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怪しい医療情報に惑わされないための基礎知識。個人の体験談はなぜ誤解をさせるのか?

大須賀覚がん研究者
(提供:Hisa_Nishiya/イメージマート)

ネットには、「〇〇を食べたらアトピーが治った」「〇〇をしたら癌が治った」のような個人の体験談に基づく医療情報があふれています。

これらは、実際に体験した人の感想ですから、一見すると信頼できそうと思う人もいらっしゃいます。しかし、医療の世界では、これらは不正確で誤解を招くことが多いと知られています。なぜでしょうか?

これを理解する鍵は、「人と家電の違いを知ること」にあります。

どういうことかを、がん治療を例にして、丁寧に解説したいと思います。この基礎知識を身につけると、不正確な医療情報に惑わされにくくなると思います。

ネットにあふれる個人の体験談

ネットのがん治療についての書き込みをみると、以下のようなものがみられます。

「余命半年と言われたのに、この食品を食べたら2年も生きた。あれはすごい」

「友人が抗がん剤治療を受けて、たった2ヶ月で亡くなった。あれはひどい」

これらの体験談を聞いて、どう思いましたか?

嘘ではなく、実体験を伝えているならば、具体的な数字も出ているから、ある程度は正しいかもと感じたかもしれません。実際に、このような書き込みを見て、その食品を試してみたり、抗がん剤治療を止めてしまう患者さんがいらっしゃいます。

それは正しい判断でしょうか?

多くの場合は誤解をしています。なぜなら、このような1例のデータや、少数のデータは全体の結果を反映していないからです。

実際のデータでみる「治療効果」

がんの治療成績とはどのようなものか、ここに一つの例を示して解説します。

ここに載せたグラフは、進行した非小細胞肺癌(肺癌の一つ)の患者に対して、新薬(オプジーボ)と過去の治療薬(ドセタキセル)の効果を比較した研究の結果です。結果は、新薬オプジーボが大変に効くというのがわかった時のデータです。

ちなみに、この新薬として登場しているオプジーボは多くのがん種に劇的な効果を示して、その功績から京都大学の本庶佑先生にノーベル賞が授与されています。まさにノーベル賞級の効果があった薬ということになります。では、その効果はどのようなものだったのでしょうか?

N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 著者が一部改変(日本語訳追記)
N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 著者が一部改変(日本語訳追記)

このグラフはオプジーボ群(青線)とドセタキセル群(緑線)の治療成績を比較しています。このグラフの見方ですが、縦軸が生存されている患者さんの割合を示しています。それに対して横軸は治療開始からの月数です。最初の0ヶ月の時点では100%の患者さんが生存されています。月が経つにつれて徐々に線が下に落ちているのは、この時点で亡くなられた人がいることを意味しています。

オプジーボ群は12ヶ月の時点で42%の人が生存しているのに対して、ドセタキセル群は24%のみです。2年近く経過した時点でも、オプジーボ群は30%近く生存していますが、ドセタキセル群は10%のみです。このことより高い有効性が証明されたということになります。

同じ治療でも成績は大きくばらける

ここから本題です。先ほどのグラフの赤い矢印の部分に注目をしてください。

N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 著者が一部改変(日本語訳追記)
N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 著者が一部改変(日本語訳追記)

治療効果があったオプジーボ群でも、40%近くの方は最初の6ヶ月で亡くなられています。最初から最後までのどの期間でも、亡くなられた人がいて、どこかに死亡が集中しているわけではありません。ドセタキセル群の方が早くに多くの人が亡くなられていますが、効果の低いこちらの治療でも、逆に10%の人は2年経っても生存されています。

このデータのように、同じ病気の患者さんを、同じ方法で治療した場合でも、その生存期間には大きなばらつきがでます。なぜかというと、医療の治療成績は多数の因子によって決まるものだからです。

治療成績を決める多数の因子

この生存という結果に影響を与える因子は薬だけではありません。

そもそも人自身が複雑な個体で、大きな個人差があります。年齢・性別・体格・体力・性格が異なります。また、どのような持病があるかも違います。それぞれの日常の行動も異なり、運動をよくしているか、どのような食事を食べるかなど、様々な要素が違います。そして、それらの要素が微妙に治療効果に影響を及ぼしていきます。

また実は、病気自体も均一ではありません。同じ名前のがんでも、治療開始時の大きさ・肺で発生した位置も違います。増殖の速さ・治療への反応性・転移しやすいかなども、個人個人ので少しずつの違いがあります。そちらも治療効果に影響を及ぼします。

つまり、この生存期間という結果は、X1・X2・X3・X4・X5・・・・・X100・・・という多数の因子の結果として起こっています。だから、これほどまでの個人差があることになります。

特殊例の強調は誤解を招く

そのため、同じ治療を、同じ病気の患者さん達に対して行っても、必ず大きなばらつきがでて、すごく長く生存される方もいるし、残念ながら早くに亡くなられる方もでてきます。

