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『ちむどんどん』は現代のファンタジー、ダメ兄は稀代のトリックスター

碓井広義メディア文化評論家
ヒロイン・比嘉暢子を演じる黒島結菜さん(番組サイトより)

NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』。東京・鶴見編に入りましたが、残念ながら、あまりパッとしません。

特に、ヒロイン・比嘉暢子(ひがのぶこ、黒島結菜)の兄、「にーにー」こと賢秀(竜星涼)の存在に、イラッとしている人は少なくないようです。

朝ドラの「ダメ男」だち

この賢秀、確かに、かなりの「ダメ男」です。

働かない。暴力事件を起こす。欲に目がくらんで詐欺に引っかかる。かと思うと、自身も詐欺まがいの行為を平気でします。

たとえば、妹の良子(川口春奈)に求婚した男の父親に、「妹には男がいる。別れさせるのに金が必要」と言って、手切れ金をだまし取っていました。これって、もう犯罪?

さらに沖縄でも東京でも、周囲から借金をして消えるのが常です。

その度に家族は迷惑をこうむり、尻ぬぐいをする。時々、「みんなで甘やかすのも大概にしたら?」と文句を言いたくなるほどです。

これまでも、朝ドラには「ダメ男」が何人も登場しました。

『おちょやん』のヒロイン・千代(杉咲花)の父親、テルヲ(トータス松本)は娘を売り飛ばしました。

『カムカムエヴリバディ』の安子(上白石萌音)の兄、算太(濱田岳)も妹の大事な金を持ち逃げしていました。

朝ドラの「ダメ男」たちは、ヒロインの人生を揺さぶる大きな要素なのです。

「賢秀=トリックスター」という仮説

とはいえ、賢秀のダメさ加減は度を越しています。

なぜか。

賢秀が、この物語における「トリックスター」だからではないでしょうか。

トリックスターとは「神話や民間伝承のなかで、トリック (詐術) を駆使する、いたずら者」を指します。

「愚かな失敗をし、みずからを破滅に追いやることもある」一方で、「一般の人間界に、知恵や道具をもたらす、文化英雄としての役割」を果したりもするのです。(『ブリタニカ国際大百科事典』より)

「いたずら者」でありながら、「英雄」にもなる。

文化人類学者の山口昌男さんも、著書『文化と両義性』の中で、トリックスターが「活力を失った(ひからびた)秩序を賦活(ふかつ、活力を与えるの意)・更新するために必要なものとして要請される」と言っていました。

『ちむどんどん』は現代のファンタジー

この「賢秀=トリックスター」という仮説が成立しそうなのは、『ちむどんどん』自体がリアルな物語というより現代の「神話」、一種の「ファンタジー」に見えるためです。

物語開始直後の父の死。困窮に次ぐ困窮。それでも、なぜか平気な一家。

元気で明るいのは認めますが、それなりの年齢になっても、子どもっぽい自信と自己主張ばかりのヒロインがここにいます。

ほぼ手ぶらで上京しても、"偶然"出会った沖縄県人会の会長(片岡鶴太郎)が自分の家に泊めてくれた上に、住む場所とバイト先を紹介されます。

さらに、銀座の一流レストランへの就職まで世話してくれました。何とも、すいすいと進んでいきます。

かと思うと、レストランのオーナー(原田美枝子)の命令で、常識と教養を身につけるため、新聞社に臨時出向。

その新聞社の同じ部署で、子ども時代に沖縄で一緒だった青柳和彦(宮沢氷魚)とバッタリ、"偶然"の再会を果たしました。

偶然を便利に使い過ぎでしょう。

というわけで、現在までの展開は”ご都合主義”が目立ち、ドラマは半ば「ファンタジー」と化しているのです。

そして賢秀は、これからも暢子たち家族を困らせるに違いありません。

予告によれば、またまた「一獲千金」を狙って、何やら怪しげな商売に手を出すようです。

トリックスターたる賢秀が、これまでの愚行の全てをひっくり返し、「伝説の英雄」となる日を期待しているのですが、まあ、しばらくは無理かもしれませんね。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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