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新宿では『トップガン マーヴェリック』超え。『PLAN 75』ヒットの背景

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『PLAN 75』で主人公のミチを演じる倍賞千恵子

『トップガン マーヴェリック』が興収76億円を突破した7月第1週、密かに興収2億円に到達した映画がある。今年のカンヌ国際映画祭の”ある視点”部門に出品され、早川千絵監督が初監督作品から選出される”カメラドール”の特別表彰を受けた『PLAN 75』だ。近未来の日本を舞台に、満75歳から生死の選択権を与える新制度がもたらすディストピアを、高齢労働者、市役所の担当者、コールセンターの職員たちを主軸に描く衝撃作である。6月17日に全国90館で公開された同作は、各地で満席の回が続出し、公開8日目で興収1億円を突破。その後、上映館数が142館まで増え、公開3週目で遂に興収2億円を達成した。

因みに、公開2日目の去る6月18日には、新宿ピカデリーでの週末動員数が『トップガン~』を抑えて1位を記録。2週目の週末も『トップガン~』に次ぐ2位をキープ。いかに堅実な動員を続けているかについては、以下に添付する1週目の推移を見ていただければ分かると思う。

※1週目詳細

▼17日(金)=動員1万1165人、興収1371万9820円

▼18日(土)=動員1万3329人、興収1758万3880円

▼19日(日)=動員1万1619人、興収1509万7260円

▼20日(月)=動員1万0127人、興収1246万6140円

▼21日(火)=動員9872人、興収1212万0780円

▼22日(水)=動員1万2511人、興収1487万0640円

▼23日(木)=動員1万0056人、興収1239万8440円

シネスイッチ銀座の初日風景
シネスイッチ銀座の初日風景

また、シネスイッチ銀座では初日3日間、公開後17日間と共にコロナ禍が始まって以来、最高の興収を挙げているという。客層は40~50代のミドル層から60代のシニア層が中心で、徐々に20代~30代への広がりを見せていて、同作は今年上半期を象徴するヒット作の1つとなるのはほぼ間違いない。

理由はいくつか考えられる。カンヌでの快挙をきっかけに多くのメディアが取り上げ、各紙のレビューのみならず、例えば、新聞では朝日新聞の『深論』、読売新聞の『編集手帳』、日本経済新聞の『春秋』、しんぶん赤旗の『潮流』などで紹介されたほか、AERAでは社会文学者の上野千鶴子氏と早川監督の対談が掲載されるなど、映画の枠を超えた取り上げられ方がされている。そして、国民的女優として長年親しまれてきた倍賞千恵子の久々の主演作であるということも大きいだろう。『男はつらいよ』のさくら役を例に挙げるまでもなく、庶民の生活を演技で体現することにその生涯を捧げてきた倍賞千恵子が、9年ぶりの主演作で人の命を生産性でのみ推し量る近未来日本を生きる高齢労働者ミチを演じる。その姿に引き寄せられた観客は多いはずだ。また、市役所にある<プラン 75>の窓口で働く青年、ヒロムを演じる磯村勇斗の、冷酷な業務と申請者たちの狭間で揺れ動く憂いを帯びた眼差しが、若い観客の心にヒットしたのかも知れない。

ヒロム役の磯村勇斗
ヒロム役の磯村勇斗

ここで内外のプロのレビューと日本の観客の感想を列記してみたい。

施策を遂行する側の無愛想さ、礼儀正しさは映画全体を貫くテーマになっている。主人公のミチがプログラムに徐々に吸い込まれていく過程では、日本の官僚制度や広報活動を完全に模倣した、淡々とした、優しく見下したような口調で全体が語られる。

(by James Hadfield”THE JAPAN TIMES”)

早川千絵監督は共感が希薄な近未来日本を静かに、悲観的に描いている。それはまるで、自らの魂を破壊するかのような文化だとも言える。

(by Diego Semerene “SLANT”)

早川監督の主題へのアプローチには派手さはなく、劇的な追跡や救出もない。これは冷静で思慮深いストーリーテリングである。グレーで薄暗いオフィスや、よく消毒された病院など、ごく普通の場所を舞台に、誰もが正しいことを行おうとしている。このことが意味するのは、これが普通に行われようとしている事実なのだ。

(by Stephanie Bunbury”DEADLINE”)

今の日本でしか撮れない作品。年配者と若輩者の命に対する天秤は、誰もが若い時代もあれば必ず老齢するという、相対的で平等に降りかかるテーマ。

75歳以降の高齢者は「自死」をするという自己決定権が認められた社会。政府や過激思想者を批判するのではなく、あくまで「個人の選択」に重きを置きながら、物語を思慮深く進める早川監督の手腕に脱帽。

あまりに整然としたグロテスクな世界に息が詰まる。唯一の救いは、映画館内の溜息とすすり泣く声だったのかもしれない。圧倒的な無力感。

去る6月7日、日本外国特派員記者協会での会見に臨む早川千絵監督
去る6月7日、日本外国特派員記者協会での会見に臨む早川千絵監督写真:Motoo Naka/アフロ

以上のレビューやコメントを読むと、監督の思惑以上に、映画が描く現実に観客が激しく呼応していることがよく分かる。また、日本ほど映画にすべきテーマに事欠かない国はないと思う。『PLAN 75』の興収2億円突破は、何よりもそれを物語っているのではないだうか。選挙後、本格的な夏に向けて、さらなる数字の上積みが期待される。

『PLAN 75』

全国公開中

公式ホームページ

(C) 2022 『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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