有権者が求める「無限の透明性」にどこまで政治家は応えるべきか
有権者が求める無限の透明性
昨日の岸田文雄首相による「宛名が白紙や但し書き未記載の領収書」報道はYahoo!ニュース内でも非常に多くの反応が見られた。「政治とカネ」の問題で岸田内閣が揺れるなか、特にYahoo!ニュースのコメント欄には有権者が政治資金に関してさらなる透明化を求める声があふれ、有権者の不信が募っている様子がみてとれた。
政治が清廉であるべきという考えは基本的に間違ってなく、「政治とカネ」の問題が支持率の低下に直結している昨今の日本政治において、政治家が説明責任をおうことに疑う余地はない。特に有権者は政治家を選んだことで「無限の透明性」を求めがちであり、それ自体を責めることはできないだろう。まずは週後半にかけて岸田首相(ないしは岸田事務所)がどのように説明をするのか、注視したい。
ところで、現行制度である公職選挙法や政治資金規正法は、その文言の解釈によって、どうしても解釈の幅があるケースもあり、今回の報道でもそのようなケースが一部みられた。さらに、今回の報道に関するSNS上での指摘などを筆者がみている限り、無限の透明性を求めるあまりに、明らかに誤りである指摘もいくつかあったので、解説していく。
●指摘● 資金の出どころは税金なのだから透明化すべき?
今回岸田首相で問題になったのは、2021年の衆議院議員総選挙における岸田候補の選挙運動収支報告書であり、個人の選挙運動にかかる収支報告だ。個人の選挙運動費用については、あくまで個人の選挙運動であるために、収入として寄付(自らによるものを含む)や借入金などで賄うこととなり、税金が直接投入されることはない。また、選挙にかかる印刷物などの費用の一部を国が直接支払う公費負担制度というものはあり、これは直接税金が投入されるが、公費負担制度の利用にあたっては請求書のほか請求明細書、契約書の複写、確認書(納品を確認したことを証明する書類)なども提出することとなっており、選挙運動収支報告書に添付する領収書よりも数段厳しいチェックがなされる。
むしろこの指摘に対して、「資金の出どころが税金でなくても透明化すべき」というのが正しいのだろう。例えば資金の出どころが政治の利害関係者であったり、特定の法人や個人から多額であることなどを明らかにすることもまた、透明化の目的だからだ。税金でなければ透明化する必要がないか、という風に考えれば答えは自ずと明らかである。
なお、政治団体の政治活動の支出の一つで、政党支部が支払う「政党交付金」はまさに税金が原資だが、政党交付金は使途目的として飲食に使えないなどの制限があるほか、より細かい収支報告が求められる点において、一段深い透明化が現行法制でもなされている。
●指摘● 食事の領収書であれば相手方の氏名を書くべき?
「民間の感覚では、食事の領収書であれば相手方の氏名なども書くべき」との指摘もあった。これは、法人などが支払った飲食等にかかる費用を交際費とみなすかどうか(交際費算入/不算入)に関する国税庁の通達(「交際費等の範囲と損金不算入額の計算(国税庁HP)」)をもとに、一般法人の経理などで行われている慣習を指すと思われる。
しかし、選挙運動収支報告書の目的は納税ではなく透明性であり、会議費か交際費かを問われることはない。さらに言えば、情報公開請求などにより領収書が公開されることが法人と候補者の大きな差異であり、例えば相手方の氏名を(特に相手方の承諾なく)領収書にメモとして記載すれば、それが一般に公開された際にプライバシーなどの問題になることは明らかである。黒塗り処理で公開すれば「黒塗りだ」との指摘を受けることも明らかで、「食事の領収書であれば相手方の氏名なども書くべき」という慣習は、政治団体や選挙運動の収支報告における領収書添付にはそぐわないだろう。
●指摘● 印紙が貼っていない領収書は印紙税法違反である?
