばかりの技術ですが、今後は地理的な制約を一気に超えたスポーツ観戦の新しい形や臨場感を提案していきたいと考えています。
*「アルスエレクトロニカ・フェスティバル2023 パフォーマンス」の動画
「IOWNがビジネスと社会を変革」ー 課題解決と時代の必要性
川添 スポーツやライブ演奏にIOWNは単なる技術革新にとどまらず、大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
大きな課題としてはエネルギー問題があります。
今後はエネルギー消費の革命が起こる可能性もあるでしょう。IOWNの省エネルギー特性により、例えばスマートフォンの充電頻度が大幅に減少する可能性があります。単なる利便性の向上だけではなく、私たちのエネルギーに対する考え方そのものを根本から変えていく可能性があります。それは自分の運動エネルギーや太陽光で発電した電力でスマートフォンを動かせるようになるかもしれないのです。
冗談で言っているのではなく「エネルギーのDIY(自給自足)」という概念が生まれるかもしれないのです。くわえて、IOWNは「融合型メタバース」の実現にも貢献する可能性があります。
ー 最近台湾との取り組みも発表されました。IOWNの実現に向けたグローバル展開な国際協力について教えてください。
川添 IOWNの実現に向けて、私たちNTTは国際的な協力関係を積極的に構築しています。特に台湾との協力関係は注目に値すると考えます。
台湾の組織・団体は2020年1月に設立されたIOWNグローバルフォーラムに早い時期から参加しています。世界のICT産業において重要な役割を果たしており、特に半導体産業では世界をリードしていることなど説明は要らないでしょう。IOWNの実現には、こうした高度な先端技術が不可欠です。
台湾との協力は単なる技術開発にとどまっていません。例えばデータセンターの分散配置、情報の安全な管理など地政学的なリスクを考慮した上で戦略的な協力関係を構築しています。安定的かつ持続可能なICTインフラの実現につながると私たちは考えています。
21世紀前半の社会課題を解決するインフラの本質
ー 長くスポーツやエンタメを取材してきて思うことがあります。誰もがスポーツや音楽を楽しむ、さらには医療や環境の問題を根本から解決するにはこの21世紀前半は最後のチャンスのように思います。そこに日本発の技術がもっと活かされないのかと。
川添 IOWNはイノベーションを加速する社会の実現にも貢献するのではと私は考えているんです。今まで技術的に困難だった多くのアイデアを実現可能にすることで多くの分野でイノベーションが加速することが期待されます。AIと人間の協働がより緊密になっていくでしょうし、個人の創造性に飛躍的な向上が見込まれるでしょう。
また、レジリエント(強靭化)な社会の実現も重要な目標です。データや機能を分散させることで災害や故障に強い社会インフラの構築を目指します。大規模な自然災害が発生した場合でも重要なデータや機能を他の地域で即座にバックアップできるようになるでしょう。
ー この未来像を実現するために、私たちはIOWNを具体的にどのように活用していけばいいのでしょうか。
川添 IOWNはこれらの未来像を実現するための基盤技術となります。現在のインターネットではトラフィックが増えすぎると突然パフォーマンスが低下してしまう、という根本的な問題がありますがIOWNではそういった制限を超えて、安定したサービスを提供できるようになります。
また、高度な通信インフラは様々なサービスの差別化を可能とします。現在のインターネットでは全てのデータを同じように扱うため、重要度の高い通信と低い通信の区別がつきにくいのですがIOWNではそれぞれのニーズに応じた通信品質を提供できるようになるのです。
ー 本日は貴重なお話をありがとうございました。
<インタビューを終えて>
川添氏はNTTグループ全体の技術を俯瞰するCTOだが、ウインドサーフィンをこよなく愛するパッショネイトな性格を併せ持つ経営者であった。
その言葉からIOWNが単なる通信技術の革新にとどまらず、社会や生活を根本から変革する可能性を秘めていることが伝わってくる。スポーツ、医療、教育、エンターテインメント、モビリティなど様々な分野に革新をもたらしていくIOWN、今後はリリースや発表が控えているという。
IOWN実現に向けた取り組みは、まだ始まったばかりだ。IOWNが私たちの未来を照らす「光」となることは間違いない。今後も取材を続けていく。
川添 雄彦
日本電信電話株式会社 代表取締役副社長 副社長執行役員。工学博士。
1987年早稲田大学大学院卒。1987年日本電信電話株式会社へ入社。2014年同サービスエボリューション研究所長、2016年同サービスイノベーション総合研究所長、2020年常務執行役員 研究企画部門長を経て、2022年6月より現職。2020年よりIOWN Global ForumのPresident and Chairpersonを務めグローバルにIOWNの普及・展開に向け牽引するほか、一般社団法人日本ウインドサーフィン協会(JWA)の会長も務める。
入社以来、衛星通信システム、パーソナル通信システムの研究開発、放送と連携したブロードバンドサービスの研究開発等に取り組む。
■学会・団体役員:
・ IOWN GLOBAL FORUM President and Chairperson ほか
・ 一般社団法人 電子情報通信学会 会長 (2022-2023)
・ 一般社団法人 映像情報メディア学会 会長 (2018-2019)
■主な著書:
「IOWN構想 インターネットの先へ(NTT出版)」ほか
■外部表彰
2007年 高柳記念奨励賞
2019年 一般社団法人情報通信技術委員会情報通信技術賞(総務大臣表彰)
2023年 日経クロステック「CTOオブ・ザ・イヤー2023」特別賞
<取材・構成>
上野 直彦
【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】
(了)