他人に通帳やキャッシュカードを渡すのはダメ、絶対! 闇金詐欺の被害者が一転して犯罪者となるカラクリ
闇金詐欺の被害者が逆に有罪判決を受けたという。珍しいケースであるかのように報じられているが、実は典型的なパターンの事件だ。注意喚起を含め、被害者が一転して犯罪者となるカラクリについて触れてみたい。
どのような事案だったのか
京都新聞の報道によれば、事案の概要は次のようなものだった。
狙いは特殊詐欺の小道具を根絶すること
「振り込め詐欺」など特殊詐欺による全国の被害総額は、2016年で約407億円にも上っている。その撲滅のためには、主犯や幹部クラスら本丸の検挙と厳重処罰が不可欠だ。
しかし、だまし取った資金を預金口座から引き出す「出し子」や、被害者からそうした資金を受け取る「受け子」と呼ばれる共犯者しか逮捕できないなど、現実にはなかなか厳しい。
特殊詐欺グループは偽名を使い、犯行拠点を点々と移動している上、役割が細分化し、お互いの人間関係も希薄だからだ。
末端共犯者は詐欺事件そのものや組織の全体像をよく分からないまま協力しており、ほぼ間違いなく容疑を否認するから、彼らの供述で芋づる式にトップまで検挙することも難しい。
そればかりか、詐欺を共謀した証拠がないなどとして、末端共犯者に対し、裁判所が無罪判決を下すケースまで散見されるような状況だ。
こうした特殊詐欺による被害者を増やさないためには、広報や啓蒙活動、ATM近辺での高齢者への声かけ、送金限度額の設定、ゆうパックやレターパックなどを使った送金防止の徹底なども重要だ。
一方で、特殊詐欺に利用される他人名義の預貯金口座などが詐欺グループの手に渡らないようにし、彼らから“詐欺の小道具”を地道に取り上げていく必要がある。
そのため、口座開設時における厳格な本人確認手続などを定めた「犯罪収益移転防止法」があり、預貯金口座譲渡罪などにより、次のような行為が罰せられている(最高刑は懲役1年)。
(1) 他人になりすまして預貯金契約に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として、預貯金通帳やキャッシュカード、暗証番号、ワンタイムパスワード設定用のトークンなどを譲り受け、その交付を受け、又はその提供を受けること。
通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り受け、その交付を受け、又はその提供を受けた者も、同様。
(2) 相手方にそうした目的があることの情を知って、その者に預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供すること。
通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者も、同様。
背景にはマネロン対策やテロ対策も
そもそも、この前身となる法律は、「マネー・ローンダリング」の防止という国際的な組織犯罪への取組みに端を発しているものだ。
すなわち、組織的な薬物密売グループなどは、不法に得た収益を表に出して使おうとする際、クリーンな金であるかのように装うため、偽名口座や他人名義の口座などを使って洗浄しようとする。
そこで、これを防止し、収益を凍結・はく奪することで、彼らの活動資金を根絶やしにしようとしているわけだ。
アメリカ同時多発テロ事件後は、テロ資金の提供や流入防止といった点も視野に入れ、より一層、規制が強化されてきた。
預貯金口座譲渡罪も、必ずしも「振り込め詐欺」など特殊詐欺だけがターゲットになるわけではない。
口座の正当な利用という商取引や金融取引の秩序を害し、積極・消極を問わず、また、結果的にであったとしても、テロ組織を含めた様々な犯罪組織に道具を提供する危険性がある行為を刑罰による威嚇で絶つ、という狙いに立っているわけだ。
新たに口座を開設したら重い詐欺罪も
今回問題となっている事案も、手元に預貯金口座がなく、新たに口座を開設したケースと比較してみると分かりやすいだろう。
例えば、闇金業者から金を借り、かつ、返済金の引き出しに使わせるために新たに銀行で口座を開設し、闇金業者にキャッシュカードや暗証番号を郵送した。
しかし、銀行に行って通帳の記帳をしたら融資金が振り込まれておらず、業者とも連絡が取れなくなり、キャッシュカードをだまし取られたと気づいた、といった場合だ。
これだと、他人にキャッシュカードや暗証番号を譲渡する意図があることを隠して銀行で口座を開設し、通帳やキャッシュカードを受け取った時点で、先ほどの口座譲渡罪よりもはるかに重い詐欺罪が成立することになる(最高刑は懲役10年)。既に最高裁の判例もある。
確かに、闇金詐欺の業者にまんまとだまされた被害者という面も否定できない。それでも、銀行に損害を与え、口座の正当利用という商取引や金融取引の秩序を害した張本人にほかならない。
特殊詐欺グループがよく使う手口
もちろん、ほとんどの読者が「他人に通帳やキャッシュカードを渡すような場面など考えられないし、ありえない」と言うだろう。
では、特殊詐欺グループはどのような手口を使うのか。次のようなものが、その典型だ。
このほか、多重債務者が資金繰りに窮して闇金業者から金を借りたものの、返済できなくなると、「キャッシュカードと暗証番号を送ってくれたら借金は帳消しにしてあげる」「銀行から確認されたらキャッシュカードを落としたと言っておけば大丈夫」などと業者側から誘う、という例も多い。
「不要なキャッシュカードがあれば、1枚10万円で買い取ります。取引先が多く、口座が足らない状況で困っています」といった広告をメールで送り、急な病気や失業、子どもの進学などで一時的な資金に窮している者からカードの郵送を受けた後、10万円を振り込まずにそのままトンズラする、といったパターンもよく見られる。
口座譲渡罪は、たとえ相手方の悪用目的を知らなかったとしても、通常の商取引や金融取引として行われるものであるなど正当な理由がないのに、「有償」で譲り渡したり、交付したりした場合にも成立する、という点に特色がある。
「有償」とは対価性を伴うということなので、対価の交付が約束されていれば、実際にその対価の支払いがなくても、なお「有償」と認定される。したがって、これまで挙げてきたケースは全てアウトだ。
また、冒頭の事案も、融資金という対価の約束を伴った上でキャッシュカードや暗証番号を郵送しているわけだから、やはり「有償」による交付ということになる。
起訴や有罪に至っているのは、「一罰百戒」という観点も無視し得ないからだろう。
後々まで大変な事態に
こうしたケースは、口座譲渡罪で立件され、処罰されるだけでなく、その後も長く尾を引く結果となる。
まず、「振り込め詐欺」など特殊詐欺による被害金の引き出しを阻止し、被害者に分配して被害回復に努めようという「振り込め詐欺救済法」があるので、直ちに警察などから銀行に対して情報が伝えられ、問題の預金口座が凍結される。これだけで終われば一安心だが、それでは済まない。
さらに、その口座の名義人、すなわち闇金詐欺の被害者の氏名などの情報が銀行間に知れ渡り、他の口座も一斉に締結・解約され、かつ、新たな口座の開設までできなくなってしまう。安易に他人に口座を渡すような危険人物だとみなされるからだ。
口座がなければ、給料の振り込みを受けたり、水道光熱費や携帯電話の利用料金、家賃などの引き落としができなくなる。クレジットカードも持てない。
特殊詐欺やテロ犯罪の被害者らから「犯人側の人間」だと見られ、損害賠償を求められ、過失が認定されて多額の賠償を命じられる可能性もある。
それくらい、他人、特に見ず知らずの人間に通帳やキャッシュカードを渡すのはリスクが高く、取り返しのつかない結果を招くこととなる。「ダメ、絶対!」ということを改めて肝に銘じておきたい。(了)