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『にじいろカルテ』の脚本家、岡田惠和の「隠れた佳作」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

高畑充希主演『にじいろカルテ』(テレビ朝日系)が、異色の医療ドラマとして好調です。

どこが異色なのか? ヒロインが他者を救う「医師」であると同時に、自身が重病を抱えた「患者」でもある、という設定です。この二重性から物語に奥行が生まれているのです。

脚本は、NHK朝ドラ『ちゅらさん』や『ひよっこ』などの岡田惠和さん。

今月の4日に、岡田さんが手掛けた、もう1本の「命をめぐるドラマ」が放送されました。それが「隠れた佳作」とも言うべき、『人生最高の贈りもの』(テレビ東京系)です。

信州の安曇野に嫁いでいる田渕ゆり子(石原さとみ)が突然、東京の実家にやってきます。翻訳家で一人暮しの父、笹井亮介(寺尾聰)は驚きました。当然、帰省の理由を訊ねるのですが、娘は「何でもない」としか言いません。

実は、ゆり子はがんで余命わずかという状態だったのです。そう聞いた途端、「なんだ、よくある難病物か」と言う人も、「お涙頂戴は結構」とそっぽを向く人も少なくないと思います。

しかし、このドラマは「そういう作品」ではありませんでした。見るのが辛いヒロインの闘病生活も、家族のこれでもかという献身的な看病も、ましてや悲しい最期も見せたりはしません。

また特別な、つまり変にドラマチックな出来事も起きない。あるのは父と娘の静かな、そして束の間の「日常生活」ばかりです。

父はいつも通りに仕事をし、妻を亡くしてから習った料理の腕をふるい、2人で向い合って食べる。ここでは料理や食事が「日常の象徴」として描かれていました。

途中、不安になった亮介は、ゆり子の夫で教え子でもある高校教師、田渕繁行(向井理)を信州に訪ねます。そこで娘の病気が重いこと、余命についても聞きました。

しかも、ゆり子は「残った時間の半分を下さい。お父さんに思い出をプレゼントしたい」と訴えたというのです。亮介は自分が知ったことをゆり子には伝えないと約束して、東京に帰っていきました。

娘は、父が自分の病気と余命を知ったことに気づくのですが、何も言いません。父もまた、娘の病状に触れたりはしません。その代わり、2人は並んで台所に立ち、父は娘に翻訳の手伝いをさせます。

時間を共有すること。一緒に何かをすること。そして互いを思い合うこと。それこそが2人にとっての「最高の贈りもの」なのでしょう。石原さんも寺尾さんも、ぎりぎりまで抑制した演技が随所で光っていました。

思えば、人生は「当り前の日常」の積み重ねかもしれません。昨年からのコロナ禍で、私たちはそれがいかに大切なものかを知りました。

終盤、信州に帰るゆり子に亮介が言います。「大丈夫だ、ゆり子なら出来るさ」と。その言葉は見ている私たちへの励ましにも聞こえました。

岡田脚本の、ゆったりした時間の流れを生かした丁寧な演出は、『昨日、悲別で』(日本テレビ系)などの大ベテランである石橋冠さん。見終わった後に長く余韻の残る、滋味あふれる人間ドラマでした。

『にじいろカルテ』もまた、病(やまい)や死と向き合うことで、命と生を見つめるドラマになっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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