今テレビドラマに何が求められているか。汗臭くない松坂桃李主演に、堤幸彦が撮る『視覚探偵 日暮旅人』
楽しいご近所探偵ものと思わせて、次第にエグいドラマになっていきます
人気ミステリー小説を原作にした連ドラ『視覚探偵 日暮旅人』。視覚以外の感覚をすべて失っている主人公・旅人は、超人的な視覚を駆使して、事件を解決する。
第1話は11.2%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)。この時間帯で昨年放送された4作の初回視聴率を超える高さで、いわゆる好発進。演出をつとめる堤幸彦にこのドラマの勝算と、年のはじめ(28日は旧正月だった)、ものづくりに対して改めて考えることについて聞いた。
ーいまは何話を撮っているんですか(1月18日の完成披露試写のときに取材をした)。
堤「いま4話を撮っている最中です」
ー監督は何話分撮るんですか。
堤「9話中の5本で、1、2、4,8、9話です」
ー4話というと前半の大事な部分に?
堤「そうですね、旅人はなぜ旅人なのかが3話で明らかになり、4話で旅人はさらに進化します。というか、能力の秘密の片鱗が解き明かされます。一見、ほわっとしたご近所のトラブルを解決するドラマかと思うでしょう。たしかに2015年に放送されたスペシャルドラマではそれが強調されていたけれど、ラストシーンで少し印象が変わり、連ドラの1話を見て決定的に気づいたと思うけれど、それだけじゃないんです。実はとんでもない秘密が隠されたドラマで、連続ドラマではかなりえぐい秘密が明らかになっていき、前半と後半ではものすごく温度差があります。後半は社会の闇、巨悪が絡んできて、飽きることなくぐいぐいと引き込まれるおもしろいドラマになっていくと思いますよ」
ー原作には忠実なのですか。
堤「ある種忠実です。設定は踏襲して、細かいエピソードを加えています」
ー多部未華子さんが服の襟を引っ張って空気を入れる所作は原作にある動作ですか。
堤「カーッと血が上ると冷やすっていうのはオリジナルですね。台本に書いてありました(笑)」
ー監督のアイデアかと思いました。
堤「今回、台本がすでにとてもおもしろいので、僕はあまり加えていませんが、入れるとしたら、これだとすぐ気づいてもらえるものになっています」
ーいつもそうおっしゃいますが、結局そんなことなく、どの作品も監督のアイデアが炸裂している気がしますが(笑)。
堤「今回は見ればわかります(笑)」
ー『日暮旅人』はテンポがいつもの堤作品よりもゆったりして、見せ方がソフィスティケイテッドされているような印象を受けます。
堤「それは時代の要請ですよ。中身をガチガチに詰め込んで見せる時代もあったけれど、いまはそういう時代じゃないですからね。なにしろ、ながら視聴がほぼ常識で、スマホやパソコンを見てTweetしながらテレビを見ても、ストーリーがきちんと頭に入って、見続けられるソフトの強さがないとダメなわけでして」
ーノイズを入れることが得意な監督なのに。
堤「日曜の夜10時の、明日からまた仕事でつらいなと思っている時間帯に、ガガガビビビバーンッみたいなものちょっときついんじゃないですかね(笑)」
ー日曜の夜に明日もがんばろうという時間帯であると。
堤「ロイヤルミルクティーが似合うような(笑)。……いや、酒なのかな? いずれにしても、ソファで楽な姿勢でご覧いただけ、それでも面白い、それでもエグいところはしっかりエグい、そういうつくり方にしたいと思っています」
ー監督の良さを残しつつ、視聴者の新しい視聴スタイルにも寄り添いつつ、新たな表現が。
堤「できるといいですね」
ースペシャルドラマのとき、最後に、旅人と灯衣が見つめあう姿を見て、陽子(多部未華子)がそのあとツッコミみたいなものをされるものの「みんなやさしい世界が見たいのよ」みたいなことを言います。そういうことですか?
