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チェルノブイリ原発事故から30年 -『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』の紹介

小林恭子ジャーナリスト
廃墟化したチェルノブイリ近郊プリピャチ市の光景(写真:ロイター/アフロ)

30年前の4月26日午前1時23分、ウクライナ(旧ソ連)のチェルノブイリ近郊プリピャチ市にあった原子力発電所で、非常用発電の実験中だった4号炉が炉心溶解したのちに爆発し、北半球全体に膨大な放射性物質を飛散させた。

その汚染の実態は果たしてどんなものであったのか。人体への影響はどれぐらいだったか。

こうした疑問に答えるためにまとめられた『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(2013年、岩波書店)と言う本がある。

これはもともとが『ニューヨーク科学アカデミー紀要』第1181号(2009年)に掲載された英語版調査報告書「Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment」だ。これにその元となったオリジナルのロシア語版(2007年)、さらに第3版(キエフ版、2011年)の内容を入れて、まとめたものが本書である。

報告書の著者はベラルーシ放射線安全研究所のアレクセイ・V・ネステレンコ氏、同研究所のヴァシリー・B・ネステレンコ氏(現在は故人)、ロシア科学アカデミーのアレクセイ・V・ヤブロコフ氏、ウクライナの科学者ナタリヤ・E・ブレオブラジェンスカヤ氏だ。

翻訳は星川淳氏が監訳し、チェルブイリ被害実態レポート翻訳チーム、編集協力チーム、原子力工学などの専門家チームが目を通した。筆者は翻訳チームの中に友人がおり、拝読する機会を持った。

チェルノブイリ原発事故の影響については、2005年9月、国際原子力機関(IAEA)と世界保健機構(WHO)が『チェルノブイリの遺産』という公式報告書を出したが、この本の書き手たちは「十分に詳細な事実を欠いていた」と見る。そこで、できうる限りの文献、情報に当たり、立体的に何が起きたかを書き出した。

本書は第4部に分かれている。

第1部は「チェルノブイリの汚染―概観」、第2部は「チェルノブイリ大惨事による人びとの健康への影響」、第3部は「チェルノブイリ大惨事が環境に及ぼした影響」、第4部が「チェルノブイリ大惨事の放射線防護」。

第4部の第15章「チェルノブイリ大惨事の25年後における住民の健康と環境への影響」から、一部を抜粋してみよう。

地球規模で見ると、欧州の「40%が危険水準の放射能に汚染された。アジアと北米も相当量の放射性降下物にさらされた」。

「ベラルーシはとりわけ重度の汚染を被った」。現在も「危険水準の放射能汚染が続くベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの広範な地域には、約100万人の子供を含む500万人近くが暮らしている」。

健康被害の包括的評価は困難な状態であるという。それは事故後3年半にわたる、「ソビエト連邦による診療録の組織的隠蔽と是正不能な改ざん」や、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアにおける「詳細で確実に信頼に足る医療統計」が不足している上に、個人の実際の被ばく線量を推定することの難しさがあるからだ。科学的に解明されていない要素(体内に取り込まれた放射能の、さまざまな器官や生体システムへの影響)もまだまだあるという。

事故による被ばくと関連がある特定の健康障害のなかで、循環器系、内分泌系、呼吸器系、泌尿器系、筋骨格系、中枢神経系疾患の発生率が上昇していたという。

犠牲者総数について、IAEAとWHOは2005年時点で合計死者数では約9000人、病人の数は約20万人に上る、としている。

一方、この本の執筆陣はベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの汚染地域における公式な人口動態統計を元に、死者数は事故発生後の15年間で23万7000人近くに達したと見る。この3国以外の欧州とアジア、アフリカで死者数は46万2000人近くになり、北米の33万1000人と合わせると、世界中では「ほぼ100万人」、「犠牲者は今後数世代にわたって、増え続けるだろう」。読んでいて、息苦しくなるような表記である。

こうした悲観的な見通しとはやや異なる様相を見せたのが「UNSCEAR」(原子放射線量の影響に対する国連科学委員会)が11年に発表した「チェルノブイリ事故の査定」だ。(日本語訳の表記はGlobal Energy Policy Research の文書を参考にした。)

査定書はチェルノブイリ事故が原発産業で発生した「最悪の事故」と呼ぶ。

べラルーシ、ロシア、ウクライナの3国で、2005年までに6000人以上の子供たちの甲状腺がんの症例が報告され、「今後数十年でその数は増えるだろう」。ただし、こうした症例の大部分が直後の「被ばくが原因であった可能性が最も高い」ものの、事故発生から20年経って被ばくを起因とする公衆衛生上の大きな影響があったと言えない、と結論付ける。

犠牲者にとっては悲劇的な出来事で、「緊急事態に対応した人々の中には亡くなった人たちもいた」が、圧倒的多数の住民は事故からの放射線がもたらす「深刻な健康状態を恐れながら生活する必要はない」。将来的には「放射性物質が減るにつれて、将来受ける被ばく線量は緩やかに減少」し、放射線医学の観点から見ると、ほとんどの人が「将来の健康について概して明るい見通しを持てるだろう」。

岩波書店のウェブサイトには、本書の読み方について、訳者からのメッセージが掲載されている。

本には膨大なデータが含まれているため、「各章冒頭に掲げられた要約、および各部の結論を通して読むことで、被害の実態をおおまかにつかむ」ことを勧めている。全体の要約となる第15章を読んだ後で、各章を読むのが効率的ではという。

「『フクシマ以後』を生きる私たちに本書が与えてくれる教訓の1つは、大規模かつ継続的な被曝の影響が甲状腺がんにとどまらず、幅広い疾病や症状として表れることであり、それらに対する適切な監視と手当てを行うには国内外の英知と資源を結集しなければならないことです」。

ご関心がある方は、アマゾンの本書レビューもご参考にされたい。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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