アルバイト学生刺傷事件 問われる消費者
現在、「しゃぶしゃぶ温野菜」運営会社でのブラックバイト事件が注目を集めている。
昨年の9月に大学生のアルバイトが4カ月連続勤務や数十万円の「自爆営業」を強いられたり、店長から「殺してやる。」などと脅迫されたりしていたことが明らかになり、今月にはさらに、被害学生が店長から首を絞められるなどの暴行を受け、さらに店舗にあった包丁で刺されていたことも明らかになった。
また、この学生を支援している「ブラックバイトユニオン」がそれに合わせてウェブ上で公開した証拠音声もまた注目されており、公開1週間足らずで既に約10万回再生されている。
この凄惨な音声から私たちが考えさせられるのは、「消費者としての責任」ではないだろうか。
(尚、「しゃぶしゃぶ温野菜」の事件の詳しい経緯や、構造的な背景などについては拙書『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)に詳しくまとめられている)。
「よくある光景」の背景にあったブラックバイト
上の音声は、一人のアルバイト学生が店長によって殴られ、首を絞められている生々しい音声が収められており、最後まで聞くのが本当に苦しくなる内容である。
中でも印象的なのが、被害学生が店舗の控え室で、殴られたり首を絞められたりしている後ろで、他の店員が「普段通り」働いている点である。
店舗の控え室でこれほどまでに、凄惨なことが起きているのにもかかわらず、店舗では「はい、喜んで!」「はい、かしこまりました!」「お客様、お帰りです!」などと元気よく接客が行われている。そのコントラストはあまりにも異様である。
また、それらの元気な声は私たちが普段飲食店を訪れる際によく聞く店員同士のやりとりである。この音声が示すこととは、私たちが何気なく行った飲食店で接客を受けている文字通り「背景」にこうしたブラックバイトのグロテスクな実態が存在するかもしれないということだ。
私たちの生活に不可欠な「学生アルバイト」
今や、学生アルバイトの多い、居酒屋などの飲食店やコンビニ、その他小売店は、今や私たち「消費者」の生活に欠かすことのできない存在となっている。
毎日の生活を振り返ってみると、食事をするには、スーパーなど食料を買い込んで自分で調理するか飲食店で済ますことが多いだろう。服を買うにしても、本を買うにしても、大抵街の小売店を利用している。コンビニなどは24時間空いている上、食事や飲み物を買うのはもちろん、お金をおろしたり、公共料金の支払いをしたりと日常生活において必要不可欠だ。
だが、それら小売り・外食業界では非正規雇用依存率がきわめて高く、学生アルバイトなしには産業が成立できないともいわれる。しかも、消費者からのニーズが日に日に高まることで、学生への要求も同時に高まり続けているのである。
消費者の過剰なサービス要求が、学生アルバイトの「ブラック化」を促進してしまう。こうした事情について業種別に詳しく見ていきたい。
(1)コンビニ
コンビニでは現在、通常の販売のほかに公共料金の支払い、宅配の受付など実にさまざまなサービスを実施している。これらを実施するアルバイトも当然、多数の仕事を覚える必要がある。
ブラックバイト問題に顕著なのは、こうした「仕事を覚えた学生」が重宝されてしまい、学校にいけなくなるほどシフトを入れられてしまうという問題だ。シフトに穴が開いてしまった場合、「どの業務のできる」学生は次々にその穴埋めに動員されてしまい、急な呼び出しが多くなってしまう。
サービスが増えた分、それを負担する学生がブラック化してしまうという構図だ。その上、コンビニは24時間営業の穴埋めを求められる。深夜時間にも多数の業務がこなせなければならないために、やはり穴埋めのための「ブラックバイト」が必要になる。まじめな学生ほど、このようなシフトにはめ込まれてしまいがちである。
そして、これらはすべて消費者の「利便性」を維持するためのコスト負担なのである。
(2)飲食店
飲食店も同様だ。近年深夜営業の居酒屋チェーン店が劇的に増えている。「ブラック企業対策プロジェクト」が行った調査によれば、こうした深夜居酒屋労働の担い手の多数が「地方出身の大学生」だった。
だが、深夜労働は学生の生活リズムを壊してしまう。居酒屋・深夜労働に従事する学生は翌日の大学の授業に集中しにくいなどの弊害が起こりやすい。
彼らは親元から離れて都市圏の大学に進学しているため、自宅通学以上に生活費を稼ぐ必要がある。また、親の目から離れるために、深夜労働ばかりに従事して学業がおろそかになっても、注意されにくい。
このような事情から、「深夜営業を地方出身の学生が担う」という構図が成立している。消費者にとってはありがたい深夜に安く営業する居酒屋も、「ブラックバイト」によって担われている側面があるのだ。
(3)個別指導塾
小売り、飲食と並んで学生アルバイトが多い業界が、個別指導塾である。個別指導塾はまず、従業員のほとんどが学生であることが多い。教室長や社員の講師はせいぜい2〜3人で、その他実際に生徒の授業を受け持ち、生徒の要望を聞き入れるのは学生アルバイトなのだ。このような構図の中で、自ずと学生の負担が増していく。
個別指導塾はこの15年間に急激に増加した。従来の「塾」といえば教室において集団で教えるものが基本だったのに対し、現在ではそれを上回るほど、個別粗動の業態は普及している。
その背後には、共働きやシングルの親世帯が増加したことが指摘されている彼らにとって、夜まで子どもを預かってくれる「場所」が貴重になっていることがある。
女性の社会進出やシングル世帯の増加によって、かつて「主婦」が教えていた家庭学習の市場化のニーズが高まっており、それに応えているのが個別指導塾だという側面があるとも言われている。
次の事例を見てもらいたい。
