英国だと一発で実刑という厳しさ 日航元副操縦士の飲酒事件が示した規制強化の必要性
英国の裁判所は、航空機の搭乗前に飲酒が発覚して逮捕された日本航空の元副操縦士に対し、禁錮10か月の実刑判決を下した。操縦はおろか操縦席にすら座っておらず、わが国では考えられないほどの厳しさだ。なぜかーー
【わが国の法規制はザル】
確かに、わが国の航空法にも、次のような規定がある。
「航空機乗組員は、酒精飲料…の影響により航空機の正常な運航ができないおそれがある間は、その航空業務を行ってはならない」(70条)
「酒精飲料」とは、要するにアルコール飲料のことだ。
この規定に違反して航空業務に従事した場合、最高で懲役1年の刑罰に処せられる。
しかし、航空法は、肝心の「航空業務」が何を意味するものかという点について、「航空機に乗り組んで行うその運航」などと、かなり限定的に定義している。
そうすると、いまだ航空機に乗らず、操縦席に座っていなければ、航空業務に従事する前の準備段階にすぎないから、規制の対象外となる。
酒を飲んだ後、車を運転しようと考え、駐車場までやってきたものの、酔い過ぎて運転できず、タクシーを拾って帰った場合、飲酒運転にならないのと同じ理屈だ。
しかも、「正常な運航ができないおそれ」とはどの程度の酔いを意味するのか、航空法のどこを見ても具体的な基準値に関する規定がない。
国土交通省の通達でも、搭乗8時間以内の飲酒を禁止するだけで、アルコール検知器の使用までは義務付けられていない。
検査方法や基準値などは各航空会社任せとなっているから、会社ごとにバラバラだ。
航空機の飲酒操縦が危険極まりないものであることなど言わずもがなの話であり、まさか高い倫理観を持つ操縦士らがそうした愚行に及ぶことなどないだろうと信頼してきたからだ。
この点、航空法では、たとえ法律違反に至っていなくても、職務を行うに当たって非行や重大な過失があった場合には、操縦士らのライセンスを取り消したり、航空業務の停止を命ずることができるとされているから、こうした行政処分によるペナルティは可能だ。
それでも、法律違反に当たるとして刑罰を科すことまではできない。
【英国の法規制は広範で明確】
これに対し、英国にも、航空機や鉄道、船舶といった大量輸送手段の安全運航に向け、様々な規制を定めた法律(「Railways and Transport Safety Act 2003」)がある。
航空機の場合、わが国と同様のアルコールに関する規制があり、違反者は最高で禁錮2年の刑罰に処せられる。
しかし、わが国と決定的に違うのが、航空機を操縦するといった直接的な運航業務だけでなく、これに付随する準備行為をも広く規制の対象としているという点だ。
また、酔いの程度についても、呼気や血液、尿の検査値ごとに明確な基準値が定められている。
これを超えていさえすれば規制対象であり、「酔ってはおらず、正常な運航ができると思っていた」といった本人の弁解など通らない仕組みだ。
例えば、呼気の場合、1リットル当たりのアルコール濃度が0.09mg以上であれば違反となる。
わが国における自動車の酒気帯び運転の場合、呼気1リットル当たりのアルコール濃度は0.15mg以上とされているから、英国の航空機に対する規制は更に厳しいものであると分かる。
たとえ操縦席に座る段階に至っていなくとも、航空機を操縦するために基準値を超える酔いの状態で空港にやってきた上で、搭乗のために航空会社の事務所で受付を済ませてしまえば、規制違反に及んだと評価されるというわけだ。
それこそ、日本航空の元副操縦士のように航空機に向かう専用バスに乗車までしていれば、完全にアウトだ。
【実刑に至った事情】
このように、もともと英国では飲酒に対する規制が厳格だ。
航空機や鉄道、船舶といった大量輸送手段の場合、ひとたび事故が起こると多くの死傷者を生み、凄惨な結果となるし、事故原因の解明も困難な場合が多い。
職業倫理への信頼といった抽象的なものではなく、厳しい刑罰を含めたあらゆる手段を尽くし、事故を未然に防ぐべきだ、といった考えが根底にあるわけだ。
判決を言い渡したのはロンドン西部の町にある刑事法院(Crown Court)だが、これも英国の裁判所の一つであり、正式起訴手続が行われた刑事事件の第一審などを管轄している。
裁判官1人で審理され、被告人が争った場合には12名の陪審員による陪審制で有罪・無罪の事実認定が行われるが、日本航空の元副操縦士のように有罪の答弁をすると、陪審を経ず、証拠調べも行わず、直ちに裁判官による量刑手続に移行する。
6月にも、搭乗前に基準値の9倍超のアルコールが検出され、飲酒が発覚して逮捕されたブリティッシュ・エアウェイズの操縦士に対し、禁錮8か月の実刑判決が下されていた。
日本航空の元副操縦士も、基準値の9倍超のアルコールが検出されており、酔いの影響で判断力が鈍り、操縦困難となり、乗客や乗務員を危険にさらすおそれが極めて高かった。
しかも、航空会社の事務所で呼気検査を受ける際、息を吹きかけないようにしたり、警察による再度の呼気検査の前に臭いを消す口中清涼液を使用するなどして隠ぺいを図ろうとし、血液検査まで受ける事態に至っている。
搭乗予定だった航空機も、元副操縦士の飲酒が原因で約1時間遅れの運航となっており、乗客らに与えた影響も大だ。
英国であれば、一発で実刑になるのもむしろ当然だった。
日本航空は、この有罪判決を踏まえ、懲戒解雇処分としている。
【求められる規制強化】
日本航空や全日空など航空各社は、独自の再発防止策を示している。
新型の検知器を導入したり、検査時に第三者の立会確認を義務化したり、搭乗前に飲酒を禁止する時間を引き伸ばしたり、飲酒可能な量を明確化するといったものだ。
国土交通省も、相次ぐ飲酒問題を受け、有識者による検討会を設置した。
アルコールについて明確な基準値を定めるとともに、「航空業務」の中に搭乗前の準備段階をも広く含めるなどし、英国並の規制強化を盛り込んだ早期の法改正が強く求められる。
相互監視の観点からは、他の操縦士らの飲酒に気づいたのに見て見ぬふりをしたり、容易に気づける状態だったのに不注意で気づけなかったといった場合にも、何らかの刑罰や行政処分を下せるようにすべきだろう。
飲酒が見過ごされ、航空事故が起こってしまってからでは遅いのだから。(了)