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イエメン:援助活動も危機

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2020年5月26日、UNHCRは新型コロナウイルスの蔓延に伴い、イエメンにおける同機関の活動が崩壊の瀬戸際にあると発表した。イエメンでは人口の約8割が人道援助を必要とする状態に置かれており、この状況は中国発の新型コロナウイルスが蔓延する以前から世界最大の人道危機とみなされてきた。発表によると、この状況がさらに悪化し、イエメンの家庭では生き残りのために物乞い、児童労働、少女婚に頼る家庭が増加しているとの由である。こうした中、国連機関が2020年にイエメンでの援助活動を行うために必要としている資金のうち、現在までに調達できているのは15%に過ぎない。ちなみに、最大の拠出国はアメリカだそうだ。

二つの国営通信

 イエメンでの新型コロナウイルスの感染状況についても、一応統計が出ている。しかし、これがどの程度実態を反映しているのかについては、はなはだ心もとない。また、新型コロナウイルス対策の初動では、アンサール・アッラーもハーディー前大統領派も(そして各々を後援する諸外国も)、動きの悪さの方が目についた。現在、イエメンではサナアに拠るアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)、アデンを臨時首都とするハーディー前大統領派(こちらが「国際的に承認された正式な政府」ということになっている)、南イエメンの分離独立派の南イエメン移行評議会を主な当事者とする紛争が続いている。ここに、サウジ、UAE、イランなどの諸国が自国の利益のために介入するとともに、「イスラーム国」や「アラビア半島のアル=カーイダ」も活動している。そうした中、イエメンの国営通信社のサバ通信は、アンサール・アッラー側ハーディー前大統領派側が並立し、新型コロナウイルスの感染状況や紛争の被害・戦闘状況について各々の立場に立った報道を続けている。各国の政情を観察する際、現地の国営報道機関は重要な観察対象の一つである。もちろん、国営報道機関は国家権力の広報媒体だから、その内容の吟味や分析が観察者の腕の見せ所となる。いずれにせよ、国営報道機関はただのプロパガンダだから一切見ない、という臨み方をする観察者が、分析をする資質を著しく欠いていることは言うまでもない。そうなると、イエメンで相反する政治的立場をとる二つの国営通信社が、しかもほぼ同じ名称を用いて並立していることは、観察や分析の手間を著しく増加させる。これでは、新型コロナウイルスについても、人道状況についても、包括的な情勢の把握は難しい。

 さらに悪いことに、イエメン紛争においては「正統政府」のはずのハーディー前大統領派の立場が極めて脆弱だ。同派が臨時首都とするアデンでは、ハーディー前大統領派による権益配分に不満を持つ南イエメン移行評議会が度々武装蜂起し、最近でも移行評議会が制圧地の「自治」を宣言するなどして情勢が緊張している。これらの紛争当事者を、元々は「正統政府」の復帰のためにイエメンに介入していたはずのサウジやUAEが個別に後援して事態を紛糾させている。

 筆者としても、本来はイエメンの専攻ではないので、このような記事を書くこと自体がある意味越権行為ともいえる。イエメンならイエメンで、同国の政治や社会に精通した専門家が情勢を日常的に観察し、適宜発信することが望ましい。また、ここまで極端な事例でなくとも、ある国や地域について「儲け話」がなくても地道に観察や分析をする要員を育成し、彼らを適切に処遇することが待たれる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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