堤「うーん……殺伐としたものに慣れちゃっているというのもありますよね。刺激に慣れることはこわいですよね。そういう強いものが強いものとして受け入れられなくなっていることもこわいけれど、今回は、少なくとも、観ているひとたちから遠いドラマにしたくないんです。ドラマの舞台を錦糸町というどこからでもスカイツリーが見えるアットホームな街にしたことも、視聴者のご近所にもしかしたらこういひとたちがいたりしてって思わせたかったからで。雪路(濱田岳)みたいなひと、陽子さん(多部未華子)みたいなひと、いるいる、みたいな。あるある感にあふれた人々なんだけれど、いざ掘り起こすとそこに闇があった、みたいな。実際、リアルな人間生活においても見たまんまのひとなんかいないんですよね。いろいろ話を聞いて掘り起こすと、え、そうだったんですか! っていう意外な事実がたくさんある。でも意外な事実は当人にしてみれば意外でもなんでもなくて自分の人生そのものだったりしますから。そういう意味で、結局、ドラマの入り口は、誰しものご近所にいそうな、いるいるあるあるという人々のエピソードのつながりにしながら、彼がその実抱えているものはこわくてクールな社会の闇であって、個々の部屋のなかで凶悪なニュースを見ていることと一緒だという現代性みたいなところがこのドラマの大きなテーマです。だからこそ、とっかかりの人物描写は奇をてらわず自然体であればあるほどギャップも出せるんじゃないかな」
松坂桃李は汗臭くなく魂を感じさせる俳優
ー灯衣ちゃんがかわいらしいです。スペシャルのときも思ったんですが、監督、子供を撮るのうまいなあと。身近に小さいお子さんがいると違いますね。
堤「やっぱりそうですね、子供と毎日接していると、子供が何を楽しみ、何を喜ぶのか、また、子供はどんなふうに大人びるのかっていうようなことが、よくわかり、それは子役の演出には深くかかわってきているでしょうね。ただ、ほんとに最近の子役さんは天才的に上手で、その力に助けられているのも事実。住田萌乃さんは本当に天才です。いまのところ、彼女に、いわゆる子供的な演技をしてもらっていますが、今後、彼女の秘密が、それは闇の核心部分と繋がっているのですが、それが出てきたときにどんな表情をするかが楽しみで。少女は無の状態から家族や社会と関わって世界を広げ成長していくわけだけれど、その出自が、いま一緒にいる疑似家族(旅人や陽子)だけではないことがわかったとき、どうなってしまうのか……」
ー血の繋がってないお父さん旅人役の松坂さんはいかがですか。
堤「うまいし、なんといってもイケメンですね。いま、“松坂桃李現象”というものが起こっていると言っていいほど存在感に説得力がある。でも彼の最近の仕事の選び方は、人気者としての存在と逆行するようなものをあえて選んでいるようなところがあって。例えば、三浦大輔さんの舞台『娼年』や宮沢りえさん主演の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』、田口トモロヲ監督で多部さんが主演した映画『ピース・オブ・ケイクス』などを観ると、彼の役者魂というか、おれは甘えてないよっていう気迫が伝わってくるようです。それも汗臭くなく」
ー汗臭くないが大事。
堤「汗臭くがんばりを語る若手俳優はいっぱいいますが、彼の場合、ひじょうに自然体で、でも高いとこ目指すんですっていうのがちゃんと伝わってきます。『日暮旅人』には一面ではないものが要求されるので、そんな松坂くんのスピリッツに助けられています。ともに戦う同志と信頼していますね」
ー錦糸町を舞台に選んだわけを教えてください。
堤「原作では、旅人の探偵事務のある場所はおそらく新宿だと思うんですが、いまのご時世、街のクリーン化がすすんで新宿は水商売の方々が仕事しづらくなっているんですね。そこに代わる下町感、雑多なひとがたくさん住んでいる街を探したとき、大田区や杉並区という選択肢もあったなかで錦糸町に決めたわけは、なんといってもスカイツリーがどこからも見えることでした。東京の新しい風景の色合いが、今回のドラマには必要だったんです」
ーかつて、『池袋ウエストゲートパーク』で池袋の西口を魅力的に撮った監督が今度は錦糸町を。
堤「池袋は撮影し過ぎで怒られました(笑)」
ー錦糸町は大丈夫ですか。
堤「大丈夫です」
偏差値の高いドラマです(笑)
ーところで、今回の荻野哲弘プロデューサーは東大卒だそうですね(堤作品では大学ネタが小ネタのひとつ)。
堤「そうなんです、いままで京大卒の方(『SPEC』等のプロデューサー植田博樹、『トリック』脚本の蒔田光治)と仕事をすることが多かったので新鮮ですね(笑)。荻野さんは『東大』とはおっしゃらない、『僕、赤門で(出?)』とおっしゃるんですよ」
ー東大の方と京大の方は違いますか?
