ラグビーW杯開幕から1年、ロシア戦を振り返る。勝利に貢献した日本代表FLラピースの献身
9月20日でラグビーワールドカップ(W杯)が開幕してちょうど1年が経つ。東京スタジアムで開催されたオープニングマッチで、ラグビー日本代表はロシア代表と対戦し、WTB松島幸太朗(クレルモン)が日本代表として初めてW杯で、1試合で3トライを挙げる「ハットトリック」を達成し30-10で快勝した。
この試合ではジェイミー・ジョセフHCが「フェラーリ」と称したWTB松島の活躍ばかりに注目が集まったが、勝利に大きく貢献した選手がもうひとりいた。それが「ラピース」こと南アフリカ出身のFLピーター・ラブスカフニ(クボタ/当時30歳)だ。この試合の個人的なMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)である。
◇やや不安を感じた指揮官の言葉
試合2日前、メンバー発表会見でジョセフHCはこう口にしていた。
「明日がキャプテンズラン(前日練習)なのでそれで準備が全て完了です。だから、コーチ陣は次の浜松(=アイルランド代表戦)に向けた試合に着手したいと思います。ここまで過去最高の準備ができたと思っています。なので、試合が楽しみです」
ジョセフHCはどちらかというとリーダーたちや選手たちの自主性に任せるタイプの指導者であり、開幕戦に向けて準備万端であることを強調したかったのだろう。ただ目の前に控えた開幕戦のことではなく、次の試合のことに関して触れたため、やや不安になったことを強く覚えている。
開催国として迎える初のW杯は誰しもが経験したことがない大舞台だった。指揮官も選手もそう。また選手をみても前回までのW杯を経験したことがある選手は先発ではキャプテンFLリーチ マイケル(東芝)を筆頭に15人中5人、ベンチメンバーを入れても23人中8人のみだった。
開幕のロシア代表戦は、必勝はもちろんのこと、その後のことを考えると4トライ以上のボーナスポイントも取ることが必須だった。「まずは目の前の試合に集中して勝利すること。ただ、ボーナスポイントが大事だということはミーティングでも話がありました」(リーダーのひとりSH流大/サントリー)
いろいろなプレシャーがかかる中、試合当日、渋滞に巻き込まれて選手たちが乗ったバスが15分遅れて、試合前の練習にも少なからず影響があったという。
◇後半6分、FLラピースが魅せた!
4万人の大観衆の中、試合が始まると相手のキックオフを日本代表がいきなりノックオン……。さらに前半6分、足が動いていなかったFBウィリアム・トゥポウ(コカ・コーラ)が簡単な相手のハイパントをキャッチできず、そのままトライを許し0-7と先制された。明らかに入りとしては悪く、普段の日本代表ではなかった。
前回のW杯に出場していた司令塔SO田村優(キヤノン)は試合後、「僕は10日間くらい緊張していてずっと寝られなかった。勝たなきゃ行けないし、ボーナスポイントも取らなきゃ行けないし、いろんなことがのしかかってきて、本当に今日が早く終わってほしかった。ずっとプレッシャーを受け入れてチャレンジしていこうと言ってきたが、早く終わってほしかった」と正直に吐露していた。
それでも格上の日本代表は優勢に試合を進めて前半のうちにWTB松島の2トライで12-7と逆転に成功する。
ただボーナスポイント獲得のため、もう2トライ重ねる必要があった。後半3分にPGを決めて迎えた6分、FLラピースが個人技で魅せた。ディフェンスで前に出ると相手からボールを奪い、そのまま55m独走し右中間にトライを挙げて20-7。「ボールを取った後、ゴールラインが見えた。最後まで走り切れました!」(ラピース)
日本代表は、この3つ目のトライで大きく白星をたぐり寄せると同時に、あと1トライでボーナスポイントも得られるという状況に迫った。選手たちにも落ち着きが見えてきた。
◇ジョセフHCが惚れたリーダーシップ
ラピースは2013年秋、南アフリカ代表に選ばれて欧州遠征に参加したが、試合に出場することはかなわなかった。その後、2016年からトップリーグのクボタスピアーズでプレーするために来日し、3年居住の条件をクリアしW杯イヤーの2019年に日本代表デビューを飾った。
ただスーパーラグビーでの試合出場数は、チーム内ではSH田中史朗(キヤノン)に次いで多い56試合(うち7試合はサンウルブズ)と経験豊富。2018年2月、サンウルブズが大分の陸上自衛隊別府駐屯地で行った合宿を通じて、ジョセフHCが「リーダーシップ気質を持っていないと思っていた選手が、それを発揮しました」と惚れ込み、リーダーグループのひとりにも任命していた。
「ラピースは自然なリーダーだと思っていますし、ゲームの理解力も高い。彼がサンウルブズに入ってきたときから非常に感心しています。リーダーシップ力に非常に感銘を受けています。そして選手たちからリスペクトされている」(ジョセフHC)
ラピースは後半16分にも相手に攻め込まれている中、自陣ゴールライン付近で、ラックで相手ボールを奪う「ジャッカル」を決めてチームのピンチを救った。
2019年4月、日本代表候補選手たちが試合を重ねている時に、ジョセフHCに「ジャッカルを得意とする選手をメンバーに入れないのか?」と聞くと、間髪入れずに「ラピースがいるから問題ない」と答えていたが、その言葉が現実のものになった。
日本代表は後半23分にSO田村がPGを決め、さらに29分、WTB松島がハットトリックとなる3トライ目を挙げて30-10とリードを広げて白星とボーナスポイントを確実なものにした。
試合後、ジョセフHCは「実際に想像していた以上に大きなプレッシャーがかかっていた」と言えば、FLリーチキャプテンも「前半の40分間は少しナーバスになってしまっていた。W杯では勝ち点が大事です。後半点を取ろうとハーフタイムに話しましたが、その通りの良い結果が出て良かった」と安堵した。
いずれにせ、ガチガチの選手ばかりだった開幕戦、どうしてもWTB松島のハットトリックばかりクローズアップされがちだが、献身的にチームプレーに徹底したラピースの2つのビッグプレーが試合の流れをいい方向に変えたことは明白だった。
◇緊張は「開幕戦に価値があったということ」
ラピースは開幕戦を振り返って「緊張している選手はいました。それは悪いことではありません。緊張するのは、それだけ開幕戦に価値があったということ。母国開催(のW杯)で勝ちたい、日本の人のために良い成績を残したいと思ったということです。2試合目になれば少し緊張感は和らぐし試合がどんなものなのか理解できるでしょう。これまでやってきたことをやるということだけ」と冷静に話した。
また松島の活躍について聞かれてもリーダーのひとりとして「松島選手は非常に良いプレーをした。チームへの貢献度が高かった。そうは言ってもひとりの選手ではなく、チーム全体が活躍する、一人ひとりが何をすべきか役割を知っていて、いつ、どのようにすれば良いか知っているのが良いチーム。松島に活躍してもらうことは確かにあるが、ほかにも22人の選手がいます。22人の選手を含めて、皆で力を発揮することが重要です」と説いた。
ジョセフHCは、予選プール2試合目のアイルランド代表戦では、ケガの影響でパフォーマンスがあまりよくなかったリーチキャプテンをベンチに置き、ラピースをゲームキャプテンに起用した。ジョセフHCが盟友である強化委員長の藤井雄一郎氏に相談しつつ決めたという。この指揮官の判断が「静岡ショック」や「エコパの歓喜」と呼ばれる歴史的な勝利につながっていく。