ネクストブレイク候補、MF鴨川実歩。WEリーグ・千葉の勢いを支える文武両道プレーヤーの魅力
中盤のゲームメーカーとして台頭してきた新たな「顔」。
鴨川実歩は、WEリーグのジェフユナイテッド市原・千葉レディースでエースナンバーを背負うミッドフィルダーだ。
ボランチのポジションで出場することが多いが、攻撃に変化を与えるアタッカーとしての優れた資質も持っている。
12月18日のWEリーグ第11節、大宮アルディージャVENTUS戦。背番号10は3トップの一角で出場し、異彩を放った。
156cmの小柄な体躯を軽やかに翻し、繊細なタッチとボディフェイントで密集をすり抜けていく。ボールが足に吸着しているようなドリブルは、ペナルティエリア内でもその威力を発揮した。だが、ゴールまではあと一歩及ばず、前半終了間際に放った2本のミドルシュートはいずれもコースが甘く、悔しそうに天を仰いだ。
だが、その後もクロスやスルーパスなど多彩な技巧で好機を演出し続ける。最大の見せ場は1点ビハインドで迎えた75分に訪れた。ゴール前にこぼれてきたボールをワンタッチでコントロールすると、右足を一閃。完璧なトラップから、力強い軌道でゴール左上に決めた。
結果は1-1のドロー。終盤、明らかに決まったように見えたMF上辻佑実(大宮)の2点目がノーゴールとなるなど、薄氷を履む勝利だった。それでも、最後まで攻め抜いた勝ち点1には価値がある。
千葉は開幕から4試合勝ちなしの苦しいスタートだったが、5節以降は4連勝を含む7試合負けなしで、4位まで浮上。右肩上がりのカーブを描いて前半戦を終えている。
「試合の主導権は握れていたと思いますが、最後の質は、まだまだ、相手(大宮)のクオリティが高かったと思います。一本一本(シュートを)決めるつもりでプレーしていますが、入らないとチーム(の雰囲気)が落ちていってしまうので、最初のチャンスで決め切ることが大事ですし、それは前の選手の仕事だと思います」
鴨川は試合後、まず反省の弁を述べた。だが、前半戦の総括に話が及ぶとポジティブな要素も口にした。
「序盤は勝てなくて苦しくて、自分たちのサッカーの方向性がわからなくなったところもありましたが、勝ちながら、これで正しいんだと思えるようになって、やるべきことがわかってきました」
大きな目に光が宿り、わずかに声が弾んだのは、前線のポジションで生き生きとプレーしていたことに触れた時だ。
「3トップの時はシャドー(ストライカーの後ろからゴールを狙う)をやっているので、相手のボランチの後ろで受けて、前を向いてスピードアップすることは特に心がけました。ゴール前での駆け引きは楽しいですし、1対1や、相手と駆け引きしながらゴールに向かうプレーがやっぱり好きだな、と思いました」
鴨川に、なでしこジャパンの選出歴はまだない。だが、そのドリブルやボールタッチは、20代前半だった頃のFW岩渕真奈を思い起こさせる。今ではチャンスメイクからストライカーまでこなすようになったが、かつての岩渕はボールを持つと勝負を挑み、“ドリブルで魅せる”選手だった。
鴨川は高校1年生で千葉のユースに加入してから、今年で9年目。ルーキーイヤーに背番号10をつけてトップチームデビューを飾り、2014年のU-17W杯では世界一も経験するなど、早くからポテンシャルを認められてきた選手である。
当初は周囲の高い期待がプレッシャーとなって力を発揮できず、2年目からは背番号を変えた。その後は、若い選手の多くがぶつかる壁にも直面している。好不調の波があり、圧巻のドリブルやスーパーゴールを決めることもあれば、ほとんど存在感を示すことなく90分間を終えることもあった。
やがて機は熟し、「走る・闘う」というチームスピリットの体現者だったFW深澤里沙の後を継ぎ、2019年から再び10番をつけることに。当時指導していた藤井奈々前監督は、パスを繋ぐサッカーを志向し、鴨川をサイドで起用して「個の強さ」を求めていた。その2年間で磨かれた判断力や突破力も礎となっている。
