便利で自由なのに寂しくて不安な時代。「わが町」と「コミュニティ」を見直す
新幹線は北海道まで延び、数千円で海外にも行ける時代である。ネットで世界中の人とほぼ無料で気軽につながれる。お金と電気水道さえあれば、たいていの場所には住むことができる。
だけどこの寂しさと不安は何だろう。どこにでも行けるし、選択肢は無限にあると思えば思うほど、自分が捉えどころのない存在になっていく気がする。
自由だけどフワフワと漂い薄くなっていく自分をつなぎとめてくれるのは、家族・親族、地域共同体、会社に代表されるコミュニティである。能力に応じて貢献する義務と容易には抜け出せないしがらみがあるだけに、包み込まれるような安心感を覚える。いや、所属している間は安心感の自覚すらない。コミュニティから離れてしまったときに、自分がいかに依存していたのかを痛感する。
家の縛りが希薄になり、生まれ育った場所で働き続けることは難しく、転職も当たり前になった現代。コミュニティの崩壊が指摘されて久しい。「全国各地の友人知人とネットでつながっていれば寂しくない。買い物もネットで済ませる。電車か車でたまに遠出ができればOK」という人がいるかもしれないが、人間の心身はそこまでバーチャルになれるとは思えない。実際の衣食住は「今・ここ」で行われていて、お互いに手を伸ばせば触れることができる範囲で支え合いながら暮らしているのだ。会社から帰って寝るだけの場所では本当の意味で安らぐことはできない。
筆者は4年ほど前に東京から愛知県の蒲郡(がまごおり)市に引っ越して来た。妻の地元は車で30分ほどのところにあるが、筆者は縁もゆかりもない場所だし、そもそも車の運転が苦手なので「近い」とは思えない。筆者が「暮らしている」と実感するのは、蒲郡駅前の自宅から徒歩20分ぐらいの範囲である。
蒲郡駅前は典型的な地方のさびれた商店街ではあるが、住んでいると良き飲食店や食品スーパーが見つかった。かかりつけの病院や美容室もできた。行きつけのコーヒーショップでは気の合う同世代と出会えた。
都会のように選択肢が多くない分だけ、一つひとつとの関係を大事にできるとも感じている。気がついたら好きな店が閉店していた、なんてことは悲しすぎるので、あまり間をおかずに通っている。「地元」の友だちは歩いて我が家に遊びに来てくれる。
蒲郡駅から徒歩20分圏内。これこそが筆者にとっての「わが町」であり、コミュニティなのだ。感謝と愛情を表現するために、「蒲郡偏愛地図」と称してB4紙を四つ折りしただけのフリーペーパーを年1ペースで勝手に作って配布している。デザインや執筆の協力者と取材先はすべてコミュニティの範囲内。発行部数は1000部のみ。学級新聞ぐらいの感覚である。
現在、市町村合併によって地方自治体の規模はどこも拡大しているが、その全域に地元意識を持てる人などはいないと思う。どのコミュニティにも所属していないという潜在的な不安があるからこそ、何か問題に直面すると、国家や民族といった「やたらに大きなもの」に自我を委ねてしまう。
日常生活を人間らしく暮らすためには、日本政府よりも身近なコミュニティのほうがはるかに重要だ。ネット、テレビ、車、電車の便利な4道具から離れてみると、自分がいま暮らしている場所がリアルに見えてくる。まずは最寄りの図書館に行き、帰りがけに地元の喫茶店に寄ることから始めてみよう。