印紙を貼らないといけない金額の領収書の場合、印紙が貼っていなければ印紙税法違反の疑いが出ることは明らかだろう。
ただし、週刊文春オンラインに掲載されていた領収書の画像からは、「印紙を貼らないといけない金額の領収書」とされる金額以上の領収書は1枚しかなく、その領収書には印紙が貼られていた。また、印紙が貼っていない領収書がすべて印紙税法違反かと言われれば、オンラインで発行された領収書を印刷して添付している場合や、印紙税申告納付の書式表示による納付など、必ずしも違反とは言えないケースがあることにも注意が必要だ。
もっとも、これらの「印紙が貼っていない領収書は印紙税法違反」という指摘は、領収書を発行した法人や商店にかかる問題であり、(印紙を貼る対象であることを指摘する道義的な責任はあるかもしれないが)候補者側の責任というには無理があるだろう。
●指摘● 領収書の宛名を書いてくれないのであれば、その場で指摘すべき?
領収書の宛名を書いていただけなかった場合、その場でお願いして書いてもらうべきという指摘は、正しい。実際にコンビニエンスストアなど、何も言わなければ空白の宛名の領収書を渡してくる店舗も実態としては多く、この点は丁寧に説明をして宛名を書いてもらう努力は必要だろう。
しかしながら、選挙の実務的にはなかなかそうもいかないケースがある。例えば、コインパーキングやパーキングチケット、タクシーのレシートなどだ。これらはその場で領収書こそ発行されるが、レシート形式のものであって、日付や目的(「駐車料」)などは記載されているものの、宛名は記載されていない。仮にここに手書きで自ら宛名を書いてしまっては、「文書偽造」との指摘を受けることになる。おそらく選挙事務所のなかにはそのまま宛名なしとして領収書を添付しているところもあるだろう。厳密に言えば、宛名がない領収書ということであれば、(具備要件を満たした領収書ではなかったとして)一つ一つの支払いについて「領収書等を徴し難い事情があった支出の明細書」(通称:徴難)を記載することになる。
公職選挙法188条では、徴収する領収書に「金額、年月日、目的」が記載されていなければならないとされており、宛先は(少なくとも条文上は)求められていないことから、(上記画像のような様式で)自ら作成する「徴難」よりも客観的証拠になる(宛名の記載のない)「領収書」の方がエビデンスとして優位と考えて、(宛名の記載のない)領収書を添付するケースも多いはずだ。
●指摘● 但し書きになんでもいいから書いていればよかったのでは?
先述の通り、公職選挙法188条では、徴収する領収書に「金額、年月日、目的」が記載されていなければならない。この目的とは支出の目的を指すが、但し書きが必ずしも「目的」にあたるかどうかは難しい。
例えば、お茶を買ったとして「お茶代」と書いたとしても、これが運動員のお茶なのか、来客用のお茶なのかがわからない。ましてや候補者用のお茶である可能性もある(候補者が飲むお茶は、公選法上、選挙運動収支報告には計上されないこととなっている)。ガソリンの給油をしたところで、ガソリンの給油が誰の車に入れたのかによって目的も異なるだろう。当然「お品代」では、目的といえないだろうから、単に但し書きをなんでもいいから埋めればいいというわけでもないだろう。
ルールづくりこそ立法府に求められる仕事
公職選挙法は複雑かつ曖昧で、また法律の特性上、特に違法性を問うような内容の場合、事前に所轄官庁や選挙管理委員会に尋ねても回答が明確ではないことも多い。今回の「領収書」報道などもそうだが、所管する都道府県選管によっても厳密な解釈が異なる場合もあり、統一した指針があればより防げた内容だろう。
有権者が求めているのは透明性であり、その目的は「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期すること」(公職選挙法第1条)のはずだ。選挙の実務における課題とあわせて、有権者に疑義を持たれかねないためのルールづくりもまた、国会議員の責務として取り組むべきだろう。