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「抗がん剤は米国で使われていない?」「WHOは禁止してる?」命を奪うデマに注意を

大須賀覚がん研究者
(写真:イメージマート)

「がん治療」についてのデマがネットには広がっています。その中に「抗がん剤は効かないから、米国では使われていない」「WHO(世界保健機関)は抗がん剤使用を禁止してる」「抗がん剤治療を未だにしているのは日本だけ」というのがあります。

この話はネットを中心に広がっていて、YouTube動画や書籍などにも登場します。そのため、患者さんから「この話は本当でしょうか?」と質問を受けることもしばしばあります。実際に、この話を信じて抗がん剤治療をやめてしまったという患者さんまでいます。

命を奪いかねない危険なデマですので、本当の事実はどうなのかを解説します。

抗がん剤とは何か?

まず、抗がん剤とは何かという話から始めます。抗がん剤とは一般的にがん細胞を殺す目的で使われる薬の総称です。その中には、細胞障害性薬、分子標的薬、ホルモン剤、免疫チェックポイント阻害剤など、いろいろな種類の薬が含まれます。古いものは何十年も前から使われているものもあるし、近年に開発された新しい薬もあります。

医療者の中には細胞障害性薬のみを抗がん剤と呼ぶ方もいます。しかし、一般の方は細かな区別をせずに、がんに使う薬全般を抗がん剤と呼ぶことが多いので、今回はがんに使う全ての薬を含めて、抗がん剤と呼んで解説を進めていきます。

米国で抗がん剤は大量に使われている

抗がん剤は米国で使われていないのでしょうか?もちろん、そんなことはありません。私はアメリカでがん研究をしていますので、実際の現場にも関わっていますが、もちろん多数のがん患者さんが抗がん剤を使用して治療を行なっています。

「米国で使われていない」は完全なデマです。抗がん剤は大量に使われています。

証拠としてデータを一つお示しします。

データソース:https://www.drugdiscoverytrends.com/50-of-2021s-best-selling-pharmaceuticals/
データソース:https://www.drugdiscoverytrends.com/50-of-2021s-best-selling-pharmaceuticals/

これは2021年度の米国における薬の売り上げ額トップ8です。トップ8のうちの3つが抗がん剤です。新型コロナワクチンが上位を占める中、3つの抗がん剤が上位に入っています。この事実から見ても、抗がん剤が米国で大変に良く使われる薬であることがわかると思います。

WHOは抗がん剤を推奨している

WHOは抗がん剤を禁止しているのでしょうか?結論から言うと、WHOは禁止などしていません。WHOのがん治療に対しての見解は、こちらのWHOサイトに明確に示されています。

「がん治療は、手術、抗がん剤、放射線治療があり、単独または組み合わせて行われます。」と解説されていて、抗がん剤治療を軸として治療を行うべきと明記されています。

また、WHOは世界各国の医療がスムーズに進むように、膨大な数がある医薬品の中から、用意すべき必須薬をリストアップするという作業をしています。最新の必須薬リストの中には、60以上の抗がん剤を必須薬としてあげています。リストはこちらのWHOサイトで見られます。

WHOは抗がん剤を禁止するどころか、むしろ抗がん剤治療を強く推奨しています。抗がん剤を使って、がんから命を守りましょうと言っています。

抗がん剤は進歩している

抗がん剤に悪いイメージを持たれている方は結構います。たしかに、何十年も前の抗がん剤は効果も低く、副作用も強かったため、その時代の悪い印象が残っているのだと思います。それも今回紹介したようなデマが広がる背景にあると推測します。

しかし、時代は変化しています。効果的な抗がん剤がドンドン登場していて、また副作用もかなり軽減されるようになりました。そのため、何十年も前と今とでは状況は大きく変わっています。

一つの図をご紹介させてもらいます。これは進行したメラノーマ(皮膚の癌)への抗がん剤がどう進歩してきたかを示した概略図です。European Journal of Cancerという雑誌に掲載された論文から引用しています。この図では過去から現在、そして未来へと、抗がん剤が進化した歴史が示されています。この図では、各種治療薬を開始してからの生存率が示されています。

Eur J Cancer. 2017, 81:116-129.から引用。日本語訳追記
Eur J Cancer. 2017, 81:116-129.から引用。日本語訳追記

一番古いタイプの細胞障害性薬や分子標的薬では、3年以上経過時に約10%ほどの患者さんしか生存していません。しかし、免疫チェックポイント阻害剤のCTLA-4阻害剤を使うと20%近く、免疫チェックポイント阻害剤のPD-1阻害剤を使うと30%と改善し、その両方を併用すると60%近い患者さんが生存しています。今後、さらにもう一剤を加えられればさらに高まることが期待されています。

この進行メラノーマの例のように、かつては90%近い患者さんがすぐに亡くなっていたのに、半分以上が長期生存できるようになったということも起こっています。

近年、抗がん剤は大変に進歩しています。このような事実があるため、抗がん剤は日本のみならず全世界で使われています。

命を奪うデマが広がっていることを知りましょう

最初に紹介した「WHOは抗がん剤使用を禁止していて、米国でも使われていない」という話は完全なデマです。このデマは高額な未承認治療や民間療法を紹介するサイトで使われていたりします。

このデマなどを見て、抗がん剤治療を実際にやめてしまい、がんが著しく進行してしまい、手遅れになってしまうという患者さんも実際にいらっしゃいます。がんを専門にする医師の多くがそのような患者さんに出会っています。

本当に悔しくて、悲しい現実です。

そのような不幸が少しでも減ってくれればと思い、この記事を書いています。このような命を奪うデマが広がっていることを知ってもらい、本当に注意をしてもらいたいと思います。

大事な判断は専門の医療者と行なって下さい

今回は抗がん剤の話をしてきました。抗がん剤は確かに進歩してきています。では、完璧な薬かというと、残念ながらまだまだ改良が必要です。副作用を伴うこともあるし、がんの種類によっては効果が十分に得られないこともあります。それも間違いのない事実です。

しかし、説明してきたように、抗がん剤で恩恵を受けられる患者さんが確実に増えているのも事実です。不正確な話で完全否定をするのではなく、抗がん剤を使って、がんにうまく立ち向かえないかを医師と一緒に考えて欲しいと思います。

抗がん剤と言っているものにも膨大な種類がありますし、どのがんにはどれを使うかも大変に複雑で、一般の人が判断するのは困難です。ぜひ、専門家の知識をうまく活用してもらいたいと思います。

出所不明な情報を安易に信じるのではなく、大事な治療の判断は専門の医療者に相談して決めてもらいたいです。日本では保険がきくがん治療(標準治療)を行なっている病院の医師・看護師・薬剤師等に相談をすることが大切です。もし、ネットで調べる場合には、国立がん研究センターのがん情報サービスなどの信頼性の高い情報を利用してもらいたいです。

不幸な思いをする患者さんが少しでも減るようにと心から願っています。

がん研究者

がん研究者 / アラバマ大学バーミンハム校助教授。筑波大学医学専門学群卒。卒後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面して、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。Twitter (フォロワー4万人)。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。わかりやすくて、温かい、がん情報を発信していきます。

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