「雑談」でさえ、話が噛み合わない人の思考メカニズム
人間関係を良好にするために、コミュニケーション能力を高めることは極めて重要です。家庭においても、職場においても、地域社会においても、顔を合わせるたびに挨拶をしたり、立ち止まって軽いお喋りをすることで、信頼関係は構築されていくもの。問題を解決するため、自分の成長を促すための「実のある話」もいいですが、日ごろの「実のない話」も大切なのです。
ところが、そのような「実のない話」――つまり雑談や世間話をしても、うまく噛み合わない人がいます。正直なところ本人に自覚がないケースが多く、意識させることは厄介ですが、「話し手」からすると、いつ話しても噛み合わないので「シックリ」きません。どんなケースが考えられるでしょうか。たとえば、以下の会話文を読んでみましょう。
A:「ジャイアンツの菅野選手はスゴイな。入団3年目で年俸1億1千万円だって。高橋由伸選手や、松坂大輔選手に続いて3人目らしいよ。社会人になって3年で1億を超えるなんて、夢のような数字だ。テニスの錦織選手は今シーズンの賞金総額が5億円らしいし、スポーツの世界で活躍すると大金を手にできるんだな」
B:「菅野選手といえば、ドラフトで日本ハムから1位指名されたのに、入団拒否して1年間浪人したピッチャーだろ。そんなにジャイアンツがいいのかな。俺には理解できないよ」
A:「まァ……」
B:「過去にもゴネて読売ジャイアンツに入団した選手っていたよね。ドラフト制度の意味がないんじゃないかと思うよ」
A:「うん……」
B:「今ヤンキースで活躍している田中マー君は、楽天に指名されて、そのまま楽天に入団しただろ? そして日本一にも導いたじゃんか」
A:「まァ、ねェ」
B:「そういえばマー君って、結局今年は何勝したんだ?」
A:「マー君? 確か13勝だよ」
B:「13勝か、あのまま故障せずに投げてたら、何勝したかな。15勝? 16勝?」
A:「うーん、どうだろう。16勝ぐらいかな……」
B:「メジャーリーグといえば、イチロー選手は来シーズン、どこの球団へ行くんだろう」
A:「……」
ここまで読んで、ほとんどの人は気付いたことでしょう。Aさんが投げかけた話に対してBさんのレスポンスは最初から噛み合っていません。最初のみならず、その後もBさんのペースで、Bさんが思いつくままに話を展開していきますから、Aさんとしては「しっくり」こないはずです。ただの雑談ではありますが、あまりにも会話が噛み合わないと、一緒にいて楽しむことができません。
雑談でも、必ず話の論点となる「幹」があります。そして「幹」から「枝」が出ており、「枝」から「葉」が出ています。Aさんの話の「幹」は、「スポーツの世界では活躍すると大金を手に入れることができる。夢のある世界だなァ」です。菅野選手や錦織選手の話は「枝」であり、「高橋選手や松坂選手」の話は、菅野選手の「枝」から出てきた「葉」の部分です。
Aさんの「枝」の話を、Bさんが「幹」に据えて雑談を展開しても、Aさんはそれほど違和感を覚えないでしょう。たとえば、こんな感じになります。
A:「ジャイアンツの菅野選手はスゴイな。入団3年目で年俸1億1千万円だって。高橋由伸選手や、松坂大輔選手に続いて3人目らしいよ。社会人になって3年で1億を超えるなんて、夢のような数字だ。テニスの錦織選手は今シーズンの賞金総額が5億円らしいし、スポーツの世界で活躍すると大金を手にできるんだな」
B:「本当に凄いよ。菅野選手といったら、入団のときにいろいろあったけれど、結局はこれだけ活躍するんだもん。今年のセ・リーグMVPだし、文句のつけようがない」
次に、Aさんの「葉」の話を、Bさんが「幹」に据えて雑談を展開すると、少し違和感が出てきますが、それでも何とか話が繋がるように聞こえます。次を読んでみてください。
A:「ジャイアンツの菅野選手はスゴイな。入団3年目で年俸1億1千万円だって。高橋由伸選手や、松坂大輔選手に続いて3人目らしいよ。社会人になって3年で1億を超えるなんて、夢のような数字だ。テニスの錦織選手は今シーズンの賞金総額が5億円らしいし、スポーツの世界で活躍すると大金を手にできるんだな」
B:「そういえば松坂選手が1億の大台を突破したのも3年目なんだ。懐かしいなァ」
こんな感になります。Aさんの話から連続して読むと、「食いつくのはソコか!」と突っ込みたくなるようなレスポンスですが、それほど変な感じにはなりません。
重要なことは、「幹」「枝」「葉」――それぞれが「センテンス」であることです。「ワード(単語)」ではありません。センテンスは、複数のワードを繋げて構成されています。センテンスは「線」であり、ワードは「点」だと考えるとわかりやすいでしょう。センテンスの構成要素が合っていけば、話は噛み合いますが、ワードが合っているだけだと、その「点」を中心に話が捻じれていきます。
実際にBさんが展開した話がそうです。メチャクチャ捻じれてしまっています。Bさんのレスポンスの「幹」は、Aさんの話の「幹」にも「枝」にも「葉」にも繋がっていません。「菅野選手」というワードだけをキャッチして、まったく別の趣旨のセンテンスを作り、それを「幹」にしたため、会話が捻じれてしまったのです。このように、キャッチワードだけを活用して話を展開させると、話は「あさっての方向」に突き進んでいくことになります。
さらにBさんは、自分が話した内容をも正しく繋げていきません。自分が言った話の「幹」をも無視して、ワードだけを拾って話を捻じらせながら広げていくので、あまりに無秩序な展開です。話の主導権を奪われたあげく、支離滅裂な話を聞かされるものですからAさんはいい加減うんざりしてくることでしょう。
Bさんは、おそらく「要約力」がないのです。話を聞いて要約する力がない人は、「話し手」が何を論点にしているのかをうまく掴みとることができません。Aさんは結局、何を言いたかったのか、それが何となくでも理解できれば、それほど話が噛み合わない、ということはないと思います。
Aさんの話の「幹」に繋げるなら、次のようなレスポンスになることでしょう。
A:「ジャイアンツの菅野選手はスゴイな。入団3年目で年俸1億1千万円だって。高橋由伸選手や、松坂大輔選手に続いて3人目らしいよ。社会人になって3年で1億を超えるなんて、夢のような数字だ。テニスの錦織選手は今シーズンの賞金総額が5億円らしいし、スポーツの世界で活躍すると大金を手にできるんだな」
B:「確かに俺たちサラリーマンにとっては夢のような話だ。でも、子どもたちや我々に夢を与えてくれる職業なんだから、活躍したらそれぐらいの報酬があってもいいのかもしれないな」
相手の話の論点に繋げられないと、「あの人は、話を合わせることができない」と受け止められてしまいます。つまり「話が噛み合わない人」とレッテルを貼られる、ということです。
「実のない話」でさえ、こんな感じだと、「実のある話」をする場合も同様に、会話が捻じれていくことが想像できます。「話半分」「早合点」「早とちり」と言われる人は、相手の話の論点――「幹」は何であるかを、ワードではなくセンテンスで把握できるようにする訓練が必要です。