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コロナ対策、リモートワーク、そしてマネジメント スペイン帰りの常勤理事が語る「Jリーグのすごさ」

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
Jリーグの常勤理事に就任した佐伯夕利子氏。前職はビジャレアルの育成部(本人提供)

■「観客を入れて行われているJリーグ」への驚き

「先日、横浜FCのホームゲームにお邪魔した時に『ああ、本当にお客さんが入っている!』って(笑)感激してしまいました。このコロナ禍の中、Jリーグがさまざまな試行錯誤をしながら、少しずつ観客を増やしていたのはもちろん知っていました。常勤の理事になって以降、すべての会議に出席していましたし、背景についても理解しているつもりです。でも、あまりにも見通しが立たない、スペインという国から来た人間からすると、やっぱり驚きでしたよね」

 そう語るのは、昨年3月にJリーグ常勤理事に就任した佐伯夕利子氏である。佐伯理事はスペイン在住。現地でサッカー指導者となり、久保建英も所属したビジャレアルCFの育成部から、2年間限定でJリーグに転籍している。果たして、フットボール先進国の最前線で働いてきた彼女の目に、Jリーグはどう映ったのだろう。昨年12月16日、横浜FC対ガンバ大阪を視察した彼女が、まず感動したのが「観客を入れて行われているJリーグ」であった。

「もちろんスペインでも(感染防止対策の)プロトコルはあります。でも、それを守るのは不特定多数の誰かなんですよね。そこに信頼関係がなければ、いくら『声を出さないでください、手拍子や拍手で応援してください』とお願いしても無駄なんですよ。選手のため、クラブのため、そしてリーグのために、スタジアムにいらっしゃる皆さんが、ルールを守ってくださる。そうした日本の国民性があるからこそ、観客を入れての試合が実施できるんだなって思いましたね」

 なるほど、そういう見方もあるのか──。リーガ・エスパニョーラをはじめ、ヨーロッパの多くのリーグは、感染拡大の影響で無観客試合が続いている。そんな中、スタンドに観客を入れているJリーグの光景というものは、欧州帰りの佐伯理事に新鮮な感動を与えたようだ。それにしてもなぜJリーグは、スペイン在住の彼女を常勤理事に迎える決断をしたのだろうか。そして当の佐伯理事は、組織としてのJリーグをどのように見ているのだろうか。

■コロナ禍で「日本にいない常勤理事」を認めたJリーグ

「(理事就任が決まって)まずやらなければと思ったのが、ビジャレアルに対して礼儀を尽くすことでした。12年間お世話になっていますし、休職届けを受理していただいたので、籍を残したまま2年間Jリーグの仕事をさせていただくことになりました。図々しいお願いではありましたが、クラブのCEOをはじめフロント陣の皆さんからは『Jリーグで鍛えてもらっておいで』と、快く送り出してくれました。要するに、育成型期限付き移籍ですね(笑)」

 常勤理事就任が決まったのは、昨年の3月。佐伯理事は当初、トップチームの活動が終わる5月に帰国することを考えていたという。しかし日本では、4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大。海外からの入国も厳しく制限されていた。すでにJリーグは、2月27日より完全リモートワークに切り替え、JFAハウスのオフィスを閉鎖。佐伯理事もリモートで会議に参加していたが、やがて役員会の中で「常勤理事のあり方」が議論の俎上に上がる。

「常勤というのは、要するに『Jリーグのために24時間、準備しててね』ということだと思うんです。ただし、私が非居住者のまま都内の小さな賃貸を借りて、それでリモートワークをするのは『意味ないよね』って(笑)役員会で言われたんですね。だったら、引き続きスペインを拠点として、現地のコミュニティや人脈といったものを継続しながら、欧州のリアルな情報を提供していく。そのほうがJリーグにとっても有益である、という結論に至りました」

 かくして佐伯理事は、その後もスペインに留まりながら、常勤理事としての職務を遂行することとなった。5月に予定されていた帰国が、ようやく実現したのが11月30日。そこから14日間の自主隔離を経て、ようやく村井満チェアマン以下、Jリーグ理事会の面々との対面を果たすことになる。ここで注目したいのが、Jリーグが「日本にいない常勤理事」を認めたことだ。コロナ禍というアクシデントが契機とはいえ、この発想の柔軟さには驚かされる。

■危機をさらなる組織の成長に変えてゆくJリーグの姿勢

「Jリーグがすごいなと思うのは、そこなんですよ。既成概念にとらわれず、それを打ち破ることにも抵抗がない。それまでの慣例に対しても、常に『それでいいの?』とリフレクションする習慣がありますよね。村井チェアマンご自身、どんな相手に対しても『傾聴の姿勢』というものを大切にしながら、リーダーシップを発揮されています。実は私、日本の組織で働くのは今回が初めてなんですけど、Jリーグは想像していた以上にすごい組織だなって思っています」

 単に、観客を入れていることだけが「すごい」のではない。組織としての柔軟性、そしてトップダウンに頼らない村井チェアマンのマネジメントについても、佐伯理事は新鮮な驚きをもって評価している(彼女によれば、スペインのサッカー界も「まだまだ古い体質を引きずっているところが多い」そうだ)。一方でJリーグ(そして村井チェアマン)が、スペインから逆輸入した人材に何を期待しているのかについては、佐伯理事のこの証言から明確に見えてくる。

「村井さんからは『マーケットは日本だけじゃなく、世界にも広がっている。それをメッセージとして発信できる、一番いい例が佐伯さんなんですよ』と言ってくださっています。コロナ禍によってリモートが当たり前になり、私のような地球の裏側にいる人間でも、常勤理事としてJリーグに何かしら貢献ができる。そのことでマーケットも広がるし、Jリーグが必要とするリソースが集まって競争力も高まっていく。そう考えると、むしろメリットのほうが大きいんですよね」

 佐伯理事へのインタビューは、昨年12月18日に行われた。当初はJリーグの迅速なコロナ対策、そして時代の変化に先んじた対応について、海外からの視点を照射しながら明らかにすることを第一に考えていた。ところが新しい年を迎え、再び緊急事態宣言が発出されて状況が一変。政府の対応が後手に回り、東京オリパラの開催も不安視されるようになった。そんな中、危機をさらなる組織の成長に変えてゆくJリーグの姿勢は、ひたすら眩しく感じられる。

<この稿、了>

※佐伯夕利子理事のインタビュー記事は、宇都宮徹壱ウェブマガジンにて1月28日と29日に掲載予定。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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