大学一年生の秋から、全国規模の大手個別指導塾でアルバイトを始めたAさん。始めは2人の生徒を担当することになり、担当科目も数学と理科に限られていた。
ところが、先輩のアルバイトが就職を前に、5人ほど一度に辞めていったため、彼らが担当していた生徒が残った講師に振り分けられることになり、Aさんの担当生徒は突然9人となった。
その上、その増えた生徒に対して、普段の授業だけでなく、それぞれのテスト対策のために休日に特別授業、夏期講習や冬期講習のカリキュラム作成などの業務も課せられるようになった。
さらには、生徒の1日の日程を書き出して指導したこともあった。夜何時に寝て、朝何時に起きて、何時にご飯を食べるのかを聞き出し、勉強していない時間があれば、「この時間、空いているよね」と指摘する。宿題など、生徒の提出物の管理もする。同じ学校の生徒にも聞いて、忘れている宿題がないかどうか、チェックリストまで作成するほどだ。なかなか勉強する気になってくれない生徒に「決められた日までに宿題はやること」「テレビを1時間見たら1時間勉強すること」などの約束事を羅列して印刷し、渡すこともあった。
これらは生徒の学校での評定を上げ、志望校合格につなげるためにAさんがやっていたれっきとした「仕事」である。ただ、Aさんとしては、自分はもはや塾講師ではなく、生活指導の教員のような感覚だったという。
学校の提出物の管理や、起床・就寝時間の指導などまで塾が行う。今や学生アルバイトの業務には、勉強や学力だけではない、「親としての業務」の部分的な肩代わりの要素も含まれている。
様々な生活領域が市場化されている
小売り、外食、個別指導塾でアルバイトが必要とされる構図を見てきた。一見してわかるのは、どれも消費者からのニーズに答えるために生み出された労働に、大学生が充当されているということだ。
24時間営業のコンビニ、土日も当然のように営業している飲食店を維持するには、膨大な低賃金・長時間のアルバイトが必要になる。このような過剰ともいえるサービスが、日々、日本の「消費者」によって求められ続けている。
また、個別指導塾の例に見られるように、それまでは家庭など「市場の外」で行われていたことが、社会状況の変化によって、市場化され、そこに学生アルバイトが雇われていることもわかる。
考えてみてほしい、残業がほとんどなく夕方の17時か18時に仕事を終える社会であれば、コンビニが24時間営業をこれほど求められたり、飲食店が夜遅くまで営業することを求められたりするだろうか。外食を利用しなくても、夕方に買い物をして、家庭で料理をしてゆっくりと食事をすることができるのではないか。
実際、EU諸国では、原則的に残業を含めて週48時間までしか働いてはいけないという規則があり、厳格に守られているが、それらの国では日曜日に開いている店はほとんどない。買い物は平日だけというのが当たり前になっている。
しかも、これらのサービスは長時間労働する人々にとって「便利」というだけではない。「便利」であると同時に、積極的に利用したくなるほど安い。それを可能にしているのが、ブラック労働だといっても過言ではないのである。
消費者に問われていること
確かに、商業・サービス業の発展で私たちの生活は格段に便利になった。今更それらのサービスを私たちの生活から取り去ることはできないだろう。
だからこそ、第一に消費者に求められていることは、意識を変え、「サービスの担い手」に思いをはせることだろう。
冒頭の温野菜の音声において、図らずも明らかになったように、私たちが日々受けているサービスの裏側にはブラックバイトに苦しむ学生がいるかもしれない。そうした、サービスの背景を知ること、情報を得て最良の選択をすることが必要だ。より労働条件に配慮した企業のサービスを選んでほしいし、「ブラックバイト」でトラブルを起こし、反省もしないような企業のサービスは選択しないでほしい。
もちろん、一度問題を起こしたとしても、適切に行政指導や団体交渉に対応し、労働環境を改善した企業は再評価されるべきだ。消費者には、企業が問題に「どう対処しているのか」を含めて見守り、改善をユニオンと共に促す社会の目線になってほしい。そうした目線は学生たちのユニオンを後押しし、彼らを支えることにつながるだろう。
これに加え第二に、消費者が自分自身の労働環境の改善を進めていくことが、実は、サービス業のブラック労働をなくす大切な方法である。すでに述べたように、無理のある労働社会で24時間のサービスや、子育ての肩代わりが、低賃金の大学生に求められているからだ。社会一般の労働改善とブラックバイトの改善は、連続しているのである。
最後になるが、アルバイトを含め身内が働いている労働条件で何か異変を感じたら、専門の相談窓口に相談してほしい(末尾の連絡先を参照)。あるいは本人に、相談窓口の連絡先を伝えてほしい。「温野菜」の被害学生も、ユニオンの窓口を母親から教えられたことがきっかけで、相談につながったということは、特に記憶してほしい。
ブラックバイト対策のノウハウがわかる本
*この本では、ブラックバイトの実態や対処法を余すところなく解説されている。
*この本では、とにかく簡単に、労働法の「使い方」を解説している。
無料労働相談窓口
NPO法人POSSE
03-6699-9359
soudan@npoposse.jp
http://www.npoposse.jp/
ブラックバイトユニオン
03-6804-7245
info@blackarbeit-union.com
http://blackarbeit-union.com/index.html
総合サポートユニオン
03-6804-7650
info@sougou-u.jp
http://sougou-u.jp/
*ブラック企業問題に対応している個人加盟ができる労働組合。
ブラック企業被害対策弁護団(全国)
03-3288-0112
http://black-taisaku-bengodan.jp/