そこで起こるのが、特殊な一例を取り上げた際の誤解です。例えば赤丸がついている患者さんを取り上げたとします。

N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 一部改変(日本語訳追記)
N Engl J Med, 373, 2, 123, 2015.より引用 一部改変(日本語訳追記)

この上の図ではドセタキセルの方が効かないわけですが、図の1例を取り出して、

「ドセタキセルを使って、2年経過時点で元気に生きている。この治療はすごい」

「オプジーボを投与しても3ヶ月で亡くなったので、あの治療は効かない」

と言ったら嘘を言っているわけではないですが、ノーベル賞級の治療が全く効かないように誤解させることになります。

複雑なデータ分布をする治療成績では、全体を反映する患者ではなくて、自分の都合に合う一例を紹介したり、少数例の成績を取り上げると、簡単に誤解させることになります。

もし、真ん中に位置する平均的な患者を取り上げれば、だいたい合っていることにはなります。しかし、宣伝というのは常に効果があるように見せたかったり、逆に商売敵の治療が効かないように伝えたかったりという”意図”が入ってきます。そのため、多くの宣伝では極端なケースが取り上げられて、誤解を招くことになります。

一般の人が思うデータ分布とのギャップ

このような宣伝に誤解させられる原因の一つは、一般の人が頭の中で描いている曲線が、実際のものと大きく異なっているからです。

模式図。著者作成
模式図。著者作成

一般の方が考えるのは多くの人が同じタイミングで亡くなられるようなグラフです。個人個人で大きな違いがないものを想像します。そのため、一人の患者が2年生存できたと言われると、このタイミングまでかなりの人が生存できたと感じてしまいます。そこで誤解が生まれます。

分かりやすく言うと、人を家電製品と同じように考えてしまったのが問題です。

例えば、A社の携帯電話は電源が3日持ったのに、B社は1日しか持たなかったら、それは1個の製品を比べたものでも、結構正確に性能を評価していたりします。なぜなら、電化製品は個体差が極めて少なくできているから、得られるデータが比較的一定だからです。

人は工業製品ではなく、それぞれが大きな違いを持った複雑な個体です。家電と同じような考え方を医療に持ち込むと、間違えてしまうということになります。また、その誤解をわざとついてくる宣伝もみられます。

十分な効果があるという結論を得るには?

では、その複雑な分布をする治療成績を正確に評価するためにはどうしたらよいでしょうか?

一般的なやり方は、まず治療結果に影響を与えると想定できる因子(年齢・性別・体力・持病など)を、できるだけ同じにした2群を用意します。また、それぞれの群に含まれる患者の数を百例以上などの十分な数にして、ばらつきがあっても十分に差が見えるようにします。

そして、上のグラフで得られたような2つ線が大きく右にシフトして、どの時期でも多くの生存率を得ている良い成績になっていることを確認することになります。実際の証明には、見た目ではなくて、様々な統計的な計算をする必要があるのですが、今回は話が難しくなるので、そこは割愛します。

実は、このような複雑なデータ分布をして、数百人規模の検討が必要なのは、がんだけではなく、ほとんどの病気がそうです。医療は人を対象としているため、極めてシンプルなグラフになることは珍しいです。そのため、アトピーでも、糖尿病でも、新型コロナでも、何かの治療が効くかを正確に評価するには数百例以上の検討が必要となります。

個別例が強調されている宣伝は疑うべき

ここまで読んでくださった方は、最初に紹介した「〇〇を食べたらアトピーが治った」「〇〇をやめたら癌が治った」がいかに危うい話かが理解できたと思います。

ネットにはこのような情報が溢れています。多くが極端な個人を紹介していることが多く、誤解を招きます。その中には誇張や嘘で、さらに実際とはかけ離れた話にしているものまであります。

「個人の体験談だけでは信頼できない。数百人規模で比較したデータがあるのか?」という視点で医療情報をみてください。そうすると怪しい医療情報に騙されにくくなると思います。

ただ、誤解して欲しくないことを一つ付け加えさせてください。患者個人の感想や体験が大事ではないと言っているのではありません。たとえ一例でも、極端なケースを扱うのではなくて、平均的な患者の事実を伝えているのであれば、十分に参考になります。同じ病気を持つ人からの体験のシェアというのは、時には患者さんの支えになるものです。ただ、情報を提供する側もされる側も、極端な例の紹介になっていないかに注意をして欲しいと思います。

知識武装して医療情報の荒波を乗り越えましょう

「人と家電は違う」の意味がわかったでしょうか?なぜ「患者の経験談」は誤解を招くのかについて解説しました。

現代は不正確な医療情報があふれています。新型コロナに関してもそうです。ぜひ、知識武装して、「それは極端な例を強調しているだけではないか」という目で見て、簡単に騙されないように注意をしてもらいたいと思います。

がん研究者

がん研究者 / アラバマ大学バーミンハム校助教授。筑波大学医学専門学群卒。卒後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面して、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。Twitter (フォロワー4万人)。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。わかりやすくて、温かい、がん情報を発信していきます。

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