がんは他の人にうつるのか?
がん患者さんと一緒に暮らしていたり、頻繁に接していると、がんがうつってしまうのではと、少し気にされている方がたまにいます。がんはウイルス感染からもできると言うし、何だか得体が知れないものだから、うつるのではと心配になるお気持ちもわかります。
実際に、がん患者さんのパートナーやご家族が、この心配が足かせとなって、今までと同じ接し方をできなくなることもあります。
そのようなことがなくなるように、今回は「がんは他の人にうつるのか?」について解説したいと思います。
がんは他人にはうつらない
まず、結論から書きますと、がん細胞が他人にうつって、がんになってしまうことはありません。ごく一部の特殊な場合を除いて、そんなことは起こりません。特殊な状況が何かについては後述しますが、基本的にはうつらないと理解してもらって大丈夫です。
例えば、患者さんの皮膚がんに触れてしまって、それがたまたま何かを介して、傷口に入ってしまう事態がおこっても、それでがんになることはまずありません。何千人ものがん患者さんを介護してきた看護師にも、がんがうつることは起こっていません。
がん細胞は活発に増殖して、他臓器に転移もするので、他人の体内に入って増えそうですが、がん細胞はなぜ増えないのでしょうか?
その理由は主に二つあって、
「がん細胞は体外ではとても弱い」
「免疫が他人のがん細胞を殺してくれる」
からです。
がん細胞は弱い?
がん細胞はなかなか殺せないものですので、とても強いというイメージを持たれている方が多いと思います。たしかに患者の体内では強くて、殺すのには難渋します。しかし、がん細胞は体の外にでると、実はとても弱いです。日常環境で生きていくことは全くできません。
私はがん研究のために、がん患者さんから採取したがん細胞を、体外で培養して維持していますが、これにはたくさんの準備が必要になっています。
培養液と呼ばれる栄養たっぷりの液体の中に入れて、さらに培養装置内で、湿度・温度・二酸化炭素濃度などをしっかりと整えた環境を用意してあげないと、がん細胞は生きていけません。
そのため、たとえ患者さんのがん細胞が机やドアノブなどに付着しても、乾燥して栄養素もないところではすぐに死んでしまいます。そのため、体外に出たものが生きて他人の体内に入るということは基本的に起こりにくいです。
他人にうつるものとしてはウイルスが有名です。実は、ウイルスは細胞とは異なる能力を持っていて、過酷な環境でも生き残ることができます。そのため、一度体外に出ても、生き残って、その後に人の体内に入ることで感染をさせます。それに対して、細胞にはウイルスが持つような能力を持ち合わせていないので、体外では簡単には生き残れません。
免疫細胞は他人の細胞を殺す
また、人の体には免疫と呼ばれる機能があって、ばい菌などの外敵が侵入すると、攻撃して破壊する仕組みが存在します。この免疫によっても、他人のがん細胞は破壊されます。
がん細胞は患者さんの正常な細胞に遺伝子変異が入って起こります。そのため、そのがん細胞自体は患者さん自身の細胞なので、患者さんの体内では異物としては認識されにくく、殺されずに増殖していきます。しかし、他人のがん細胞が身体の中に入った場合は、明らかに他人の細胞で、明確な異物なので、免疫細胞は激しく攻撃して、がん細胞をすぐに排除します。
免疫システムに守られているため、他人のがん細胞が体内に入っても、容易に殺されるので、他人のがんがうつることは起こらないようになっています。
特殊な状況とは?
最初に説明した際に、特殊な状況をのぞいて、がんはうつらないと言いましたが、ではその特殊な状況とはなんでしょうか?それは、免疫が著しく低下している人の体内に、生きたがん細胞が入ってしまうという状況です。
免疫の著しい低下とは、臓器移植後や自己免疫疾患などで、免疫を抑制する薬を飲んでいる場合や、HIVなどで著しい免疫低下を起こす病気がある場合などです。これらの状況では、通常の感染症に対する防御も低下するばかりではなく、他人の細胞が間違えて入ってしまった際に、殺す力も落ちているため、腫瘍ができてしまう恐れがあります。
「じゃ、すごく疲れて免疫が落ちたら、うつってしまうの?」と心配する方もいるかもしれませんが、ここで言っている著しい免疫低下というのは病的なレベルのものです。それなので、疲れて免疫力が落ちてとかそういうレベルのものではなく、通常の方がその状態になることはまずあり得ません。
あと、がん細胞が生きたまま入ってしまうという特殊状況とは何かですが、それは臓器移植や輸血になります。これらでは、体に入れる臓器や血液を守るために、細胞が生き残れる環境を整えています。そのため、がん細胞は臓器内や、輸血溶液内では生き残れます。それが誤って免疫抑制状態の人に入ってしまうと起こりうることがあります。
ただ、そのようなリスクがあることはあらかじめ医療者は知っていますので、がん患者さんは臓器や輸血の提供は基本的にできないようになっていますし、事前に検査もされていますので、そのリスクはとても低く抑えられています。
他にも特殊な状況というのはいくつかはあるのですが、とても稀なので、今回は紙面の都合で詳しくは解説致しません。基本的には、がんが他人にうつることはほとんど起こらないという理解で大丈夫です。
ウイルスは伝播してしまう
がんは他人にはうつりませんが、一つ注意して欲しいのはがんの原因となるウイルスは他人にうつってしまいます。
がんの一部はウイルスが原因で起こります。例えば、C型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス、エプスタイン・バー・ウイルスなどは感染を起こして、その後にがんをひき起こす可能性があります。しかし、これはがん患者に限ったことではなくて、一般の方を含めてこの感染症は伝播します。
もし、がん患者さんが何らかの感染性ウイルスに罹患していて、他人への感染に注意をするようにと医者に言われた場合には、感染予防をしてもらいたいと思います。また、これらのウイルスの一部に対しては、有効なワクチンや治療薬がすでに開発されていますので、それらを使うことによって、感染予防することができます。
がん細胞自体はうつりませんがウイルスはうつることがありますので注意をしてください。
安心して接してください
今回解説した通りで、がんは他人にうつることは基本的にありません。それなので、がん患者さんに触ったり、握手したり、その人の着た衣類を触っても全く問題ありません。また、がん患者さんのパートナーの方は、キスしたり、セックスしたりすることも遠慮しなくて大丈夫です。
ただ、がん自体がうつることはありませんが、新型コロナ感染などの感染症がうつる可能性はあります。特に、がん患者が抗がん剤治療中などで、免疫力が低下している時には、感染症をうつさないための注意が必要です。その点にはご配慮いただければと思います。
がん患者さんと一緒に時を過ごすことは、きっとがん患者さんの励みになると思います。病気を正しく理解して、心配せずに、安心して一緒に大事な時間を共有してもらえればと思います。
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