死の直前にみられる人生最期の呼吸 「下顎呼吸」とは
「下顎呼吸(かがくこきゅう)」という呼吸があります。死の直前、人生最期の呼吸のことです。どのような呼吸なのか、医師の目線で書きたいと思います。
下顎呼吸(かがくこきゅう)の実際
患者さんは色々な原因で最期のときを迎えます。日本人の死因は、がん、心臓病、肺炎が主なものです。
亡くなる数日前(おおむね3日以内)から、次第に血圧が低下し始めます(1)。これは心臓のポンプ機能が弱ってしまうためです。
その後、胸を使った呼吸が下顎(かがく)を使った呼吸に変わり、呼吸回数が極端に減少します。それと同じ頃に、心拍数も低下し始めます。そして、呼吸が停止した後、わずかに残っていた心電図波形も平坦化し、心停止にいたります。
私たち医師の多くは、心電図波形が確実に平坦になった後に、家族の前で死亡確認を行います(図)。
経験的に、下顎呼吸が始まると数時間以内に亡くなることが多いので、家族が看取りに間に合うよう、連絡をとります。
個人的な経験上、ケアにあたっている看護師のほうが、医師よりも「死」を予測するスキルに長けているように思います。
5日間下顎呼吸が続いた患者さん
最期のときに全員に下顎呼吸が出現するわけではありませんが、急逝も含めると、心肺停止の40~55%程度にこの呼吸が出現すると言われています(2,3)。
今回は人生の終末期を意識して記事を書いていますが、たとえばこれが急病などで心肺蘇生しなければならない場合、下顎呼吸が残っているほうが蘇生成功率が高くなるとされています(4,5)。
ある寒い冬の朝のことでした。4年ほど私が診ていた終末期の患者さんの血圧が、いよいよ下がり始めました。眼窩はくぼみ、教科書的な「ヒポクラテス顔貌」と呼ばれる顔つきでした。
「あと3時間です」などという具体的な予測は不可能なので、「私の経験から、おそらく今日・明日中だと思います」と幅を持たせて家族にお伝えすることが多いです。ただ、それでも予測が外れてしまうことがあります。
この患者さんの下顎呼吸は、5日間も続きました。明らかに血圧が低下して、意識がない状態であるにもかかわらず、「あぐ、あぐ」とした下顎呼吸だけで、5日間も頑張られました。
下顎呼吸に苦しみはあるのか?
下顎呼吸の医学的な意義はあまり分かっていないようです。呼吸のときに下顎は動いているのですが、胸はほとんど動いていないため、肺でうまくガス交換できていません。
看取りの間際、下顎呼吸の回数は一気に低下します。そして、大きなため息を一息ついて、呼吸停止される方もいます。気道を支えていたすべての筋が弛緩するため、ため息をついているように見えるのかもしれません。
死前期の呼吸を見ていると「しんどそう」と思う家族が多いという研究があります(6)。しかし、体内の二酸化炭素濃度が高くなって意識がなくなると、苦しみはほぼないとされているため、そのことを家族に伝えています。
聴覚は最後まで残る
意識がなくなり、下顎呼吸にある死前期の患者さんであっても、亡くなる直前まで聴覚はしっかり残っています。都市伝説的な側面もありましたが、2020年にカナダの研究グループが明らかにしています(7)。
声をかける家族もおられますし、座って横にいる家族もおられます。無理に声かけをする必要はなく、その家族に合った水入らずのお別れをしてもらえればと思います。
ちなみに、私は亡くなった患者さんに声かけをすると涙をこらえるのが大変なので、死前期の早朝や夜間など病室に誰もいない時間を狙って、「主治医と患者の最期の会話」をするようにしています。
(参考資料)
(1) Bruera, S, et al. J Pain Symptom Manage. 2014; 48(4): 510–517.
(2) Clark JJ, et al. Ann Emerg Med. 1992; 21(12): 1464-7.
(3) Eisenberg MS. Curr Opin Crit Care. 2006; 12(3): 204-6.
(4) Bunya N, et al. Acute Med Surg. 2019; 6(2): 197-200.
(5) Tongying L, et al. Zhonghua Wei Zhong Bing Ji Jiu Yi Xue. 2015; 27(12): 989-92.
(6) Shimizu Y, et al. J Pain Symptom Manage. 2014; 48(1): 2-12.
(7) Blundon EG, et al. Sci Rep. 2020; 10(1): 10336.