そして、昨年からチームを率いる猿澤真治監督は、鴨川をドイツ帰りのMF岸川奈津希とともに軸となる中央のポジションに据えた。その狙いについてこう語っている。
「彼女は戦術的な理解が高く、落ち着いてプレーができます。ボランチでは守備が安定するし、前(シャドー)だと、個人で相手を剥がしたりかわすことができる。4-4-2のサイドで長くプレーしていましたが、サイドではボールを待って足元で受けるプレーが多く、(中でプレーするよりも)何かが起きる可能性が少ないと感じるので、あえて中で起用しているし、真ん中で活躍する選手になってほしいと思っています」
今季、WEリーグではここまで11試合に先発し、3ゴール3アシストと安定したパフォーマンスを見せている。
「波をなくすことが一番大事ですが、だんだん良くなってきていると感じています」
鴨川本人がそう語るように、積年の課題が解消されたわけではない。それでも、スイッチが入った時のプレーは、そうでない時のイメージを帳消しにするほどのインパクトを与えている。エースナンバーも3年目になり、すっかり板についた。
これから鴨川がどのようなアタッカーになっていくのか、期待は高まる。
【研究者として培ったプレーの軸】
鴨川のもう一つの非凡さは、理論面からサッカー観を確立してきたことだ。筑波大学の体育専門学群で学び、卒業後は同大学院で研究を続けている。
「午前中は大学に行って、15時から練習。その生活リズムは自分に合っています。今年からプロになったので、夜ご飯を早めに食べています。就寝時間も早くなったので、コンディションは保ちやすいですね」
筑波大のOGにはFW安藤梢やMF猶本光ら代表選手が少なくなく、同学年には男子代表のMF三笘薫がいる。
卒論のテーマは、「サッカーゲームにおける速攻プレーの達成度評価」。ポゼッションから速攻へとトレンドを移した海外サッカーを研究材料にし、自身のプレーにもフィードバックしてきたのだ。9月末のオンライン取材の際には、こう明かしていた。
「測定評価学というスポーツ統計学を専攻しています。『どうしたら速攻が起きるのか』ということや、『理想的な速攻はこれができている』というようなことを、リーグ別で研究しています。たとえば、プレミアリーグなど、レベルが高いリーグの選手と女子サッカーの統計を取って比較したりして、誰でも速攻を評価できるようにしています。自分自身も、以前ならバックパスを選んでいたところでリスクを冒しても前を向いてプレーするようになりました」
同じように、ゴールを奪うためのボールの持ち方なども研究して洗練させ、周囲とのコンビネーションプレーも向上。相手を見て判断を変え、味方を使って自らもゴールを決められるーー相手DFにとってはより厄介な選手になった。
「蹴るポイントを意識して、強くて速いボールを入れるようにしています」というセットプレーのキックにも、研究努力の成果が見える。
感覚を理論化し、言語化できるようになれば、良いプレーの再現性が高まる。それはプレーの波をなくすことにもつながっていく。鴨川にとっては、「大学院の研究内容がほぼサッカーにつながっていて、それがなければ自分の成長する術を考えるのは難しくなるかもしれない」と言うほど、学ぶことも大切なルーティンになっている。
プレーについて掘り下げて語る口調はいかにも研究者らしいが、オフザピッチでは笑顔を絶やさない。「すごく明るくて、コミュニケーションの取り方が上手」(猿澤監督)というように、チームのムード作りも担う。そんな鴨川流のリーダーシップは、「プレーでみんなを引っ張ること」だという。
その背中は、他チームの10番に負けない光を放ち始めた。今後は自らのプレーで勝利を掴み取る「個の強さ」を示すことが期待されている。
WEリーグは中断期間に入り、ここからは皇后杯が戦いの舞台となる。千葉は12月25日の4回戦で、なでしこリーグ1部のオルカ鴨川FCとの千葉ダービーに臨む(広島広域公園第一球技場)。
鴨川は、どんなプレーでチームを導くだろうか。かつて千葉の魂だった深澤とのマッチアップも見応えがありそうだ。
*表記のない写真は筆者撮影