堤「僕が思うに、理論の東大、情念の京大ということでしょうか。ただ、それは、我々には想像もつかない、知的レベルのうえでの話ですから、幻魔大戦みたいなものですよ。しかも、5、7話の演出を担当する菅原さんも赤門ご出身なんですよ。偏差値合わせたら270くらいある(笑)」
ー東大的なドラマであると。
堤「明らかに特徴が出ていますよね」
ー東大ミステリー!(笑)
堤「東大ドラマです。というのは冗談ですが(東大卒は本当)、たしかにストーリーの緻密さは安心のクオリティーですよ」
ー今回の秘密兵器は何かありますか。
堤「毎週、え!っていう来週も観たいって思ってもらえる構成ですかね。事件が解決し楽しい錦糸町になるかと思いきや、え!っていう。この感じはかつてどこかで観たことがあると思ったら、昔好きだった海外のドラマシリーズの『宇宙家族ロビンソン』でした。毎回、最後の30秒くらいで、なんかへんなものが突然現れたり、窓の外に知らない宇宙人が立ってたりして、え!ってところで、SEE YOU NEXT WEEKとなるんです。これやべえな、観ざるをえないだろって思わせるのが巧い。『日暮旅人』もそのテイストで毎週楽しんでいただきたいと思います」
時代の変化のなかでつくりつづけるためには
ーそういえば、日テレは、伝統ある土9ドラマがなくなるんですね。
堤「土9でドラマを撮っていたのはもう大昔ですけれど、自分の出身地が消えちゃうみたいな、消滅可能性都市みたいな感じがしますね」
ー堤さんが撮っていたのは90年代です(『ポケベルな鳴らなくて』『金田一少年の事件簿』『サイコメトラーEIJI』『ぼくらの勇気 未満都市』『ハルモニアこの愛の涯て』『新・俺たちの旅路Ver .1999』など)
堤「ひじょうにお世話になった場所で、忘れがたき土曜9時ですが、時代の変化には逆らえないものなんでしょうね。これに限らず、ドラマ枠はなくなったり移動したりするものですから。とくにいまはテレビ以外のメディアも増えていて、そこで自問自答するのは、生き残る作品とはなんだろうってことですね」
ーメディアは増えていくなかで、それでもテレビドラマをやっていきたいですか。
堤「ぼくはまあ“ノンセクションの50”だけど(笑)、指名があればやりたいですよ。音楽の仕事を本業と思いながらテレビも仕事をやって40年経ちまして、業界には戦友もたくさんできたので」
ーわかるひとにしかわからないたとえ(ノンセクションの50)をありがとうございます(笑)。
堤「冗談はともかく、テレビドラマのヒットの法則というのもあるのだろうけれど、改めて思うのは、手を抜いては何も生まれないってことと、日本に生まれたDNAは裏切れないってことですよ。いまは、これからの10年に向かって新しいことを仕込んでいく時期だと思っていますが、常に、つくるものがこの世界と地続きでないといけないと肝に銘じているところです。『日暮旅人』も編集に入ってから気づいたことがあると追撮したり声だけ録り直したり、ギリギリまで粘って精度を高めています。旅人のちょっとした仕草も、何によってそうなっていて、彼になにが見えているのかなど、ひとつひとつ確認していかないと成立しなくなってしまう。それらがすべて後々ストーリーに生きてくるんです。つくるのはなかなか難しい作品だけれど、その分、面白いドラマですよ」
profile
Yukihiko Tsutsumi
1955年11月3日生まれ。愛知県出身。映画、テレビドラマ、音楽ビデオ、ドキュメンタリー等、手がける作品は多岐にわたる。95年、日本テレビ、土9ドラマ『金田一少年の事件簿』で独特の演出が注目され、以後、2000年代のテレビドラマを牽引していった。近年の主な作品にテレビドラマ『トリック』シリーズ、『SPEC』シリーズ、『ヤメゴク〜ヤクザやめていただきます〜』、『視覚探偵 日暮旅人』、『刑事バレリーノ』、ドキュメンタリー『Kesennuma,Voices.東日本大震災復興特別企画~堤幸彦の記録~』、映画『20世紀少年』三部作(08〜09年)、『BECK』(10年)、『MY HOUSE』(12年)、『くちづけ』(13年)、劇場版『SPEC』シリーズ(12〜13年)、『悼む人』(15年)、『イニシエーション・ラブ』(15年)、『天空の蜂』(15年)、『真田十勇士』(16年)、『RANMARU 神の舌を持つ男』(16年)など、舞台『テンペスト』、『悼む人』、『真田十勇士』、『スタンド・バイ・ユー〜家庭内再婚〜』など。
日曜ドラマ『視覚探偵日暮旅人』(日本テレビ 日よる10時30分)
原作:山口幸三郎『探偵・日暮旅人』シリーズ メディアワークス文庫(KADOKAWA刊)
脚本:福原充則
演出:堤幸彦 ほか
出演:松坂桃李 多部未華子 濱田岳 木南晴夏 住田萌乃 和田聰宏 /上田竜也 シシド・カフカ/木野花 北大路欣也 ほか